野球少女は天才と呼ばれた

柚沙

第23話 野球少女は天才と呼ばれた



甲子園が終わって3日が経過していた。


連日光の大活躍がテレビでも新聞でもネットニュースでも取り上げられていた。


「こんなに私の姿ばっかり見てると私自身が私に飽きるんだけど、みんなもそう思うよね??」


「いや、かっこよくていいと思いますけど…。」


試合の翌日に観光の予定だったが、ホテルの外に出ると光のファンになったと思わしき人がかなり集まっており、外出どころの騒ぎではなかった。



「あーもう暇暇!香織!面白い話して!」


天見さんは光の1番近くに居たせいで、この2日間はずっとこんな様子だった。


龍が光を訪ねた時はとても喜んで一緒にゲームをしたり、野球を教えてたりしていた。


天見さん達はその時は開放されたが、光をホテルの中に閉じ込めておくと、暇つぶしに無茶振りもされるし、ワガママばかり言われてとても面倒臭がられていた。



「こんにちは。東奈さん、このホテルに入るのにも物凄い大変だったわ。外に人が多いってのも知ってたから、うちの監督に車出してもらったんよ。ここらへん観光無理なら京都にこーへん?」


ここで1年生達の救世主となった齋藤帆南さんが現れた。


1年生達はこれまで光を1人にするのは、流石に申し訳ないということで一緒にいた。


本当のところはみんな早く観光に行きたいと思っていたみたいだ。



「おっ。齋藤さん!京都!?今すぐ行く!甲子園終わってから遊ぼうと思ったら、ホテルに幽閉されて暇で暇で死にそうやったんよ。」


光は用意していた野球道具などが入ったバックを超ご機嫌で拾い上げ、そのまま部屋を出ていった。


この間僅か1分であった。



「私達もみんなで観光に行こうか。」


「やったー!観光だー!」


ホテルに幽閉されていたのは一年生も同じで、とても喜んでオシャレをしてホテルを出ていった。



「東奈さん、準決勝ぶりやね。勝負させてあげられなくて本当にごめんね。」


齋藤さんに連れられて、白い大きな車の運転席にサングラスをかけた舞鶴女学院の監督が待っていた。


「よろしくお願いしまーす!」


光は勝負してないことを舞鶴の監督に謝られていたが、完全に聞いていなかった。



「やっぱり東奈さんは凄い選手だったね。だからこそ勝負させなかったけど、決勝戦を見て思ってしまった。
勝利する事が1番重要で、その為には何をやってもいいと思っていた。
だから、東奈さんのような稀に現れる1人の天才を徹底的に試合から排除して、その選手には申し訳ないが勝利の為に犠牲になってもらうしか無いと。」



舞鶴の監督は自分がやったことを後悔していたようだ。




「間違ってないんじゃないですか?
もし、私が試合に死んでも勝ちたかったら絶対にそうしますけどね。
そりゃ私も打者として勝負したかったんですよ。
けど、ルールに反してる訳じゃ無いし、周りは騒いでいますけど、当の本人は気にしてないと思いますけどね。」


光はあまり興味を惹かれる話ではなかったのか、あっさりそう答えると齋藤さんと話し始めた。



「なぁなぁ、東奈さん、光って呼んでもええ?お互い苗字ってなんかね。」



「いいよいいよ。なら帆南って呼んでいい?」



子供の時から変わらないことがあった。

新しい友人ができるというのはいくつになっても嬉しいものだった。


それが、ライバルであり友人であれば尚更だった。



「今日私と本当に勝負するん?後悔すると思うけどなぁ。」


光は質問の後に、あっさりと齋藤さんに対して自分のが上だと宣言した。


「光は確かに凄いバッターだとは思うけど、そう簡単に私も打たれるつもりは無いで?」


「後、特別ゲストも呼んでるんや!楽しみにしとき。」



特別ゲスト?


あんまりいい予感がしなかったが、齋藤さんとここまでやってきた野球の話に花を咲かせていた。



「監督ー!あっこあっこ!」


そう言って止まった先には、まさかというよりはやっぱりという感じの人達がそこに待っていた。



「れいれいちゃん達も光と対戦したいって言ってたから連れてきたんよー。」



「東奈さん…。」


そこには、試合前にあれだけ大口を叩いて光と口喧嘩をした武石玲奈がいた。



「誰?」


光の第一声は、相手が誰か本当に分かっていないようだった。


「あんた何言ってんの!武石よ!」



「武石さん?化粧が濃すぎるんじゃない?どっかのギャルかと思ったよ。」



武石さんはあんまりにも化粧が濃すぎて、マウンド上のイメージと違い過ぎた。


本当に見た目だけではわからなかったが、声とその口調ですぐに本当に武石さんだと分かった。



光は昨日の続きのような悪態をついていたが、武石さんはあんまりそれに乗っかって来なかった。



「それで白石さん、どんな格好してるの?!というかその凶暴なおっぱいはなに!?」


白い清楚なワンピースはとても似合っていたが、そのはち切れんばかりの豊満すぎる胸が強調されすぎて目のやり場に困る感じになっていた。


「あ、東奈さん。こんにちはー。おっぱいはおっぱいだよ?女の子なら特別に触ってもいいよ?」


「あはは。遠慮しとこうかな??」


なんだか、緩い感じの雰囲気に飲まれながらも改めて自己紹介を済ませた。


「東奈さん、昨日は本当にごめんよ。私はどうしても勝負したかったけど出来なかった。本当にすまない!」


そう言って急に頭を下げて、頑なに頭をあげようとしないのは抑えの藤沢美智瑠さんだった。



「昨日もマウンドでそんな感じだったね。1選手が気にしなくてもいいの分かってるよね?」


「そういう事じゃない!私は私個人として東奈さん謝らないと気が済まないんだ! だから東奈さん、謝らせてくれ!」



熱血というか変人はこうも扱いがめんどくさいんだなと思ってしまった。


よくよく考えてるとベクトルが違うが自分もこんな感じじゃないかと思い、気をつけるようにしたが全く改善されることは無かった。



「東奈さん、ベンチには入ってないけど前橋にも劣らない投手が1年生にいるから連れてきたけど大丈夫?」


「へー。前橋さんは相当凄いピッチャーだと思うけど?」


「どーも!呼ばれて飛び出て中里勇気なかざとゆうきっす!偵察で1回戦からずっと試合見てました!サインとか貰えるんっすか!?いやー嬉しいなぁ。」


また元気なやつが出てきたと光は半分うんざりしていた。


「花蓮の1年生はみんな元気いいね。」



「あざっーす!!握手してもらってもいいですか?うわー!うれしぃー!」


花蓮は才能のあるメンバーを集めていて、特に変わった人が多い投手というポジションなら、一癖も二癖もあってもおかしくないなと思っていた。


甲子園の決勝、準決勝まで上がってきた選手達は高度な野球の話で大盛り上がりしていた。


車の中で大盛り上がりしていると、いつの間にか舞鶴のグランドについていた。


舞鶴の1年生と2年生からの手厚い歓迎を受けることになった。



「よーし、光!全員がバテるまで勝負し続けよう!」


5人の投手がバテるまで投げるとなると最低でも80球。

流石の光でもそんなに打てないと思っていたが、ここ3日間ホテルに幽閉されていたことでフラストレーションが溜まっていた。


1打席勝負したら次のピッチャーに交代。


それを何度も繰り返した。

最初の方は流石の光も苦戦していたが、3巡目までには全員からヒット1本は打っていた。



そして、7巡目。




カキイィィーン!!!



物凄い打球音と共にライトスタンドを軽々と越して、外にボールが出ないように設置された防護フェンスの最上段に叩き込んだ。


「あーあ。結局私までも打たれちゃったわ。」



齋藤さんの得意にしているカーブをこれでもかというくらいかっ飛ばした。


7巡目にして全員が光にホームランを打たれた。


一通り全員ホームランを打たれたところで、光はありがとうと伝え、勝負を終えることにした。


光とが驚いたのは、1年の中里勇気だった。

ストレートだけでいえば前橋さんに遠く及ばなかったが、自分で伝家の宝刀【消えるスライダー】は簡単には打たれないと豪語していた。



最初は簡単にバットが空を切っていた。


消えるというのはあながち間違えではなかった。

途中まではストレートの軌道で、スイングする直前くらいに斜め50度ぐらいの角度で急激に消えるようにスライドしていく。


スイングスピードが遅く、早め始動して振りに行くバッターには、視界から消えるという感覚なんだろうなと思った。


だが、スライダー一辺倒の投球で光を抑えられる訳もなく、2打席目には楽々とライトスタンドに放り込まれていた。


頑なにスライダーをその後も投げていたが、2打席目から7打席目まで全てヒットを打っていた。


光がこの5人と対戦して勝手に格付けをするのであれば、ダントツで1番いい投手なのは齋藤帆南。

次に藤沢美智瑠。

3番目と4番目はほとんど差がないが、3番が白石詠、4番が武石玲奈。


そして、ビリだったのが唯一1年の中里勇気だった。


中里さんは頑なにスライダーに固執していたし、まだ1年生なのだ。

2年後ともなれば、もっといい投手になるだろうと率直にそう思っていた。


何十万人も見ていた甲子園という舞台でやりたかった勝負を、こんな観客1人もいないグランドで真剣に野球を楽しんでいた。








そして、月日は流れて女子プロ野球ドラフト会議の日になっていた。



光は女子プロ野球志望届を提出していなかった。


プロ野球、女子プロ野球共にプロ野球志望届を出さないと、ドラフト会議でプロ野球球団は届けを出していない選手を指名することが出来ない。


プロ野球志望届提出者一覧で、志望届を出した選手は一般人でも分かるようになっていた。


大体200人前後が志望届を出して、多くても80人くらいしかプロ野球選手になれない。


育成枠を含むともっと指名されるのだが、育成ドラフトでプロ野球入りした選手が、支配下登録されるのには遠く長い道のりなのだ。


女子プロ野球志望届の一覧に東奈光の名前はなかった。


それを知った女子野球ファン達は一時期その話題で持ち切りだった。


女子ドラフト会議は今年で7回目。
最初の第一回はほとんど注目を浴びてなかった。


今年は特に甲子園が大盛り上がりした。

ドラフトにもかなりの注目が集まっていたが、一気に甲子園のスターになった光が志望届を出していなかった。


ドラフトで名前が呼ばれないことを知っているファンはとても残念にしていた。


去年から新しく4球団増えたことによって、元々あった4球団と合わせて全8球団でのドラフト会議となった。



「第一巡選択希望選手。大正製菓プリンセス、齋藤帆南、投手。18歳。京都舞鶴女学院高校。」



「第一巡選択希望選手。NTTコドモフェアリーズ、齋藤帆南、投手。18歳。京都舞鶴女学院高校。」



「第一巡選択希望選手。四菱重工タイガース、齋藤帆南、投手。18歳。京都舞鶴女学院高校。」



「第一巡選択希望選手。田豊自動車マカロンズ、齋藤帆南、投手。18歳。京都舞鶴女学院高校。」



「第一巡選択希望選手。CVgamesバーチャルズ、樫本恭子、内野手。17歳。花蓮女学院高校。」



「第一巡選択希望選手。香川急便レンジャース、藤沢美智瑠、投手。18歳。花蓮女学院高校。」



「第二巡選択希望選手。NTTコドモフェアリーズ、白石詠、投手。18歳。花蓮女学院高校。」



「第2巡選択希望選手。田豊自動車マカロンズ、武石玲奈、投手。17歳。花蓮女学院高校。」



第7回のドラフト会議は、8球団中4球団が舞鶴の齋藤帆南さんを指名した。


前評判だと、樫本さんが4球団指名されるんじゃないかと言われていたが、安定感抜群の技巧派の齋藤さんが堂々の1番人気となった。


それでも樫本さんは2球団競合していて、光は樫本さんレベルの選手が2球団競合なのはラッキーだなと思っていた。


単独1位指名されたのは、大学生No1投手と藤沢美智瑠さんだった。


藤沢さんを指名した香川急便は、抑え不在でその穴を埋められずに相当苦戦を強いられたらしい。

高校生にしては珍しい、抑えの適正を持っている藤沢さんを指名した形なんだろう。


白石さん、武石さんもハズレ1位に指名されるかも?と思っていたが、今年は豊作だったようで2位指名まで順位を落としていた。



光は自分が関係ないことをいい事に、部室でドラフト会議を見ながら指名されている選手を祝福していた。


1年生達も甲子園に出て、たくさんの選手を見てきたので知っている名前が出ると光と一緒に盛り上がっていた。


この選手達はもっと上の順位で指名した方がいいとか、この選手も指名されるのか等など久しぶりの光との会話を楽しんでいた。






それから約1ヶ月後。






「第5巡育成枠選択希望選手、北海道オホーツクハムファイティングス、東奈光。18歳。投手。福岡城西高校。」


光は男子プロ野球の方にプロ野球志望届を提出していた。


あまり自信はなかったが、最後の最後で育成枠として指名された。


実力的には絶対に足りてないと光は自覚していた。

話題性や客寄せパンダで指名されたんだろうなと思っていた。


それでも光はそんな事どうだってよかったし、最も日本でレベルの高い野球を出来ることがなによりも幸せだった。


それが客寄せパンダとしても、その環境に入れるならいくらでも客を呼んでやろうと心の中で思っていた。


そうして光はプロ野球の世界に飛び込んで行った。


案の定、ずっと注目の的になっていて二軍の施設にもたくさんのファンが押しかけていた。


どんな選手よりもファンを大切にしていた。

全員にサインはかけないときでも、写真を撮ったり握手をしてあげたりしているようだ。


特に弟と同じくらいの年齢の子は、男女問わず優先的にファンサービスしてあげたらしい。


子供を優先するので、心無い大人からお金を落としてるのは大人だぞと暴言を受けた時に、言った言葉がとても有名になっていて。



「お金は落とせても、この子供たちをそのお金で夢を見せてあげることは出来ないんですよ。」



光は前代未聞の選手としてとてもメディアの露出が多く、嫌味もなく、親しみやすい普通の顔も良かったのかもしれない。


たくさんのスポンサーがついて、街のスポーツ店にはポスターや、光モデルのグラブやバットが女子選手にとにかく売れたらしい。



すぐに育成枠から支配下に上がり、一軍デビューした。



とはならなかった。

女子選手としては誰も届かない頂きに立つ光だったが、男子プロ野球で活躍できるほど甘い世界ではなかった。


プロ野球に育成枠として入団して3年が経つが、未だに一軍に上がるどころか支配下登録も遠い状態だった。


二軍、三軍戦には登板することはあったが、抑えたり打たれたりの繰り返しで全然成績が安定しなかった。


普通ならもう3年目終了のこの時点でクビになっても何もおかしくなかった。


だが、光は女子初のプロ野球選手として未だに一流のプロ野球選手並みに人気があった。


特に女性からの人気が凄かった。

10代、20代の男女からの人気も高く、光が先発する二軍戦は毎回満員になるほどの人気があった。


育成枠で最低年棒の240万だが、スポンサー料やCM出演やTV出演などで年収は2億くらいだと言われていた。



光に転機が訪れたのは、プロ野球に入って4年目だった。


そのきっかけは自分の才能の開花とかではなく、弟の龍だった。



弟の龍にずっと野球を教えてきて、福岡から北海道に光が行っている間にも、龍はプロ野球選手のようなハードなトレーニングを続けていたらしい。



そのトレーニングは自分の為ではなく、光のためにずっとやってきた。


光が苦戦しているとわかった龍は小さい体で練習し続けた。


それと同時に光が抑えられるようにプロ野球の打者全ての打撃フォーム、苦手なコース、得意なコース、得意な変化球など莫大なデータを3年間集め続けた。


選手を知るために龍はプロ野球選手のフォームをマスターし、本人になりきって、それを練習や試合で実践した。



それをオフシーズンに龍は一生懸命に伝え、光と毎日のように練習に付き合った。


光は龍の考えた練習に別に変なところもなく、自分のために色々と考えてくれてるならと一緒に練習をすることにした。



光は無意識の中で女のストレートが男子のプロに通用するわけが無いという、心のスランプになっているのに気づかされた。


技術面よりも精神的な面で負けていることを弟に指摘されるとは思わなかった。


弟はまだ11歳になったばかりなのだ。

光は龍の野球に対する理解の深さに関心を通り越して末恐ろしくなった。



「りゅー。ありがとう。」




4年目のオープン戦からピッチング内容を変えた。

受けてもらうキャッチャーにも、高校の時のようにストレート押していく強気のピッチングにしたいと強く伝えた。


そこから光は昔のような強気のピッチングを取り戻した。


それでも劇的に打たれなくなるということはなかったが、前よりも空振りを取れることが増えてきた。



遂にシーズン後半にチャンスが回ってきた。

チームがぶっちぎりで最下位を突っ走っており、近年稀に見るほどの投手崩壊が起こっていた。


光は二軍で防御率2.97という二軍ではぼちぼちという感じの防御率で、ここ4年で1番調子が良かった。



主力陣などの怪我も相次いで、光は支配下登録されることになった。


背番号は好きに選んでいいと言われ、0番を選択した。

そして、シーズンも後20試合で終わるという所で一軍に昇格した。


残り20試合を全て勝っても、Aクラスは無理というところまでチームは負けに負けていた。


143試合プロ野球は試合があるが、ここまで123試合で35勝88負という酷い有り様だった。


去年の観客数よりもひと試合平均6000人以上少ないという球団として頭を抱える自体になっていた。


そこでCMにも起用されたり、絶大な人気の誇る光が一軍に昇格した事が連日ニュースになった。


それをファンが知ると、女子選手が一軍のプロ野球の試合に出るという歴史的瞬間を見ようと、チケットが飛ぶように売れた。



シーズン最終戦まで売れ残っていた試合のチケットは30分で全て完売となった。


124試合目。

チームは今日も7回裏の攻撃の場面で1-8という大差で負けていた。

普段ならファンも勝てないと諦めてちらほら帰って行く時間帯になった。

酷い時には球場に人が半分くらいしか残らないこともあった。


だが、今日は誰一人として帰っていなかった。

負け試合だからこそ、光が登板しやすい場面になると思っていた。
きっと投げてくれるとみんなが信じて球場に残っていた。



「ピッチャー変わりまして、東奈光。背番号0!」


光の登場曲QUEENの名曲が流れると、光がリリーフカーに乗ってマウンドに上がってきた。


その登場曲と、球場のウグイス嬢のコールによって球場全体が優勝したかのような声援に包まれていた。



「んー!女の子では天才と言われていた私が、客寄せパンダか。客寄せパンダなんてっていう人もいるけど、ほんっと最高!」


リリーフカーを降りて、コーチや選手がいる前で喜びを爆発させていた。

初のマウンドで自虐ネタを披露している光に流石に苦笑いしていた。


客寄せパンダだろうがなんだろうが、一軍のマウンドに立てることがあまりにも嬉しそうだった。


プロ野球でニコニコしてる投手は稀にいるが、ニコニコを通り越して誕生日プレゼントを貰った小学生な満面の笑みでマウンドに立っていた。



「ストライクッ!バッターアウト!!」


光はなんとこの1イニングを三者凡退で抑えた。

2番打者にはあわやホームランの打球を打たれたが、3番には得意のナックルカーブで空振り三振を取った。


女子選手としてプロ野球のマウンドで投げたこの映像は歴史的瞬間となった。


野球関係のテレビでは放送されないことは無いくらい有名なシーンとなった。



こうして、光は22歳で一軍デビューを果たした。


この年は2日に1回のペースで登板した。


10試合登板。

投球回数10回で自責点5で防御4.50。
被本塁打1で、四死球は1。被安打は8。奪三振2。


最終戦でスリーランホームランを打たれ、そこまで打たれながらも何とか抑えていたが、最後の最後で防御率が悪くなってしまった。


プロ野球という世界で女性選手として考えるととんでもない活躍だった。


もしかして通用するのではと思われたが、現実はそう甘くなかった。


23歳のプロ野球5年目のシーズンは一軍と二軍を行ったり来たりで、打たれたり抑えたりを繰り返していた。




そして、24歳のオフシーズン。



「私、東奈光は本日をもって現役を引退します。
これまで応援してくれた沢山のファンには感謝しても感謝しても足りないくらいです。
男性の選手の中にいる唯一いる女性の選手の私にも厳しく、そして優しく1人のプロ野球選手として扱ってくれたことにとても感謝しています。
今後、どのような道に進むかどうか決めていませんが、今後とも東奈光をよろしくお願いいたします。」



光は引退試合もせず、最後はあっさりと隠退を発表した。


人気のある選手とは思えないくらい静かな引退会見で、急にプロ野球という煌びやかな世界から居なくなってしまった。



ここまで自分のやりたい野球をずっとやってきて、ここまで真っ直ぐ突き抜けてきた。



東奈光という女子選手のおかげで、男子プロ野球という世界でも女性が通用できることを証明した。



それから女子プロ野球も人気になり、日本の野球は男女問わずプロになりたい子供たちがかなり増えた。


東奈光が初の女性プロ野球選手になってから、100年の間誰一人として、女性選手が男子プロ野球の世界に入ることは出来なかった。


何度も天才と呼ばれる女性選手が出てくる度に、東奈光と比べられたが彼女よりも優れた選手が出てくることは無かった。



プロ野球という1番高い目標も達成したと思われたが、これから光は一体なにを目指すのだろう?



「んー。やっぱり野球って楽しい!」



今もどこかで愛する野球を楽しんでいるんだろう。



この先、どのような道を進むのかは東奈光という天才にしか分からないのであった。




          

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