ダンジョン・ザ・チョイス
302.バニラの出生の秘密
「ひ、久し振りだな」
「うん……うん!!」
彼女を目の前で買われたエルフが、街中で再会した。
「もう、奴隷ではないんだよな?」
「うん……私を買った人は、昨日死んだみたい」
彼女の浮かない顔を見れば、なにをされたのか想像に難くない。
五体満足でいただけ、まだマシと思うべきなのかもしれないが。
私は他の者達よりもLvや装備が良かったために、値段が高かったから今日まで買われずにすんだだけ。
本来なら……私が受けるべき咎だったはずなのに。
団長として、騎士団を敗北へと進ませてしまった私が……。
「……お久しぶりです、レリーフェ様」
「会えて良かった、ラフォル」
他に……掛けるべき言葉が見付からない。
「ルフィルや、他のエルフを知らないか?」
「副官の事は……ただ、ユウコという女が、何人もの男のエルフを従えていた姿は見ました」
「あの女か」
長い白髪に黒ドレスの女……何度も奴隷商館に現れ、その度にエルフの男を買っていった。
「それと、同胞の何人かが、他の種族と共に次のステージに進むと言って……昨夜、旅立って行きました」
「そうか……」
ここに連れて来られて、精神を病んだエルフは一人や二人ではない。
高潔だった同胞達が、道理を無視して人道を外れる……それ自体が、デルタ側の狙いだったのかもしれん。
「ラフォル。私達は、エルフだけのレギオンを組織することにした。この世界に連れて来られた同胞達を保護するための組織だ。お前も、参加してはくれないか?」
「……分かりました。この身が役に立てるのであれば」
「ありがとう、ラフォル」
あとは、ノーファ様とルフィルが見付かってくれさえすれば、心置きなく旅立てるのだが……。
●●●
「ガルルル――アアアアアッッ!!」
森に入った途端に襲ってきたゴリラタイプのモンスターを、瞬く間に“オリハルコンダガー”で仕留めていくバニラ。
「……速いな」
「それに、的確に急所を貫いているようです」
「このステージは、総合能力が高いモンスターばかりなのに……あの子、本当に良い拾い物かも」
「バニラ、格好いいー!!」
俺とトゥスカ、メルシュ、モモカとバニラは、早朝から森へとやって来ていた。
目的は、バニラの能力の確認やモンスターの素材など色々あるけれど……一番は、バニラの秘密を探るため。
「ご主人様、バニラが」
一目散に、森を駆け抜けていく!
「追うぞ!」
「コセ、乗って!」
モモカが走金竜ことキンちゃん呼び出し、俺も後ろに乗らせてもらう!
トゥスカとメルシュには悪いけれど、二人は俺よりも機動力があるから問題はないだろう。
「モモカ、バニラはどうしてしまったんだ?」
互いの“意思疎通の首輪”で通じ合っているというモモカに尋ねる。
「あっちに……」
「モモカ?」
「あっちに、ママが居るんだって」
――モモカの辛そうな声でのママという言葉に、胸が強く締め付けられる。
昨日ノーザンから聞いた件、今のモモカに伝えるわけにはいかないのに……楽になりたいと思ってしまう自分が居る。
「もうすぐ森が終わるって!」
モモカの言葉のすぐあと、飛び込んできたのは――見渡す限りの草原。
「こんな場所、祭壇の上から見たときは無かった気がしたけれど」
俺が見落としていただけなのか?
「コセ、あれがバニラのママだって!」
モモカが近付きながら指を指したのは……巨大で柳眉な緑のドラゴン。
バニラは……甘えるようにドラゴンの足元に寄り添っていた。
《……よく来たな、異世界の者よ》
アルファ・ドラコニアンの時のように、頭に直接、女性らしい声が響いてくる!
「モンスターが……喋った?」
あらかじめ決められていたセリフなのか、それとも……死んだ人間の意識がインプットされたタイプなのか。
《どちらでもないぞ、私の念を受け止められる者よ》
「心を……表層意識を読んだのか」
《お主が、あまりにも無防備に心を晒していたのでな》
「ご主人様!」
「これって……」
トゥスカとメルシュが追い付いてき――今にも攻撃しそうな体勢に移行した!?
「ま、待て、二人とも!」
《こちらに争うつもりは無い。獣人の娘と、不可思議な魂を持つ者よ》
「ほら、聞こえただろう?」
「聞こえたって……なにが?」
「今、微かに声のような音が……途切れ途切れでしたけれど」
メルシュには聞こえていなくて、トゥスカには言葉としてハッキリとは聞こえていないって所か?
《フム。我とまともにコミュニケーションが取れるのは、お主だけのようだな》
「どういう事なんだ?」
《我の念を受け止められるだけの高度な精神性が無ければ、我の声を言語のように感じるのは不可能という事だ》
「念を受けとめる……」
俺が彩藍色の光を纏ったとき、僅かな間だけれど念を飛ばして、アルファ・ドラコニアンと会話をしていた。
あの時の経験が、こういう形で現れたって事なのか?
《おそらくはそうなのであろう》
「バニラにも同じ能力が?」
《いや、この子にはそんな力は無い。故に、人語を教えてやる事は出来なんだ》
「じゃあ、やっぱり貴方が……バニラを育てたのか」
《この子の親が我の領域に侵入してきた際に、なぜか赤子を残して突然消えてな。気紛れで数年ほど面倒を見ただけだ。あとは、この子がモンスターや人間を見たり、戦ったりして勝手に育っていったに過ぎぬ》
親が消えたって事は……納税が出来なくて奴隷にされたって所か。
バニラは十一歳……さすがに、もう奴隷商館には居ないだろう。
会わせたとしても、良い未来が想像出来ない。
「でも、よくこの子は奴隷にならずに済んだな」
親が居なくなったのなら、第十六ステージのあの場所に転送されてしまいそうな物だけれど。
《我の領域内で誕生した事で、この世界のシステムとバニラの間になんらかの不具合が生じたのであろう。単なる予測でしかないが》
一歩間違えれば、バニラは宝石島に居たかもしれないのか。
《異世界の者よ、バニラを連れていってやってはくれぬか?》
「……良いのか?」
《元より、只の気紛れ。それに、この狭い世界で動物のように生きて生涯を終えるというのは……あまりにも惨い話よ》
そういう物だろうか。
《我が念を受け止められる者であれば、バニラを良き道へと導いてくれることだろう。頼んだぞ》
もはや、押し付ける気満々じゃないか。
《許せ。我は星獣。本来、人の子を育てるような存在ではない》
「領域って言うのは、星獣としての能力って事か。で、星獣ってなんだ?」
《星の代弁者としての一つの形よ。デルタ共に対抗するために生まれたのだが、逆にこの不可思議な世界に閉じ込められてしまったのだ。口惜しや》
元々トゥスカ達の世界に存在していた知的な生き物だから、バニラを育てるなんて行動を取ったのか。
「なら、一緒に来ないか?」
《我は、この領域内から出る気は無い。ここを出たが最後、デルタ共にどんな風に利用されてしまうか分からんからな》
この領域は、自分を守るための結界でもあるのか。
「確かに、突発クエストに組み込まれて殺し合いを強要されかねないな」
《お主らがここを訪れられたのは、我が招いたからに他ならない。では、話はこれで終わりだ。バニラを連れて、さっさと出ていくが良い》
急に冷たい!
『キュルルルル』
「……キュゥーン」
「バニラ……悲しんでる」
別れの言葉を伝えたのか。
「行こう、バニラ」
「……キュゥーン」
キンちゃんから降り、バニラの傍に行って声を掛けたら……俺に、正面から組み付いてきた。
本当、ペットか幼い子の相手をしている気分だ。
少しだけ……弟達が幼かった頃のことを思い出してしまう。
「マスター、ドラゴンはなんて?」
「まずはここを出よう。詳細は、皆の前で話すよ」
ここに居たら、それだけバニラが引き摺ってしまうだろうから。
「うん……うん!!」
彼女を目の前で買われたエルフが、街中で再会した。
「もう、奴隷ではないんだよな?」
「うん……私を買った人は、昨日死んだみたい」
彼女の浮かない顔を見れば、なにをされたのか想像に難くない。
五体満足でいただけ、まだマシと思うべきなのかもしれないが。
私は他の者達よりもLvや装備が良かったために、値段が高かったから今日まで買われずにすんだだけ。
本来なら……私が受けるべき咎だったはずなのに。
団長として、騎士団を敗北へと進ませてしまった私が……。
「……お久しぶりです、レリーフェ様」
「会えて良かった、ラフォル」
他に……掛けるべき言葉が見付からない。
「ルフィルや、他のエルフを知らないか?」
「副官の事は……ただ、ユウコという女が、何人もの男のエルフを従えていた姿は見ました」
「あの女か」
長い白髪に黒ドレスの女……何度も奴隷商館に現れ、その度にエルフの男を買っていった。
「それと、同胞の何人かが、他の種族と共に次のステージに進むと言って……昨夜、旅立って行きました」
「そうか……」
ここに連れて来られて、精神を病んだエルフは一人や二人ではない。
高潔だった同胞達が、道理を無視して人道を外れる……それ自体が、デルタ側の狙いだったのかもしれん。
「ラフォル。私達は、エルフだけのレギオンを組織することにした。この世界に連れて来られた同胞達を保護するための組織だ。お前も、参加してはくれないか?」
「……分かりました。この身が役に立てるのであれば」
「ありがとう、ラフォル」
あとは、ノーファ様とルフィルが見付かってくれさえすれば、心置きなく旅立てるのだが……。
●●●
「ガルルル――アアアアアッッ!!」
森に入った途端に襲ってきたゴリラタイプのモンスターを、瞬く間に“オリハルコンダガー”で仕留めていくバニラ。
「……速いな」
「それに、的確に急所を貫いているようです」
「このステージは、総合能力が高いモンスターばかりなのに……あの子、本当に良い拾い物かも」
「バニラ、格好いいー!!」
俺とトゥスカ、メルシュ、モモカとバニラは、早朝から森へとやって来ていた。
目的は、バニラの能力の確認やモンスターの素材など色々あるけれど……一番は、バニラの秘密を探るため。
「ご主人様、バニラが」
一目散に、森を駆け抜けていく!
「追うぞ!」
「コセ、乗って!」
モモカが走金竜ことキンちゃん呼び出し、俺も後ろに乗らせてもらう!
トゥスカとメルシュには悪いけれど、二人は俺よりも機動力があるから問題はないだろう。
「モモカ、バニラはどうしてしまったんだ?」
互いの“意思疎通の首輪”で通じ合っているというモモカに尋ねる。
「あっちに……」
「モモカ?」
「あっちに、ママが居るんだって」
――モモカの辛そうな声でのママという言葉に、胸が強く締め付けられる。
昨日ノーザンから聞いた件、今のモモカに伝えるわけにはいかないのに……楽になりたいと思ってしまう自分が居る。
「もうすぐ森が終わるって!」
モモカの言葉のすぐあと、飛び込んできたのは――見渡す限りの草原。
「こんな場所、祭壇の上から見たときは無かった気がしたけれど」
俺が見落としていただけなのか?
「コセ、あれがバニラのママだって!」
モモカが近付きながら指を指したのは……巨大で柳眉な緑のドラゴン。
バニラは……甘えるようにドラゴンの足元に寄り添っていた。
《……よく来たな、異世界の者よ》
アルファ・ドラコニアンの時のように、頭に直接、女性らしい声が響いてくる!
「モンスターが……喋った?」
あらかじめ決められていたセリフなのか、それとも……死んだ人間の意識がインプットされたタイプなのか。
《どちらでもないぞ、私の念を受け止められる者よ》
「心を……表層意識を読んだのか」
《お主が、あまりにも無防備に心を晒していたのでな》
「ご主人様!」
「これって……」
トゥスカとメルシュが追い付いてき――今にも攻撃しそうな体勢に移行した!?
「ま、待て、二人とも!」
《こちらに争うつもりは無い。獣人の娘と、不可思議な魂を持つ者よ》
「ほら、聞こえただろう?」
「聞こえたって……なにが?」
「今、微かに声のような音が……途切れ途切れでしたけれど」
メルシュには聞こえていなくて、トゥスカには言葉としてハッキリとは聞こえていないって所か?
《フム。我とまともにコミュニケーションが取れるのは、お主だけのようだな》
「どういう事なんだ?」
《我の念を受け止められるだけの高度な精神性が無ければ、我の声を言語のように感じるのは不可能という事だ》
「念を受けとめる……」
俺が彩藍色の光を纏ったとき、僅かな間だけれど念を飛ばして、アルファ・ドラコニアンと会話をしていた。
あの時の経験が、こういう形で現れたって事なのか?
《おそらくはそうなのであろう》
「バニラにも同じ能力が?」
《いや、この子にはそんな力は無い。故に、人語を教えてやる事は出来なんだ》
「じゃあ、やっぱり貴方が……バニラを育てたのか」
《この子の親が我の領域に侵入してきた際に、なぜか赤子を残して突然消えてな。気紛れで数年ほど面倒を見ただけだ。あとは、この子がモンスターや人間を見たり、戦ったりして勝手に育っていったに過ぎぬ》
親が消えたって事は……納税が出来なくて奴隷にされたって所か。
バニラは十一歳……さすがに、もう奴隷商館には居ないだろう。
会わせたとしても、良い未来が想像出来ない。
「でも、よくこの子は奴隷にならずに済んだな」
親が居なくなったのなら、第十六ステージのあの場所に転送されてしまいそうな物だけれど。
《我の領域内で誕生した事で、この世界のシステムとバニラの間になんらかの不具合が生じたのであろう。単なる予測でしかないが》
一歩間違えれば、バニラは宝石島に居たかもしれないのか。
《異世界の者よ、バニラを連れていってやってはくれぬか?》
「……良いのか?」
《元より、只の気紛れ。それに、この狭い世界で動物のように生きて生涯を終えるというのは……あまりにも惨い話よ》
そういう物だろうか。
《我が念を受け止められる者であれば、バニラを良き道へと導いてくれることだろう。頼んだぞ》
もはや、押し付ける気満々じゃないか。
《許せ。我は星獣。本来、人の子を育てるような存在ではない》
「領域って言うのは、星獣としての能力って事か。で、星獣ってなんだ?」
《星の代弁者としての一つの形よ。デルタ共に対抗するために生まれたのだが、逆にこの不可思議な世界に閉じ込められてしまったのだ。口惜しや》
元々トゥスカ達の世界に存在していた知的な生き物だから、バニラを育てるなんて行動を取ったのか。
「なら、一緒に来ないか?」
《我は、この領域内から出る気は無い。ここを出たが最後、デルタ共にどんな風に利用されてしまうか分からんからな》
この領域は、自分を守るための結界でもあるのか。
「確かに、突発クエストに組み込まれて殺し合いを強要されかねないな」
《お主らがここを訪れられたのは、我が招いたからに他ならない。では、話はこれで終わりだ。バニラを連れて、さっさと出ていくが良い》
急に冷たい!
『キュルルルル』
「……キュゥーン」
「バニラ……悲しんでる」
別れの言葉を伝えたのか。
「行こう、バニラ」
「……キュゥーン」
キンちゃんから降り、バニラの傍に行って声を掛けたら……俺に、正面から組み付いてきた。
本当、ペットか幼い子の相手をしている気分だ。
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