野球少女は天才と呼ばれた

柚沙

第24話 もう1つの約束




「グランドに礼!」



「「ありがとうございました!!」」



天才東奈光が城西野球部を引退して約2年が経とうとしていた。


あれから城西野球部は絶対的エースもいなくなり、1年生だけで試合に臨んでいた。

甲子園に出場した経験が物凄く1年生たちには財産になったが、プレッシャーとの戦いにもなってしまった。


普通なら1年生ばかりのチームが甲子園に出れば、3年間は安泰だと思われる。


しかし、周囲の評価は違った。



東奈光の完全なワンマンチーム。
いくら甲子園に出たとはいえ、彼女が居なくなった城西はおそるるに足らずという評価だった。


城西はその評価通りに連敗が続くと思われたが、1年生達には甲子園の経験が大きかった。


1番それを分かっていたのは監督と天見さんだった。


光が引退した後、正式に天見さんがキャプテンになった。

監督と天見さんは鬼になり、相当厳しい練習を全員に課した。


天見さんは自ら率先して厳しい練習に挑み、全員の模範になるように心掛けた。


あまりの練習の激しさに、部員も何人も辞めていってしまった。

最初は22人いたチームメイトも、新1年生が入部してくる頃には12人しか残っていなかった。


甲子園の決勝でスタメンで出た選手は1人たりとも野球部も辞めなかった。

どうしてもあの舞台にもう一度立ちたいという夢を捨てられなかった。


城西野球部が光にもうひとつ助けられたことがあった。

甲子園に出て、光に憧れた優秀な中学生達が入部してきた。


それでも甲子園に出るということは容易なことではなかった。


天見さん達は光が引退してすぐの、春の甲子園をかけた秋季大会は県大会ベスト8。


優秀な新一年生達と迎えた夏の県大会予選はベスト4。


そして、最後となる秋季大会も九州大会まで駒を進めたが、ベスト8であと一歩のところで春の甲子園の切符を掴むことが出来なかった。


そして最後の夏の大会に挑んだ城西は、見事に去年の甲子園出場校の福岡商業高校を破り、2年ぶりに甲子園出場を決めた。


城西のスタメンは3年生が4人、2年生が4人、1年生が1人という学年別で見るとバランスのいいチームだった。


エースは2年生の棚道美由紀たなみちみゆきという光に憧れて、光の真似をしている投手だ。


最初は光を知る天見さんとかなり衝突したみたいだが、ふざけている訳ではなく、本当に光のようになりたいと思って城西にやってきた。


光のことを知る天見さんとバッテリーを組む為だけに城西に来て、流石に光のようにはなれなかったが、エースとしてチームを引っ張っていた。



そして、1年生には九州でNo1打者と言われていた西郷照さいごうてるが、 花蓮女学院の特待生を断ってまで城西高校までやってきた。



そして、キャッチャーの天見香織。

福岡屈指の堅守と言われているショート川越、セカンド西の二遊間。


光のような飛び抜けた選手はいないが、チームとして高いレベルのチームを作り上げた。



「この後着替え終わったら、3-1の教室に集まってくれ。」


監督から急に指示が出た。
天見さんは全員に指示を伝えて、自主トレを始めている選手にも集合するように伝えにいった。


全員が着替え終わると、教室に行き3年生と2年生は椅子に座り、1年生たちは後ろで立って監督を待っていた。



「全員集まってます!」



「そうか。それなら早速始めるか。城西高校2度目の甲子園出場の激励に来てくれている方がいる。それではどうぞ。」



「どーもー。激励に来た方でーす!」



皆、一瞬固まってしまっていた。

目の前に誰が来たか分からないとかではなく、3年生は2年ぶりに見る顔で、2年と1年は始めて顔を合わせることとなった。



「ひ、光さん…!ど、どうしてここに?」



「ん?どうしてって言われてもなぁ。2度目の甲子園出場をお祝いに来たんだよ!あんた達ー、ちゃんと監督の話聞いてたのー?」



「東奈先輩だーー!!」
「えー!本物ー!?」
「やっぱりカッコイイーー!!」



「こらこら。後で個別にお話してあげるから今は静かにしててねー。」


そう言うとみんなソワソワしながらも静かになっていた。


「まずは甲子園出場おめでとう!決勝戦だけ見させてもらったけど、今の3年生たちとはプレーしたけど、本当にみんな上手になったね。そうだね…。」



光は3年生一人一人に声をかけていった。

短い言葉だが、スタメン、ベンチ、ベンチ外関係なく全員に声をかけた。



「香織、やっとここまで来たんだね。私はあの試合の後の約束してるの見てたからね。」



「そう…ですね。まだ約束を守れるかは分からないので、そこまでは負けられないですよ。」



天見さんはあの約束のことを覚えていた事に驚いたが、あの約束を守るには負ける訳にはいかないのだ。



今の3年生達は花蓮女学院の打倒をずっと目指してきた。


あの延長11回ノーヒットで負けたあの試合は、自分たちの未熟のせいだとずっと思っていた。

もしあの試合、10回までに内野ゴロでもエラーでも1点入れられれば、光は完全試合で甲子園大会優勝投手になれた。


自分たちが優勝したかったから負けたくない訳では無い。
自分たちを導いてくれた光を優勝させたかったから負けたくなかった。


その夢はもうどうにもならない。
それなら花蓮女学院を倒して、全員で2年越しに勝ったことを光に報告しようと決めていた。



「1年、2年生は私とは会ったこともないから話をしてあげられないけど、私に憧れてこの高校に来てくれた事聞いたよ。だから後で一人一人と話してあげるからね!」



「わーい!やったー!!」


子供のように喜んでいたのは光に憧れすぎて、光のことを全てコピーしようとした棚道さんだった。



「君が棚道ちゃんか。私の真似してるみたいだね?映像見せてもらったけど、上手くできてるね。後で少しだけ教えてあげるね。」



「うぅ……。うぁーーん………。」



あまりの感動に号泣してその場に泣き崩れてしまった。

みんな、棚道さんが光のことを好きなのは知っていたが、改めてそれを実感すると急に盛り上がっていた気持ちも収まっていた。



「あはは…。そして、私の手を握って離さないのが西郷さんかな?」


さっきから光の手を握ってずっと離さずに、じっと見つめているのが1年で唯一レギュラーを取った西郷照さんだった。



「あ、あの決勝戦…。本当に100回は見ました…。アンチ花蓮女学院なんです。だから今年の甲子園絶対に花蓮に勝ちます!見ててください!!」



そう言って力強く宣言するとギュッと手を握った。

光は頼もしい後輩達が育ったことをとても嬉しく思っていた。


その後時間が許すまで城西野球部は光と楽しく話した。

臨時の決起集会が終わり解散すると、光は天見さんとタクシーに乗って2人だけで話すことにした。



「光さん、今日はありがとうございました。みんな凄く喜んでましたし、甲子園出場で少し浮かれてたので、気を引き締めるきっかけにもなったはずです。」



「まぁそうだね。さっきも言ったけど、本当に甲子園に出れるとはね。前橋さんとの約束守るためには、勝ち上がらないといけなし、今からが本番だよ。」



天見さんはそれをずっと考えていた。
あの試合終了後に交わしたまた甲子園で戦おうという約束。


その為にここまで血反吐を吐く思いでやってきた。


約束もそうだったが、自分たちが不甲斐なかったあの時から進化した所を見せないといけない。



「光さん。見ててくださいね。」



「うん。もし花蓮女学院と戦うことが出来たら絶対に見るから。」



2人は時間が許すまで沢山のことを語り合った。




光が激励に来てから1週間が経過した。
2年ぶりに天見さん率いる城西高校は甲子園へと乗り込んだ。



「隣、いいですか?」


「どうぞ。」



甲子園の対戦相手を決める為の抽選会で、城西高校キャプテン天見香織と花蓮女学院キャプテン前橋美里さんが、2年ぶりに再会した。



2人は他人行儀に挨拶をしたが、お互いにこの日を待っていた。



「本当に久しぶりだね。もう戦えないかと思ってたけど、最後の最後でちゃんとここまで来てくれたんだね。」



「うん、ここまですごく長かった。今はまだ試合できるかどうかは分からないもんね。だけど、試合するまではあの時の約束を果たしたことにならないし、2年前のリベンジしにきたんだから。」



「はは!そこまで敵意向けられると嬉しいけど、負ける訳にはいかない。こんな事話すのはどうかと思うけど、2年前のあの試合から花蓮は変わっちゃったけどね…。」



前橋さんはここまでにあったことを少しだけ思い出したのか、険しい表情をしていた。


花蓮女学院はあの試合の後から1度も甲子園を優勝出来ずにいた。


それまで夏を三連覇、春も2年に一度は優勝していた高校が、去年と今年の春の甲子園ベスト4、去年の夏の甲子園は準優勝と栄冠から遠ざかっていた。


多分、これからも少し苦戦することが増えていくと予想されていた。


その原因が2年前の決勝にあった。


準決勝舞鶴から決勝花蓮まで9打席連続敬遠で、準決勝の舞鶴は齋藤さんと光の投げ合いでそこまで問題視されなかった。


問題が起こったのは、敬遠の続きをすることになった花蓮の方だった。


観客達が2度も暴動を起こし、2度目は光自身が止める事態となってしまった。


大会には優勝して三連覇達成という輝かしい実績にはなったが、それに至るまでの敬遠とその後の対処の仕方をしくじってしまう。


舞鶴女学院の監督は大会終了後に、新聞社やテレビ局に光に対する敬遠の謝罪文を出した。

光自身は直接監督とそのことを話したが、本人から気にしなくてもいいという言葉を聞いても、どうしても取り返しのつかないことをしたと正式に謝罪文を出し、自ら1年間の活動停止を発表した。



舞鶴に入ろうとしていた新入生達やその親御さん達はかなり動揺したらしいが、そんな優秀な選手たちがあの甲子園の試合を見ていないなんてことは無かった。


少なからず光との勝負を避けたことに対して、いい印象を持っていなかった。

すぐに謝罪と活動停止を発表したことにより、逆に誠実な監督としての評価が上がることになった。


その真逆だったのが花蓮の監督で、謝る謝らないは別として光の事に対してのインタビューは完全に拒否した。

あまりに聞かれるので声を荒らげて、記者を突き飛ばしたことを週刊誌などでリークされ、謹慎処分にされることになった。


それにより、全国から非凡な才能を持った12人の内10人が特待を辞退した。

それから去年、一昨年と全国で有名な選手たちは他の強豪校にバラけて入学することになった。


それにより、ライバル校が強くなり花蓮は2年前の当時の2年と1年だけが優秀な選手が残った。


監督の指導方法に疑問を感じた選手が、何人か転校するという事態にもなった。



それから花蓮の絶対的な強さが無くなったと共に、他の有名高校が戦力をつけてきた。



「まぁ…色々あったからね。はっきりいうけど、あの時のような強い花蓮は今はないね。だけど、その花蓮で私のピッチングで優勝に導く。その途中で城西も叩き潰す!」



「ふふっ。そういう所は変わってなさそうだね。それをいうなら私含め3年は、花蓮打倒だけを目標にやってきたんだよ。そう簡単に負けられないね。」



近くで聞いていた両監督たちはヒートアップする会話を聞いて、とても満足そうな顔をしていた。


これだけ明確なライバル関係というのは中々ない。

それが2年ぶりの再会となると、2人の間に自然と負けたくないという気持ちが目に見にみえて分かる。



「あ、香織。そろそろ壇上に行こうか。」



「香織?そういえば呼び方とか考えたこともなかった。美里って呼んでもいい?」



「うんうん。それじゃいこっか。」



2人は1番最後に壇上にあがり、くじを引くまで待っていた。



続々と対戦相手が決まっていき、残りは5校となっていた。



トーナメント表を見ると、出場校30校で2回戦から登場する高校は2校。

2回戦からのチームの枠が1つ残っている。
城西の次にくじを引くのは花蓮だ。


残りの番号で早く当たる可能性があるのは一通りしかない。


30と32を引けば2回戦で当たる可能性はあるが、残りの2.8.19は当たるとしても2.8の3回戦が2番目に早い。


だが、1番は春の甲子園優勝の沖縄の波風高校と1回戦で当たるし、8番だと去年の夏優勝の京都の舞鶴女学院と2回戦で当たることになる。



天見さんはとにかく少しでも楽な所にという気持ちでくじを引いた。



「32です。」


天見さんは残り一つの2回戦からのくじを引き当てた。



波風、舞鶴とは逆サイドになった。

天見さんはトーナメント表をパッと見ても、有名な高校がいないことに一先ず心を撫で下ろした。



「30引けばいいんや。」




すれ違いざまに前橋さんが呟いていた。
残り4つの中の1なら全然引く可能性はあった。



「30です!」



そう前橋さんが高らかに宣言すると、流石注目の高校の花蓮だけあって、少し歓声が上がっていた。



「これで2年前の約束が叶えられるね。」



「1回戦まだ終わってないよ?」



「1回戦の相手は今年3回練習試合したけど、向こうのレギュラーはうちの二軍にも勝てなかったから大丈夫。油断はしないけど、安心したよ。」



前橋さんは1回戦の相手のことは一切気にも止めてなかった。

油断や慢心とかその類ではなく、絶対的な自信からきているものだと天見さんは感じ取っていた。



「それじゃ、香織。多分5日後になるのかな?楽しみにしてる。」


「わかった。私も楽しみにしてる。」



2人はそのまま会場を後にした。
短い時間だったが、2人にとっては有意義な時間を過ごしたみたいだった。


その足で宿泊しているホテルに帰ってきた。


「キ、キャプテン!相手はどこですか!?」


すぐに駆け寄ってきたのエースの棚橋さんだった。

光のようになりたいとプレーは真似できているが、ドンと構えられるほどの気持ちの余裕がまだなかった。



「2回戦からになった。で、ほぼ100%2回戦の相手は花蓮だと思う。」



「……………。」



くじ運が悪いとでも責められそうな沈黙がみんなを包んでいた。



「やったーー!」
「花蓮と試合したかったから香織ナイスだよ!」


「よーし!絶対に抑えるぜ!!」
「東奈先輩に…次は頭撫でてもらうんだ…。」



天見さんは責められると思っていたが、反応は様々だがみんな花蓮と試合がしたくて仕方ないという感じだ。



「よし!今回こそは絶対に花蓮勝つぞ!!!」



「「おおぉぉ!!!」」




花蓮女学院は1回戦の群馬の榛名女子に11-1で勝利して、約束通り2回戦へ進出してきた。


花蓮の5人分業制は今年はかなり不安定で、予選で中継ぎとして投げていた1年、2年の2人の投手が変更になっていた。


今年の花蓮の最大の強みは、2枚のスーパーエースの存在だった。


前橋美里。

MAX133km/hのストレートを持ち、光が絶賛したストレートの球質は、プロのエース級のピッチャーに勝るとも劣らないボールを投げられる。

弱点という程の弱点もなく、投球の8割がストレート系で、残りはスライダーとフォークとチェンジアップ。

打者としても優秀で、5番を任されている。


中里勇気。


伝家の宝刀の消えるスライダーを武器とする投手。

曲がり始めが他の投手に比べて遅く、球速も出ているため、早く始動し過ぎるとスイングの瞬間に曲がるため消えたように錯角する。


消えるスライダーが4割、ストレートが3割、横の変化が大きいスライダーが2割、カーブとシュート合わせて1割くらいの投球配分。

スライダーを生かすために別のスライダーとストレートを使って、効果的な場面で消えるスライダーを使ってくる。


中里さんが1年の時、光でも1打席目は対応し切れなかった程のボールだ。



ドラフト1位確実と言われる、両エースがどれだけ抑えられるかが鍵となる。

逆に言えば、この2人さえ攻略出来れば城西にも勝ち目はある。




そして、夏の甲子園大会2回戦。



福岡代表城西高校  対  東京都代表花蓮女学院高校



「今日、2年ぶりの雪辱を果たすときが来た!この試合に勝って私たちが昔とは違うというのを見せつけるぞ!!最後の最後まで気合い入れていくぞぉぉ!!!」



「おおぉぉ!!!」


天見さんは自分の素直な気持ちをぶつけていた。

2年前のことは1年、2年は当事者じゃないが、3年生達の並々ならぬ執念をずっと見ていた。


後輩たちはその気持ちに引っ張られて、とても高いモチベーションで野球をやってこれた。


ここまで導いてくれた先輩たちが達成したいことがあるなら、後輩である自分たちもそれに力を貸したいという気持ちがみなぎっていた。





「やっとこの時が来た。2年前の城西との決勝は試合に勝って完全に勝負に負けた。今日は違う!試合にも勝って勝負にも勝つ!そして、花蓮女学院が日本で一番強いことを改めて証明する!!全員気合い入れていけよ!!!」



「「おぉぉぉ!!!」」



花蓮にとっても城西は特別な相手だった。
恨んだりすることは無かったが、あの時の記憶を忘れることは出来なかった。

しかも、あの試合の当事者がいて、どちらかが最後の試合になるのだ。


どちらも絶対に負けられない。



「先行、後攻を決めますので、両校ジャンケンを。」


「最初はグーじゃんけんぽん!」



「私の勝ち。」


ジャンケンに勝ったのは天見さんだった。
野球は基本的には後攻が有利だから、勝った方が後攻をほとんど選ぶ。



「先行でお願いします。」


「いいの?先行で。」


「あの時も先行だったから。」


「ふふ。そうだったね。それじゃ、今日はいい試合をしようね。よろしく!」


「そうだね…。今日はうちが絶対に勝つから。よろしく!」



そういうと天見さんと前橋さんは固く強い握手をした。





「集合!!」


両校がホームベースを挟んで、お互いに顔を合わせる。

天見さんはかなり真剣な表情で、前橋さんは少し嬉しそうに笑っていた。



「礼!!」



「「よろしくお願いしますっ!!」」




遂に2年前の約束を果たした瞬間だった。
これからは両校がこの2年で培ってきた野球で雌雄を決するだけだ。


          

「現代ドラマ」の人気作品

コメント

コメントを書く