最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第843話 大満足

「俺達は妖魔を相手にする『退魔組』だが、この町の治安も同時に任せられている」

 懐から『狐面』を取り出してテーブルの脇に置く。

「お前達が食い逃げを行えば、それも取り締まるのは俺達の役目。という事になるのだが『何も問題はないな」

 そう言ってスーと呼ばれていた男は、ソフィの目を見ながらそう告げるのだった。

「そうだな。確かに君たちが店の代金を払えないというのならば、俺達の屯所までついてきてもらう事になっていたな」

 そう言ってイバキも苦笑いを浮かべた。

「だが目を見ればわかる。本当に今回は持ち合わせがないだけで、キミが普段から食い逃げを行っているような者では無いというのがな」

 そう言ってソフィの目を見ていたスーは、ソフィを断言するように言うのだった。

「君が他人をそんなに評価するなんて珍しいな」

 驚いたとばかりにイバキはスーという男にそう告げる。

「理由はそれだけではないがな」

 スーはその言葉に頷きを見せた後、再びソフィの目を見ながらそう言うのだった。そのスーという男の視線は先程までとは違い、ソフィを見ているというよりは、別のを見ているような視線だった。

 その視線を受けているソフィは、と理解する。戦闘に身を置いて長い者は、その者の仕草や行動を注視する。スーという男もそんな者達と同じく、他者を見極めるような視線のようだった。

 しかしソフィはそのスーの視線に対して内心では感心をしていた。今のソフィは通常形態であり、魔力コントロールなども一切行っていない。

 リラリオの世界であったならば、この状態のソフィであっても『ミールガルド』大陸の者達からすれば驚く程の魔力値だと騒いでいたかもしれないが『アレルバレル』の世界や、この『ノックス』の世界であれば、今のソフィの魔力値程度、そこまで注視するような必要性は感じられない。

 だが、こうして食事処で雑談程度しかしていないソフィを見て、スーは只者では無いとソフィを見抜いているようであった。

「クックック、我はお主程の男に評価されるような大物では無いぞ」

 ソフィは謙遜しながら、丼に残った蕎麦の麺を口に運ぶ。初めて食べた蕎麦だったが、どうやらソフィは気に入ったようであった。丼に入っていた麺はほとんど食べ尽くし、御汁まで飲み干す勢いである。

「がっはっはっは! 指摘されて汁まで飲むような者が、大物でなくて何だというのだ! なあ、イバキ」

 上機嫌なスーに軽く相槌を打ちながら、イバキはソフィに口を開いた。

「ごめんね。コイツ普段は寡黙であんまり喋らない男なんだけど、気に入った相手と居る時はこうなるんだ。どうやら、スーは君の事を気に入ったらしいね。それも特別」

 溜息を吐きながら、そう説明をするイバキだった。

「それは構わぬが、本当にここの代金はいいのか?」

 ソフィはちらりとテーブルの上に載っている空になった皿を眺める。ソフィの蕎麦とヌーのはも料理はまだいいとして、テアが嬉しそうに食べていた『懐石料理』とやらは、その皿の数からしても高そうだった。

 今日会ったばかりでこれだけの量を奢らせるという事に、ソフィは抵抗があるようでそう告げたのだが、イバキは首を横に振って構わないと再び口にするのだった。

「それよりさっきの話なんだけど、君たちの仲間を探しに行くのなら、当分は町の中だけにしておいて欲しいんだ」

 先程までニコニコと笑顔を振りまいていたイバキだったが、今の彼は細い目を少しだけ開き、真顔でそう告げるのだった。

「うむ。我らも町に居ると思ってここまで来たのでな。当分は町の中で探させてもらおうと思っている」

 ソフィがそう言うと再びイバキは笑顔に戻る。そして懐から硬貨が入っているであろう小さな巾着を出し始めると、中からこの世界の通貨らしきものを取り出す。

「手持ちが少ないんだろう? 君の仲間を探すまでの滞在費としてこれを使うといい」

「いや、流石にそこまでしてもらうワケにはいか……」

「いいから、とっておきなよ」

 断ろうとしたソフィの手をとって、強引に数枚分の通貨を握らせる。そして真剣な表情のまま、イバキはソフィを見る。

「もし何かあったら表通りの『退魔組』の門を叩くといい。イバキに用があると言えば、大抵の同志は俺に繋げてくれる筈だ」

 そう言ってニコリと笑いかけて来るイバキだった。

 どうしてそこまで親身になってくれるのかとソフィは思い、イバキに口を開きかけたが、その時に店員が再び数人近づいてきた。

「はい、おまっとさんです~!」

 どうやらイバキとスーの食事を配膳しに来たのだろう。イバキ達は店員から皿を受け取っていく。話す機会を失ったソフィは言葉を呑み込み、ゆっくりとその場から立ち上がるのだった。

「すまぬな、。何かあればお主達の元へ向かわせてもらう」

「ああ、お金のことは気にしなくていいけど、君たちの仲間を見つけた暁には、ひと声かけて欲しいな」

 待ってるよと手を振って見送ってくれるイバキとスーだった。

 入ってきたときと同じ店の入り口の暖簾を潜り、ソフィ達三人は食事処を後にする。どうやら美味い飯だったのだろう。ヌーもテアも満足そうな顔をしていた。

「温かい者達だったな」

 ぼそりとソフィがそう言うと、ヌーは機嫌がいいのか相槌を打ってきた。

「人間っつーヤツらが分からなくなるような連中だったな。まぁ絆されるような事はねぇが、アイツラだったらまぁ、また会ってやってもいいとは思えたな」

 過去のヌーからでは考えられない発言だったが、そんな言葉をヌーから聞いたソフィは、悪い気はしないと笑みを浮かべるのだった。

「――」(とても、美味かった)

 一つ訂正をするならば死神のテアは、ただの満足では無く大満足だったようだ。ヌーに頼んでもらった料理を全部平らげた彼女は、満面の笑みを浮かべてニコニコしていた。

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