ダンジョン・ザ・チョイス

魔神スピリット

349.魔女妖精の木彫り

「スー……――フッ!!」

 人間の側頭部に蹴りを入れるつもりで、回し蹴りを放つ!

 続いて、腹への左掌底。からの左踵落とし! で踏み台にして錐揉みしながらの跳び蹴りを――顔面に放つ!

「……こんな物か」

 ホテルにあった道場のような場所で、早朝の修練……シャドートレーニングを終える。

「やはり、相手が居ないと身が入らないな」

 とはいえ、ツェツァ達だと本気は出せない。

 なにせ、私が父親アチェーツから教わったシステマは殺傷力を伴った実戦向き。

 一般の人間が習うシステマの……護身術の域を超えた、無手、武器によって急所を容赦なく突く人殺しの技。

「ちょうど時間か」

 魔法の鍵を使い、空間を繋ぐ。

「……居るか?」
「おはよう、リューナ」
「オッハー」

 ツェツァとサンヤが出てくれる。

 どちらも、私のガールフレンド。

「ここ数日、毎日のように聞いているが……全員無事か?」

「ええ、怖いくらい順調に進んでる。私達の今まではなんだったのってくらいにね」

 ツェツァが皮肉を述べる。

「まあ、分からんでもない」

 私の方も、たった三人だけなのになんとかなっているからな。

 攻略に関する情報の多さで、ここまで差が出る物とは。

「こっちは一日、攻略を休む予定だ。そっちは?」
「もう少ししたら、第二十三ステージの攻略を再開する予定だよ」
「上手くいけば、今日中に二十四ステージまで行けるだろうって」

「二人とも、無茶はするなよ」

 初期のメンバーで、生き残っているのはツェツァとサンヤだけ。

 所属していたレギオンだって、数か月前に突発クエストが切っ掛けで壊滅してしまった。

「ええ……」
「ツェツァ?」

 なんか、歯切れが悪い?

「なにかあったのか?」

「ああ……」
「ツェツァ、私とお前の間に隠し事をするつもりか?」

「わ、分かったわよ……実は」


●●●


「やっぱり、下の方が圧倒的にプレーヤーが多いな」

 マリナと二人で、朝から商業区となっている中層に来ていた。

「なんて言うか、攻略を止めたって感じの人達がたくさん居る気がする」
「だな」

 このゲーム内に居るにしては、あまりにも普通の格好。

 子連れの女性も少なくないし、余程ここが気に入ったのだろうか?

「この人達って、全員上層のホテルに泊まってるのかな?」
「いや、三十日契約で部屋を借りられる場所があるらしい。結果的に、ホテルよりも安く済ませられるそうだ」

 確か、一部屋900000九十万Gだったか。

「滞在ペナルティーは、どこにも宿泊しない場合、深夜0時に所持金を半分にすること。魔法の家を利用しなければ、ペナルティーはあって無いような物か」

 それでも、毎日30000G積み立てておかなければならないわけだけれど。

 同じ部屋を複数人で借りられるみたいだし、助け合えば問題なく暮らして行けるのだろう。

「あった。ここが下層への入口か」

「上層がホテルで中層が商業区、下層は住宅区だっけ?」

「その更に下には、モンスターが出る最下層が広がっていて、最深部にはボス部屋もあるらしい」
「さっそく行こうよ」
「ああ」

 用のある下層へ、階段を使わずにさっさと降りていく。

「なんだか、急に景色が一変した気が」

 下層は四つの区域に別けられていて、一つは上と下を繋ぐ階段がある区域、他三つはタイプの異なる貸し部屋。

「初めての方ですね。ここは下層、三種類の貸し部屋がある場所です」

 女性のNPCが教えてくれる。

「詳しいことが知りたければ、私に聞いてください。部屋の契約も受け付けております」

「三種類ね……値段は一緒なんでしょう? どういう違いがあるの?」

「正面は一階三部屋タイプ。左は長屋タイプ。右は調合場がある特別タイプ。そこだけは、一人で契約しないといけないらしい」

 入口で“調合師”のサブ職業を渡されたのもあって、このステージは調合を知る要素が多いのだろう。

 そんな話をしながら、俺達は四つの区画を繋ぐ十字路を進み、中央部分へと到着。

「良かった。残ってた」

 十字路の中央、円形の広場の中心に、フードを目深に被った木彫りの女性が台座の上に立っている。

 この台座は石。つまりこの像だけが、この大樹村で唯一、木製でありながらこの大樹と繋がっていない証。

「マリナ」

 昨日の山内部で魔女と戦っているときにドロップした、“魔女封印のネックレス”を渡す。

 これは、一つのパーティーで百三十体以上の魔女系モンスターを葬ったときに手に入る、隠れNPCの取得条件。

「フー。毎度、なんでか緊張しちゃう」

 そう言いながら、マリナが近付く。

 すると、“魔女封印のネックレス”が輝いて消滅。


○以下から一つを選択出来ます。

★ハッグをパーティーに加える。
★”魔女精霊”のサブ職業を手に入れる。
★修練の法則のスキルカード・六重詠唱のスキルカードを手に入れる。

「じゃあ、サブ職業を選ぶね」

 マリナは、“魔女精霊”を選択した。

「隠れNPCか……メルシュ達もそうらしいけれど、本当に生きている人間みたいよね」

「ああ……」

 本当は、隠れNPCを仲間にしてから殺した方が得が多い。

 隠れNPCの固有スキルだけでなく、専用の装備や経験値、Lvアップによるスキルも一部手に入れられる。

 あの“シュメルの指輪”には、隠れNPC専用装備をプレーヤーが装備可能に出来る効果もあるらしいし。

 どうやら、先日のアップデートで追加された機能のようだ。

 となると、今後“シュメルの指輪”持ちのプレーヤーに出くわす機会も増えて、隠れNPCの……一つのパーティーに一人だけというデメリットを減らせる可能性も出て来た。

 ……殺して奪うという前提で考えがちになっている自分に、嫌気がさしてくるな。

 殺した方が得なこと、奴隷強制売買、滞在ペナルティーによる嫌がらせの質……デルタ側が追加したというオリジナルに無かったダンジョン・ザチョイスの新ルールは、人を腐らせるために設けられた気がしてならない。

「観測者……叶うことなら、このゲームで得た力を持ったまま向こうに戻って、奴等をぶちのめしてやりたいくらいだ」

 無意識に左腕を眼前に掲げ、怒りに任せて強く握り締めた時だった。


「――――ぅッッッッグゥッッ!!!!」


 靄に落ちてから目覚めた直後に感じた、左腕の痛み――あの時よりも遥かに強いッッッ!!!

「ぁぁあああああああああッッッ!!!」

「ちょ、ユウダイ!!?」

 あまりの痛みに、膝を付いて必死に左腕を押さえるッッ!!

 “剛力竜王の甲手”の下――肘から先でなにかが暴れ回って居るみたいだッッッ!!!

「ハイヒール!!」


「――ぁぁああああああああああああッッッッ!!!!」


 マリナが回復魔法を掛けてくれるも、これは……むしろ逆効果になってるッッッ!!!

「……な、なんで効かないの?」

「どいてください!!」

 右側の区画からやって来た誰かが、俺の前にッッ!!

「取り敢えず、これを飲んでください」

 相手が何者なのかも分からないのに、あまりの痛みに、差し出された球状の薬を反射的に飲んでしまう俺。

「ぁぁッ……ぁぁ」

 痛み……引いてきた?

「ハァー、ハァー」

 身体が……怠い。

 それに、まだ腕の中で……なにかが蠢いている気がする。

「凄い脂汗……左腕、凄い熱です! そちらの人、肩を貸してください! 一先ずベッドに運びましょう!」

 この声……女の……子?

「わ、分かりました!」

 声を発するどころか、指一本さえろくに動かせない俺を二人が担ぎ……右の区画へと運ばれていく。

 あの痛みは……いったい…………。

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