ダンジョン・ザ・チョイス

魔神スピリット

456.月下の願望

「お久しぶりです、コセさん!」
「ど、どうも」

 トゥスカ達に案内されるまま、“崖の中の隠れ家”へとやって来た俺達。

 中に入るなり、以前助けた黄色いドレスの小柄な女性に抱き付かれた!

「へと……ウララさんでしたっけ?」
「名前、覚えてくれてたんですね」

 やんわりと引き離す。

「あー!」
「失礼ですよ、ウララ様」

 彼女を窘めたのは、少しの間共闘した狸の女獣人、カプア。

 左右に跳ねた濃い茶髪のショートヘアーに見えるけれど、腰までの長い髪を俺と同じようにローポニーテールにしているようだ。

「カプアだって、コセさんと会えるのを楽しみにしてたくせに」

「べ、別にそんなことは……」

 なんだ、この妙な空気感。

「ところで、トキコとバルバはどこですか?」
「バルバ?」

 トゥスカに尋ねる。

「バルバはバルバザードの略で、ウララさんがこの前の突発クエストで奪ったウォーダイナソーの事です」
「隠れNPCの」

 ということは、ウララさんと協力体制を取れば四人がレギオン加わることになるのか。

「二人なら、崖の上で模擬戦をやっているはずです」

 カプアさんが答えた。

「ところでご主人様、明日の勝負の件なのですが」
「なんの話?」

 ウララさんが尋ねてきたため、トゥスカが一通りの説明を始める。


●●●


「というわけです」

 私以外の全員が座った状態で、一通りの説明を終えた。

「結局、ヴァルカという男はなにをさせたいんだ? コセも言っていたが、二人だけで勝負すれば良い話だろう」

 アッシュグレイの髪を持つ美女の、鋭い指摘。

「兄さんは、出来るだけ穏便に諍いを治めたいのです」

「どういう事ですか?」

 今度は、青い服の小柄な黒髪少女、チトセに尋ねられる。

「あの大規模突発クエストとそれ以前に起きた抗争により、《獣人解放軍》は今までのような支配体制を維持できなくなりました。そのため、解放軍とレジスタンスの争いが終わったことを喧伝し、力のない獣人達までレジスタンスに狙われるのを避けたいのです」

「どうやら解放軍側にも納得していない者が多く、鬱憤の捌け口になるような場所を用意したいんだと思います」

 ノーザンが補足してくれた。

「けれど、俺とは戦いたいから前座の五試合では勝敗を決めないと」

 つまり義兄さんは、万が一にも自分の部下が負ける事を想定している。

 というより、負かしてほしいとすら思っているかもしれない。

「だったら、隠れNPCが相手じゃ納得しづらいんじゃないの?」
 
 マリナの指摘は、的を射ているだろう。

 《獣人解放軍》のメンバーは、“獣化”のスキルに酔い痴れている節がある。信奉していると言っても良いかもしれない。

「参加メンバーは、もう決まっているの?」

 ご主人様に尋ねたのは、ウララさん。

「NPCと獣人を抜くとなると、俺、マリナ、リューナ、チトセ、クオリアの五人だけになってしまいます」

 つまり、一人足りない。


「なら、私が出ます。出させてください」


 申し出たのは、ウララさん。

 その柔らかくも毅然とした空気には、逆らいがたい物があった。

「……良いんですか?」
「私も、どこかで自分の気持ちにケリを着ける機会が欲しかったのですよ」

 弟さんのことか。

 彼女の弟、ラキさんを植物状態にしたのは、解放軍の獣人。

「ご主人様、私からもお願いします」

 頭を下げる。

「良いよ、トゥスカ。これから、同じレギオンでやっていく予定だしな」

「ありがとうございます、ご主人様」
「ありがとう、コセさん」

 それから私達は、ウララさんが用意してくれていた早めの夕食に舌鼓をうちながら、ろくに知らないレギオンメンバーとの交流を深めていくのだった。


●●●


「“吸血皇の城”よりも、こっちの部屋の方が落ち着くな」

 木製の壁と天井に、柔らかなオレンジ光の灯り。

 それに、ベッド、棚、机でほとんど部屋が埋まってしまうくらいの狭さも良い。

 “崖の中の隠れ家”に泊めてもらえる事となった俺達は、既にそれぞれの部屋へと引き上げていた。

「お待たせしました、ご主人様」

 身を清めたトゥスカが戻って来る。

 俺も既に身体を洗い終え、ラフな格好で……期待していた。

「ご主人様」

 ベッドに腰掛けていた俺の横に座り、ピッタリと身体を預けてくるトゥスカ。

 トゥスカとこういう感じになるのがあまりにも久し振り過ぎて、早鐘が……。

「なんだか今日は……初めての時くらい緊張してます♡」
「俺もだ」

 反対側の肩に手を置いて、少しだけ密着を強める。

「それにしても、少し目を離した隙に四人も手を出したのですね」
「う!」

 まさか、このタイミングで突っ込まれるとは。

「あの……トゥスカさん?」

「私は、ずっと我慢してたのに」
「……すみません」

 この手のことに対して、こんなに圧強かったっけ?

「まあ、ノーザンが気を使ってくれた手前、私も偉そうな事は言えませんけれど」

「ああ……今日は俺達二人だけでって、遠慮したんだっけ」

「明日は、ノーザンをタップリと可愛がってあげてくださいね」
「だな」

 向こうの世界だったら、絶対に世間が許してくれないような会話をしている俺達。

「つまり、私は明日は我慢するので……」
「今日はたくさん……か」
「はい♡」

 部屋の灯りを消し、サイドテーブル上のランプの小さな光源だけを頼りに、久し振りのトゥスカの身体を撫で回し始めた。


●●●


「……ラキ」

 もう何ヶ月も目が覚めない弟のベッドの横で、月明かりを頼りに手を握る。

「このステージから先へ進むには、まだ時間が掛かるけれど……必ず、治してみせるから」

 産まれたときから、ずっと一緒にいたもう一人の私。

 ラキの居ない日常は、孤独感がチラついて仕方ない。

「お姉ちゃんは……寂しいよ」

 でも、最近は孤独と同じくらい……心の奥底でチリチリと煌めく熱があった。

「コセさん……か」


●●●


「……この辺の魔物は、もう

 青白き月夜の下、昨日辿り着いた腐葉土村の周囲でのモンスター狩りを切り上げる。

「この辺は人が居ないし、もうこの子に吸わせてあげられる新しい血は無いか」

 この、数多の血を凝血して生み出されたような、真紅の太刀に吸わせる血は。

「早く、この子にギルマスって人の血を吸わせてあげたい」

 私が始まりの村に辿り着いたとき、まるで伝説のように口々に語られる男の物語。

 まさか現実に、英雄のように語られる人間が存在するなんて。

 そんな人の血を吸わせれば、この子はより一層綺麗に、強く輝くだろう。


「この――“ブラッディーコレクション”に」


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