最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠

第2話 熊の魔物

「グオオオオッ!」

 熊は我を視界へ入れた後、餌を見つけたとばかりに猛突進して襲い掛かってきた。

 その熊はゆうに五メートルはあろうかという巨大な体格で、並の人間ならそのうなり声を聞いただけで卒倒しかねない。

「野生の動物にしては余りに大きく、この熊の放つ殺気の鋭さから魔物と思ってまず間違いない筈だがなぜ我に気づかぬ?」

 目前まで迫った熊の魔物は大きな右手を魔王に振り下ろしてきた。魔王はその熊の手を右手で掴む。目の前の標的が自分の攻撃で床に倒れ伏すと、確信していた熊の魔物は目を見開く。

「グ、グオオオ!」

 熊は離せ! といわんばかりに暴れて掴まれている手を引き離そうとする。

 熊が暴れれば暴れる程に腕はミシ、ミシと音を立ててそのたびに熊の手に鈍い痛みが走りだす。

「グァッ……、グアアァ!!!」

 痛みに耐え切れずその場にうなりながら片膝をつき始めた。

「クックック、無礼者めが。我を誰だと思っている?」

 魔王は左足で熊のもう片方の足を掬うように引っ掛けると、熊はあっけなくひっくり返った。

「お主、我の言葉が通じるか?」

 右手で熊の手を掴んだまま熊に問いかける。

 だが、熊は全く魔王の言葉が分からないようで、痛みを堪えるようにうなり声をあげるだけである。

 ここで魔王ソフィは疑問に思うことが確信に変わった。

 彼は『アレルバレル』の世界の地において、全ての魔物を配下におさめている。

 魔王の言葉は契約において、魔物の種族に関わらず言葉を通じるようにしてあるので、目の前の熊が自分の言葉を理解していないということは、この地は『アレルバレル』の世界ではないという事に他ならないのだった。

「別世界……? と言っていたが。ふむ、だから先程の『高等移動呪文アポイント』も発動しなかったのか」

「グオオ……、グオオ……!」

 魔王が納得をしている間にも魔王の右手に掴まれたままの熊は、そのたびにひっくり返っては痛みに声をあげる。

「おっと、すまんな」

 ようやく魔王は掴んでいた熊の手に気づき手を離してやった。

 解放された熊は自らの手をかばうように立ち上がり、そして慌ててこの場から去ろうとする。

「待て」

 魔王が呼び止める声をかけると言葉がわからない筈の熊の魔物は、金縛りにあったように足が動かなくなる。

 そしてゆっくりと熊との距離を縮めるように歩いていき……。

 ――そして。

「跪け」

 そういうと熊の魔物は、魔王の数倍ある背を丸めてその場に平伏し始めた。

 そして魔王がゆっくりと手を熊の顔の前にもっていくと何かを唱えた。

「え?」

 すると、今までうなり声しかあげなかった熊の魔物の声が、魔王ソフィにも分かるようになるのだった。

「うむ、一時的ではあるが言葉を伝えられるようにした。長期ともなれば契約が必要になるが、ひとまずはこれで意思の疎通がはかれるだろう」

「……」

 熊の魔物は自分よりに、もうこれっぽっちも逆らう気など起きなかった。

「お、お許しください。私の縄張りを荒らしに来た人間だと思ったのです。貴方様が魔族の方とは露知らず、ご無礼をお許しください!」

「何? 貴様、我が人間に見えると申すのか?」

「は、はい、貴方様の見た目は、人間の子供のように見えますが……」

 魔王は訝し気に自分の体を見渡してみると、確かに人間の年齢で言うとの子供に見えない事もない。

「ええい、全身を見てみたいが姿見などこんな森にはないだろうな。お主この辺に魔物が治める街などはないのか?」

「この辺一帯は我々『アウルベア』の縄張りでして、この森を出ない限り他の魔族たちはおりませぬが、この森を出た所に人間たちが住む町はございます」

「そうか。ではその人間の町に行ってみるか」

 最初に聞こうと思っていたが疑問を思い出したソフィは、アウルベアと呼ばれた目の前の熊に、この世界の魔王の存在を確かめることにした。

「お前はこの辺一帯の縄張りの主らしいが、貴様ら魔物たちの王。つまりは『魔王』といった者はこの世界におるのか?」

 ソフィがそう言うとアウルベアは、首を捻って少し悩んだ素振りを見せてやがて口を開いた。

「ええ、とは思います」

?」

 気になる言い回しをするので訝し気にアウルベアを見る。

「私たち辺境の片田舎に住む魔物では、直接お目にかかったこともないのです」

 どうやらいることは確かだが、ここではこれ以上の情報は得られそうになかった。

「ふむ、まぁよいか。では、我は人間の町へ行こうと思う」

「そ、そうですか。宜しければ私の縄張りに、ご案内しようと思っていましたが残念です」

「うむ。知らなかったとはいえ、お主には悪い事をしてしまったな。そうだ、これをお主にやろう。すまぬが、今はこれしかやれるモノがないのだ」

 ソフィは何やらをアウルベアに渡した。

「は、はぁ……。あの、コレは一体?」

「ああ、本来ならば我が認めた配下の魔族に渡す『金色のメダル契約の紋章』というモノで簡単に渡せないモノなのだが、まぁ。それを持っていれば我の力の一部を恩恵として受け取ることができるし、先程の疎通の魔法が切れても我と意思疎通ができるようになる」

「おお……! ありがとうございます! と、ところで、貴方様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」 

「む? そういえば、まだ言ってなかったな。我はまお……いや、魔族ソフィという」

 ソフィは『魔王』を名乗ろうかと思ったが、この世界に『魔王』がいる以上言わないことにした。

「ソフィ殿ですね。同胞たちにも伝えておきますので、今後森に来ることがありましたら是非、我が同胞たちの集落にお立ち寄りください」

「ああ、是非寄らせてもらうとしよう、それではな」

 目の前の『アウルベア』にそう告げたソフィは、人間の街の方へ向かって歩を進めるのだった。

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