第567話　大賢者の観察

　魔神の放った攻撃は『ラテール・リジョア』に向けて放たれていた。
　本来であれば『大魔王中位』領域クラスに居る『ラテール』の耐魔力を以てしても、決して魔神の攻撃に耐えうる程では無い為に『ラテール』はこの魔神の一撃で、あっさりとやられていただろう。

　しかしラテールの傍に居た大魔王ヌーが、必死に庇った事でラテールは無事であった。

　ヌーが何をしたのかと言うと『魔神』が放ったエネルギーの波動に対して、自身の『極大魔法』を『仮初増幅イフェメール・アンプ』で威力増加させて強引に『魔神』のエネルギー波の方向を強引に変えたのである。

　どうやら大・魔・王・最・上・位・領・域・に居るヌーが『金色のオーラ』を纏いながら自らの魔法の威力を大幅に上昇させる『仮初増幅イフェメール・アンプ』を使う事で『魔神』の攻撃を少・し・だ・け・逸・ら・す・事・が・出・来・た・ようである。

「――？」（矮小な生物如きが、私の攻撃を逸らしただと？）

　つまらないモノを処理する程度に力を抑えた『魔神』の攻撃だったが、それでも確実に仕留められるだろうと思っていた一撃を僅かでも凌がれた事で、魔神は気怠そうな目では無くなり『ヌー』達に興味を持ち始めたようであった。

（この俺の『全・力・』で・放・っ・た・魔・法・でさえ、軌道を少し逸らす程度なのかよ！）

　ヌーは悔しそうにしながらも自分と『魔神』の力量差は、最初からある程度は理解していた為に『ラテール』を生かす事を最優先に考えながら『魔神』の次の攻撃に備え始める。

　――『魔神』は再び魔力を開放し始める。

　そして次の瞬間『ガトリング』の速射のように、今度は一発ではなく一度に『数発』も発動されるのだった。

「ちっ……！」

　ラテールの目では『魔神』の攻撃に反応出来ておらず、無防備にミラの元へ向かい続ける。しかし魔神の速射は『ラテール』の行動を先読みするかの如く、その進行方向目掛けて放たれている。

　魔神とヌーでさえ明らかな戦力差がある以上は『ラテール』程度の大魔王では、それ以上の差があるのは理解出来る。しかしそれでも勝手に動き回るラテールに苛立ちを隠し切れないヌーであった。

「おい！　クソゴミ野郎が。お前が死んだら作戦も何もねぇだろうがっ！　うろちょろ逃げ惑ってんじゃねぇよ！」

　ヌーは『転移』で一気にラテールの背中に追いついたかと思うと、すぐ傍まで向かってきていた『エ・ネ・ル・ギ・ー・波・』から、ラテールを守る為に思いきり背中を蹴り飛ばした。

　ラテールが居た場所をエネルギー波が通り過ぎていき、そのまま山脈の崖を貫いて大陸に大穴を開けていった。

　大魔王ヌーが必死に『ラテール』を守っているところを『大賢者ミラ』は観察を続ける。

　魔神の放った『エネルギー波』は、魔力が込められてはいるが、厳密には魔法では無いために、ミラの『発動羅列』を読み解く『特異』だけでは役に立たない。

　しかしそこに大魔王フルーフが、現在展開している解析を軸にした新魔法によって『魔神』が放つ瞬間の『エネルギー波』を『魔法』と同様に羅・列・に・変・換・さ・せ・て・い・く・。

　その変換された魔神の発動羅列のデータをミラに届く事が出来れば、二・つ・目・の・作・戦・は成功である。

　ミラの魔神を超越する為の作戦の一つが『魔・神・』の・攻・撃・を・『文・字・羅・列・化・』さ・せ・て・、物・理・的・に・ミ・ラ・が・扱・え・る・よ・う・に・す・る・事・だったようだ。

　他者の攻撃方法を完全にトレース出来る者はほとんどいない。発動羅列を読み解く事が出来れば、その羅列を暗記する事で確かにその魔法をトレースする事は可能である。それは魔神のような神が相手でも例外では無い。どのような存在であろうとも、攻撃をするときには魔力が込められる。

　もちろんミラだけであれば、魔神の攻撃を読み解く事は叶わずに、その前に魔神にやられて読み解く間もなく消滅させられてしまっていただろう。

　しかし大魔王フルーフという存在を利用する事で、魔力を使った攻撃を羅列化させる事が出来た。
　魔神の攻撃を読み解く事が出来て自身は、神へと近づく事が出来るだろう。

　…………

　このまま魔神に好き勝手に攻撃をさせ続けると守り切れないと判断したヌーは、魔神を倒す為では無く時間を稼ぐために魔法を発動させる。

　――神域魔法『邪解脱エビル・リベラシオン』。

　ヌーの魔力から放たれた魔法で、死を司る神達が次々と現世に現れる。
　『仮初増幅イフェメール・アンプ』を使っている為に、普段のヌーより魔力は高くなっており、その魔力に比例して『死神』達の数は圧倒的に増していた。

　しかしヌーは従えた死神達を攻撃には使わず、盾・を・増・や・す・と・い・う・目・的・のみに重点を置く。

　ヌーにとって『魔神』との戦いは勝ち負けでは無く、如何に時間を稼ぐかである。

　今のヌーにはミラの作戦成功だけが唯一の勝利となる為、生き残る為には癪だがミラを信じ続けなければならないのだった。

　死神達はゆらりゆらりと身体を泳がせるようにしながら契・約・主・であるヌーの命令を待つ。

　そこに先程の『魔神』の攻撃と同じ規模の『エ・ネ・ル・ギ・ー・波・』が連続で放たれるのだった。

　死神達を一纏めに集めた後に、盾になるように指示を出す。そしてヌー自身は先程の足蹴りで、足元に転ばされていたラテールを担ぎ上げて、恐ろしい速度で崖の横の空を上がっていくのだった。

　目指すはミラ達の居る場所であるが、ヌーが背後を振り返ると『神の領域』に居る筈の『死神』達が纏めて消し炭にされている姿を目撃する。

　同じ神格持ちの『神』ではあるが『魔神』と『死神』では比較にならなかったようだ。
　あっさりと膨大な数の死神達を消し飛ばした後に『転移』を使いながら一気に『ミラ』の元へ向かうヌー達に向けて魔神は追従してくる。

　金色を纏い全速力で空を駆け上るヌーだが、僅か一秒にも満たぬ時間でヌーの背後に肉薄する魔神。その恐るべき速度にヌーは選択を迫られる。

　担いでいる大魔王ラテールを投げ捨てて、一気に障壁頼りで生き残る事を祈るか、死を覚悟してミラの作戦完遂の為に最後まで盾となるかである。

　どちらを選ぶかで迷っている時間は無い。このまま選択をしなければ単なる無駄死にを果たしてしまうだけだろう。

「くそがぁっ！　魔・神・風・情・が、この俺を舐めるなよ！！」


　大魔王ヌーが短くない期間。この魔法のみに注視して、この魔法のみに注ぎ込み、意・味・、そ・の・全・て・を『大・魔・王・ソ・フ・ィ・』を・殺・す・為・だ・け・に・開・発・さ・れ・た・魔・法・。

　そのヌーが編み出した最高の魔法を今、魔神に向けて放つ！

「けったくそわりぃ野郎がぁっ！　くたばりやがれやぁっ！！」

　――神域魔法、『禍エビル』。

　真後ろまで迫ってきていた『魔神』に向けて、発動された『ヌー』の渾・身・の・一・撃・。

　邪悪な闇を一箇所に集めて『魔神』のみに焦点を当てたその一撃は『魔神』の身体の全てを包み込む。

　ヌーはラテールの首を離さないように、左手でアームロックをするようにがっちりと掴んで、右手で『禍エビル』を発動した。

　大魔王『ヌー』の固有魔法『禍エビル』は確かに『魔神』の身体を飲み込む事に成功した。

　――しかし。

　次の瞬間――。

　闇から神々しいオーラを纏った『魔神』が強引に『ヌー』の『魔法エビル』から抜け出したかと思うと、ヌーが掴んでいるラテールを消し飛ばそうと、その手を伸ばしてくるのだった。

　……
　……
　……