最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第732話 危ぶまれるBクラスの試験

 Bクラスの試験が始まって三分が過ぎた頃。当初は楽勝だと考えていた魔族達は、この試験の難しさを理解し始めていた。

 制限時間が五分しかないというのに、既に三分が過ぎた状態で未だに合格者は0人。

 数多くの魔族がたった一体の魔族を相手にしているというのに、誰もその魔族リーシャの体に触れられないのである。

 それもリーシャは、、素の戦力値のみで動いているにも拘らずである。

 当然リーシャがオーラを纏っていないのは、Bクラスの魔族達も理解している。
 リーシャが『九大魔王』だという事はこの場に居る誰もが知ってはいるが、それでも『』を使って、これだけの人数で相手をしているのに拘らず、これだけの差があるという現実を認めたくないのか、彼らは歯を食いしばって必死に追いかけ続ける。

 試験が始まる前までは試験を受ける者の同士で結託して、捕まえようと作戦を立てていた者達も、いざ始まってみれば最初の一分程でその作戦も瓦解してしまった。

 リーシャが予想以上に速く動く為、目測で捕らえきれずに焦った魔族達数人が、好き勝手に動き始めてしまったのである。

 人数が多いという事は、有利に働くという事ばかりでは無い。
 好き勝手に動き回る者達が多くなれば多くなるほど、後ろに居る者達の視界は防がれてしまう。

 これは制限時間のある試験であり、それも五分という短さしかない。
 そうなれば試験を受ける者達は、更に焦りと苛立ちが募り始めてしまう。

 そこにリーシャに近づく事に成功した数体の魔族が、一斉にリーシャに向けて手を伸ばしたが、リーシャはギリギリまで引き付けた後、空中に飛んで見事に躱す。すると手を伸ばしていた魔族達同士の体がぶつかってしまう。

「おい! もうすぐ捕まえられたのに、邪魔をするなよ!」

「何だと! お前からぶつかってきたんだろうが!」

「俺だけだったら触れたのに、お前らの所為で避けられただろうが!」

 焦りと苛立ちが更に加速してしまい、遂には試験を受けている者同士が喧嘩を始める始末だった。
 それもこの三体の魔族は試験が始まる前に、だった。

「うーむ。五分は少々短すぎたかもしれぬぞ? このままでは合格者は出なさそうだ」

「今の手を抜いている状態のリーシャであれば、試験に参加している魔族達の力量であれば、決してリーシャを捕まえる事は、不可能では無い筈なのですが……」

「確かにな。目先の制限時間にとらわれ過ぎておるようだ」

 溜息を吐くソフィと、どうするべきかとエイネが考え始める。
 リーシャの方も試験の合格者が出ない事を意識してか、最初に比べて少し速度を緩めている。
 しかしそれでも魔族達の動き悪くなっている所為で、試験開始時よりもリーシャの動きが、速く見えてしまう程であった。このままでは本当に誰一人として、Bクラスからは合格者は出ないであろう。

 だがソフィは合格者が出ないのであれば、それでも構わないと思っている。
 長い歴史の中で『序列部隊』は『九大魔王』程では無いが、いつもの取り決めでは、ソフィがある程度認めた者を選ぶ事にしている。

 今回は組織の者達によって、大勢の序列部隊に所属する者達が居なくなってしまった為、という物の捉え方で、新たに大勢の序列入りを認めようとはしたが、同じ試験を受ける者達同士で、喧嘩をしているようでは、今回の合格者は出ない方がいいとさえ、ソフィは思い始めている。

 序列部隊は単なる部隊では無く、最高幹部達直属の部隊となる事が多い。
 勿論、序列部隊の二桁部隊や三桁部隊であれば、序列一桁部隊の誰かが、指揮官になるだろうが、中には指揮官が『九大魔王』の誰かになる事もあるのである。

 過去の戦争で言えば、三千年前ののような大きな戦争の時には、指揮官は九大魔王である『ディアトロス』『ブラスト』『イリーガル』が、序列部隊を使って大魔王『』の部隊制圧に取り掛かった。

 このように大規模な戦争や作戦を行う時に、魔王軍の重要な役割を担う『序列部隊』に属する者達が仲間同士でいがみ合い、万が一大きなミスを引き起こすような事があれば、魔王軍全体に甚大な影響を及ぼす可能性が出てくる。

 そのような懸念を抱かない為にもこのような試験であっても、協調性はある程度必要なのである。
 Bクラスの中で今争っている者達では、到底『序列部隊』には相応しくないだろう。

 本当にこの試験の重要性を見抜いた上で、試験に見合う動きが出来る者で無いならば、無理に合格者を決めない方がいいくらいである。

 残り時間はもうあまり残されておらず一分を切ってしまった。
 試験官であるリーシャも、今回の合格者を出す事を諦めているのか、先程よりも速度が上がり、試験が始まった頃の速度に戻ってしまっている。

 対する試験を受けているBクラスの魔族達だが、統率力が更に劣っていき、あちらこちらで文句の言い合いを始めてしまっていた。これではもう制限時間を過ぎるのを待つだけの不毛な試験になるだろう。
 この場に居る誰もがそう思い始めた時、エイネの横に居た一体の魔族が口を開くのだった。

「惜しい! 今リーシャさんが躱す直前に前方から向かってきていた魔族の人……! 

「む」

「え?」

 ソフィとエイネは突然のミデェールの呟きに、同時に反応してしまうのだった。

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