魔法学園の生徒たち

アーエル

第2話


「おじいちゃあん! 大変、大変!」
「おや、どうしたね?」

仕事部屋の重厚な扉が勝手に開いて少女が駆け込むと、執務机の後ろにある書架から本を数冊引き抜いていた顎の白髭を伸ばした老齢の男性が振り向く。
手にしていた本を執務机に置きつつ回り込むと飛びついた孫娘を抱き止める。

「明日! 入学式なのに私まだ入学の準備できてなあい!」

どうしようっ! 明日から始まる学園に通えない!
そう訴える少女は明日が入寮日かつ入学式にも関わらずそのことを忘れていたようだ。
しかし、これを責めることはできない。
少女は行方不明になった父の代わりに【くすりやさん】で薬の調合をしていたのだ。
この【くすりやさん】は屋号である。
ご先祖様によって誰もが読めるようにとつけられたこの名は、その願いのとおり小さな子でも読める。
そして「ここに行けばたちまち治る」と言われるくらい信頼が高い。
幼くして回復薬の精製や魔法薬の調合などに長けていた彼女は、学園の入寮日前に到着した生徒たちから授業で使う傷薬を頼まれて作っていたのだった。

「大丈夫じゃ。このじぃじが用意しておいたぞ」
「ホント、おじいちゃん!」
「もう寮の部屋に用意してあるぞい。のう、シルキー?」
〈はい、ほかの荷物も寮の部屋に整えてございます〉

シルキーが目がとろけそうな少女の涙を懐から出したハンカチで吸い取る。
その額に好々爺は優しくキスを落とし、そのままでは明日腫れぼったくなってしまう目蓋を冷やす。
屋敷妖精のシルキーは祖父と孫娘にとって大切な家族でもある。
そんなシルキーは微笑んで、少女の被るキャスケットをとった。
シュルシュルと銀色に輝く長い髪は腰まで落ちて揺れる。

〈明日からお帽子は被れませんよ〉
「うー、あれもダメ。これもダメ……」
「入学は取りやめるかな?」
「それはダメ。パパとママが帰ってきたときに『お帽子を被れないから学園に通わなかった』なんて聞いたら……泣いちゃう、パパが」

少女の言葉に2人はその光景が簡単に思い浮かぶ。
少女に甘い両親、しかし魔術に関してはほとんど触れさせなかった。

「魔法は学園に行ってから覚えることよ」
「いや、しかしだなあ」
「ぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇったいにダ~メ!」
「生活に関することは教えてもいいのではないか?」
「今は魔導具も充実してるのよ。だから学園に通うまで必要ありません」
「確かに俺もそうは思うよ。でも……」
「魔法は中途半端に覚えると危険なの! なに? 貴方ったらカワイイ娘が魔力を暴走させて怪我をさせたいの ︎」
「そんなはずがあるか!」
「じゃあ、魔法は学園に入るまで禁止。いいわね?」

そんな両親も今は行方が分からない。
【災厄の一年】と呼ばれる魔王との戦いで、エリート魔術師だった夫妻は仲間たちと行方不明になった。
娘のもとへ帰って来たのは父親の契約獣である黒豹クロヒョウと母親の契約獣の銀虎ギンコだけだった。

「ところで黒豹と銀虎はどうするのかな? 学園に入ると契約していない2体はいえで留守番になるぞい」
「……だって、パパとママの契約獣だもん」
「おや、娘ならパパやママと契約を継続したままで契約獣と契約できるんじゃよ」

驚いたように顔を上げた少女は、自分が契約するには両親との契約を解除する必要があると思っていたようだ。
それも仕方がない、親の契約獣を連れている子は珍しい。
1年生の授業で召喚をして契約する。
その召喚前の座学で習うことのため、入学前の少女が知らなくて当然だ。

「契約するのに魔法を使うのでしょう? ママがダメって言ってたよ」
「じゃあ、じぃじが契約をしてあげよう。黒豹、銀虎も良いかね?」

2体は大きく頷いて少女に擦り寄る。
両親がいなくなってから2体が親代わりだったのだ。
現在いまどこにいるか分からない両親と契約した繋がったままの契約獣。
契約獣を通して娘の成長をどこかで見守っているのなら、離れたくないし離したくないのだった。

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