最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第149話 ヴェルトマーとの出会い5

 それからもヴェルトマーとシスの魔法の修行は長く続いた。

 あの一件以来、勝手に訓練場を使って練習しようが、部隊の訓練をサボってシス王女に『魔法』を教えていようが『』を注意する者は現れなかった。

 すでに魔法部隊長のリーゼに入隊試験で力を示した事で、有事の際にしっかりと軍の行動規律に従う事を条件に、普段の『ヴェルトマー』は何をしようと許されるようになっていた。

 どうやらレイズ魔国軍の魔法部隊長である『リーゼ』は、そこまでしてでも『ヴェルトマー』という存在を頼りに考えた様子であった。

 そしてその『魔法部隊』の副長であるエルダーは、前回ヴェルトマーに注意を行おうとした時に、恐怖心を植え付けられたようであり、ヴェルトマーがエルダーの方を見ると、何もしていないというのに、ガタガタと震えて頭を下げるのだった。

 その光景があまりにもヴェルトマーを心配させたようで、何度かエルダーと交流を図ろうと声を掛けたのだが、その度に可哀想になるくらいに涙を溜めながら、許してくださいと謝罪されてしまう為に、ヴェルトマーもであった。

 そしてシスが日々少しずつ『魔法』の『ことわり』や『魔力』を操れるようになった頃に、遂にラルグ魔国軍が本格的に動き始めるのであった。

 これまで何とか侵攻を防いでいた『レイズ』魔国の首都へ続く程の重要な拠点が、レルバノン達に落とされてしまったのである。

 レイズ魔国は直ぐに緊急会議が開かれた。

 会議に参加する者は『セレス』女王に『リーゼ・フィクス』『ラティオ・ビデス』『エルダー・トールス』。

 近衛部隊副長『テレーゼ・クーティア』、近衛部隊曹長『エビア・ディルグ』、そして『シス』王女にその護衛役として抜擢されている『』の姿もあった。

 開かれた会議の第一声だが、近接近衛部隊長のラティオが重々しく口火を切った。

  「残念な事だが、もうレルバノンを止める術が何もない……」

 いつも勝気で自信満々であった彼が、こんなにも弱気な態度になるのは珍しい事であった。

 しかしそれも仕方がないといえるだけの理由があり、この会議を開くきっかけとなった、直近で落とされた拠点の防衛にあたっていたのが彼が受け持つ近接部隊と、途中から彼も参加していたからであった。

 途中までは侵攻してくる『ラルグ』魔国の魔族達を見事に押し返せていたのだが、そこへ奴が現れたのだ。

 ――『』。

 彼が後方から不気味な笑みを浮かべながら現れたかと思えば、持っていたその大鎌を振り回して『レイズ魔国兵』を相手に暴れまわるのである。

 彼の間合いに入れば即殺されてしまい、かといって離れて魔法を放とうとすれば、その鎌から衝撃波を飛ばしてきて『魔法部隊』の障壁と結界ごと首を刎ね飛ばしてくるのである。

 返り血を浴びる事も厭わぬままに、彼が戦場を暴れまわるのだ。

 リーゼやラティオといった『レイズ』の最高戦力が固まって対応した事でようやく、その身を引かす事が出来るといった内容であった。

 レイズ魔国軍の幹部達であっても単独で戦おうとすれば、戦力に差があり過ぎて何も出来ない。

「次は私が出ます。貴方達は民を城へと避難させなさい。リーゼ、貴方がこの国の降伏宣言を行いなさい」

「そ、そんな……!」

 その会議にいる誰もが驚愕に染まる。

 直接名指しを受けたリーゼはもう顔面蒼白であった。

 その母である『セレス』女王の横に居るシスは泣きそうな顔を浮かべていた。

「お、お待ちください! ま、まだ兵は多く残っており、我々幹部も誰も負傷はしていません! わ、我々はまだ戦えますよセレス女王!」

 女王をみすみす死なせるくらいであれば、ラティオは自分が先に戦死すべきだと考えていた。

「そ、そうです! 女王! 貴方はこの国に最後まで必要なお方だ」

 この場に居る誰もが『レイズ』魔国の女王を最後の砦と考えている。

 自分の国の女王を残して生き延びるくらいならば死を選ぼうというのだろう。

「やられたらと申しましたが……、そう簡単にはやられはしませんよ」

 セレス女王は苦笑いを浮かべながらそう口にする。

 この場にいる幹部の中では、確かにセレス女王が一番の戦力値を持っている。

 魔力も戦力値も桁違いの『最上位魔族・最上位』の力を有しているのである。

 しかしそれでも『最上位魔族』までのラインでは、どうしてもというべきか『質』では『数』には勝てないのだ。

 ――黙ってこの場で事の成り行きを見守っていた、一体の魔族ヴェルトマーは腕を組んで思案する。

 彼女は正直に言ってこの国がどうなってしまおうとも、どうでもいいと考えている。

 現在の彼女はシスが全てだからである。

 『鮮血のレルバノン』が如何に優れた魔族であろうと、そんな事はヴェルトマーには関係がなかった。

 ――だが、しかしシスが困った顔を浮かべて、を見ているのである。

 シスが困っているのであれば、彼女が動かないわけにもいかないだろう。

 ヴェルトマーは大きく溜息を吐いた後に、静かに口を開くのであった。

 ――そして重々しい空気の会議場に、ヴェルトマーのが流れるのであった。

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