最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第769話 剛力剣豪の鬼女

「ほう……! 刀を自分の持つ力で創り出すとは」

 サイヨウは感心するようにそう呟く。
 リディアが『柄の無い二刀の光輝く刀』を持ち構え直すと、サイヨウは元に居た場所まで下がり、鬼女もまた驚いた表情を浮かべながらも得物を構え直す。

「あれが出るってことは、本当にこれからが本番のようだな」

 リディアの持っている具現化された『金色の刀』に見覚えのあるキーリは、過去の闘技場を思い出したのだろう。苦虫を噛み潰したような表情でそう呟いた。

 ……
 ……
 ……

 レイズ城の最上階でリディア達の様子を見ていたシスは唐突に表情を変え始めた。
 どうやらシスの中に居るが表に出てきたのだろう。

 横で見ていたユファもその事にいち早く気づいたが、どうやら自分の弟子が気になって、出てきたのだと判断して何も言わず、気づいていない振りをするのだった。

(……通常の刀でもある程度の相手とならば戦えるように指導はしたけれど、流石にあの魔物みたいなのを相手にするには、それを使うしかなさそうだね)

 エルシスは後継者として選んだリディアを鍛え抜き『柄の無い二刀の刀』を使わずとも、一般的な刀にオーラを纏わせて十分戦えるように仕上げたつもりだった。しかしあの鬼女はその刀で通じる相手では無かったのだろう。リディアは鬼女を強敵と認めて、本来の刀を手にしたようだった。

(さて、どうなるかな……)

 エルシスは腕を組んで弟子の戦いぶりを観察するのだった。

 ……
 ……
 ……

 リディアは柄の無い二刀の刀を両の手に持ち、自身の体の周囲にも金色を纏う。
 先程までとは比較にならない程の圧を放つリディア。
 どうやらこれからが本番だという言葉は、ハッタリでは無いと気づいた鬼女も浮かべていた嘲笑と余裕のある表情を消した。

「行くぞ」

 リディアがそう静かに呟くと、一気に鬼女との距離を詰める。

 ――『空蝉十字斬うつせみじゅうじぎり』。

 いきなりのリディアの大技に鬼女は眉を寄せる。これまでのリディアの基本的な戦い方としては抜刀術を使いながら小技を使用し、相手の出鼻を挫いたり態勢を崩した後に、大技を展開する場面が多く見られたが、金色を纏って本気となった今のリディアは最初の一撃から、彼の技の中で上位に来る『空蝉十字斬り』であった。

 流石にこれまでのように片手でいなすような真似はせず、鬼女は片手剣を両手で握りしめて、高速の二連撃である縦、横の十字のリディアの技を捌く。

 真正面から大技を放ったリディアは、流石に一撃で決められるとは思っていなかったが、ある程度のダメージを与えられるだろうという予想があった。

 しかし鬼女を完全に防御に徹しさせる事には成功したが、ダメージ自体は与えられなかった。
 これだけで鬼女がこれまでリディアが相手をしてきた者達より、強い事が立証される結果となり、リディアは即座にその場から離脱しようとする。

 ――そしてその判断が、リディアを救う事になるのであった。

 リディアの空蝉十字斬りという大技を防いだ鬼女は、一度態勢を立て直そうとするリディアの動きを見て、追撃は無いと判断した事で直ぐに反撃行動に出る。

 次の瞬間、リディアの視界に死線が見えた。
 鬼女の間合いから離脱しようと行動を開始し始めていたリディアだからこそ、その鬼女の振り下ろす刀の一撃を避ける事が出来た。

 鬼女の上段からの単純な振り下ろした一撃は、

 下手に鬼女の一撃に対して防御をとろうとしていたならば、そのオーラで出来た刀ごとリディアの手首は切り落とされていただろう。

 リディアは慌ててバックステップで離れて退く。
 本来着地しようと考えていた場所よりも離れた場所まで距離をとったのは、リディアが抱いた恐怖心からだろうか。

 最初から鬼女の攻撃を躱そうと思っての行動では無い。自分の大技を捌かれた事で態勢を立て直そうとしての行動だった。そしてだからこそ、想像以上の鬼女の剛力の一撃を避ける事が出来たのである。

 だがしかし、この戦闘中の間にリディアの闘争心が戻る事は無いだろう。現にリディアの額からは脂汗が流れ出て恐怖心を抱いた事で刀を持つ手が震えている。

 ――単純な力の強さ。


 そんなものはこれまでの彼の経験上では、大して重要性を感じられなかった。
 『技』や『速度』で単純な『力』の差など埋められると考えていたからである。しかし、明確な殺意が込められた鬼女のは、アッサリと最強の剣士であったリディアのバックボーンを粉々に、粉砕してしまったのだった。

 これまでの長きに渡る彼の剣士として培ってきた経験値に、ソフィとの戦闘の経験。
 更にはエルシスの修行のおかげで、この場で立っていられているが、ミールガルド大陸で最強の剣士と呼ばれていた頃の彼であればすでに戦意は喪失して、この場から逃げ出してしまっていただろう。

 鬼女は刀を右手で肩に乗せるようにし、再びリディアの様子をじっくりと観察する。

「はぁっ……、はぁっ……!!」

 リディアはその視線を見た事でとめどなく汗を流しながら恐怖心に耐えている。
 鬼女が一歩前に足を踏み出すと、リディアは一歩下がる。

 リディアの纏う金色のオーラは、今の彼の心に連動しているかの如く、細く頼りなく見える。

 …………

「駄目だ、もうアイツ完全に呑まれてやがる」

「あ、あの鬼……、化け物よぉ!? 直接私に殺意が向いていなくて、これ程の圧力が圧し掛かって来るなんてねぇ……!」

 鬼女の一撃に対して感想を話し合うレアとキーリの言葉を聞きながら、ラルフは信じられない物を見るようにリディアの姿を目に焼き付けさせられるのだった。

 ――そして。

(一体、何をしているのですか……?)

 これまでミールガルドや、ヴェルマー大陸で多くのリディアの戦う所を見てきたラルフだが、鬼女の死を予見させる一撃を直接受けた事で恐怖心に捕われるリディアを見て、言いようの無い感情を抱くのだった。

 ――その感情を強引に表すとしたら、だろうか。

 今のラルフにとってリディアは目指す
 彼のような強さが欲しい。彼のようになりたい。そういう気持ちをラルフは抱いていて、をリディアに抱いている。

 そんな行き着く先の目標である筈のリディアが、目の前の鬼女という『妖魔』に怯みきっている。
 ラルフ自身が何かをされたわけでは無いというのに、リディアが恐怖に苛まされているところを見て、自分の在りたい姿が、崩れていくような歯痒さや悔しさ。それは一言で表すならば『悔恨の情』を抱いたのだった。

 ……
 ……
 ……

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