ダンジョン・ザ・チョイス

魔神スピリット

157.元アイドルのクマム

「こっちはあまり居ないな」
「そうね」

 コセがスゥーシャを購入したあと、トゥスカとメルシュ、ナオ以外は、左側の人魚以外の奴隷が居る方に来ていた。

「この街の滞在ペナルティーは、二日ごとの0時に10000G徴収されることです。それが出来ないと、強制的に奴隷に堕とされます」
「滞在ペナルティーが軽い気がするな。レギオンを組まないと進めねーからか?」

 私の隠れNPCであるヨシノに、ザッカルが尋ねる。

「北西区画で時間を掛ければ、一日で数十万G稼ぐ事も出来ますから、確かに軽い方ですね」

 なら、人魚以外の奴隷が十人居るか居ないかなのは当たり前か。

「おい、助けてくれよ!」

 獣人の男が、檻越しに訴えてくる。

「同じ獣人だろう? なあ、頼むよ!」

 どうやら、ザッカルに頼んでいるようだ。

「俺達は積極的に先に進むんだ。お前みたいに、その場しのぎの生き方をする人間なんざ要らねーよ」
「なんだと!!」

 ザッカル、初対面の相手にそこまで言いきる?

「俺は助けろって言ってんだよ! お前の奴隷にしろなんて頼んでねーよ! バーカ!!」

 どれだけ厚かましいんだ、この獣人。

「やっぱりそういう輩か。テメーみてぇな男は、さっさと殺処分されちまいな」

 冷たい気もするけれど、同情で助けるわけにもいかない。

「……ぶっ殺してやる」

 多分、本気の殺気だ。

「ザッカル、無駄に敵を作るな。余計なトラブルに巻き込まれるぞ」
「……ワリー、コセ」

 ザッカルは異世界人が嫌いって聞いてたけれど、コセには従順というか……なんというか。

 多分、別の人間がコセと同じ事を口にしても聞いてはくれないんだろうなぁ。

「お前、獣人のくせに異世界人に従ってるのかよ。みっともねーなー!」

「コセ、コイツを購入してぶっ殺して良いか?」

 トゥスカと同じ事言ってる!

「金の無駄だからやめとけ」
「チッ! 確かに」

「おい、ざけんな!!」

 殺されなくて良かったでしょうに。

「さっさと女の方を見に行こうぜ」
「なんで、ザッカルさんは男の方を見に行こうと言ったのです?」

「異世界人の男が捕まってるのを見て、ザマー見ろって思いたかったんだよ」

 どれだけ嫌いなのよ。

 むしろ、そこまで嫌いなのによくコセだけは信用してるな。

 部屋を出て、青い床のエレベーターに乗って二階へ。

「やっぱり、ナノカちゃんなの!?」
「は、はい。本名はクマムです」

 扉を開けると、そんな声が聞こえてきた。

 ……本名がクマム?

「ナオの声?」

 コセが反応し、中に急ぎ足で入る。

「ナオ!」
「コセ! こっちこっち!」

 最近明るくなったな、ナオ。

「ここも、あんまり居ないんだ」

 牢の中はスカスカ。

 ここに居る人間達からは、色々諦めてる感じが漂ってる。

 ナオの傍に行くと……めちゃくちゃ可愛い子が檻の中に居た。

 胸下までの綺麗な黒髪と、白とピンクの……可愛らしいミニスカドレス?

 なんかアイドル衣装みたい……かなり如何わしい系の。

 ジュリーの両親の趣味かな?

「コセ! この子誰か分かる?」

 見覚えがあるような……。

「いや、知らない」
「ああ! アイドルの篠原 菜中! ……グループ全員、一年前に事故で行方不明になったっていう」

 当時、アイドルグループ数組による番組企画の途中で、バスが消えたって。

 事故で山中に落ちたと騒がれたけれど、未だに行方不明どころか、一年経った今でも事故現場すら特定されていないって、テレビで特集組まれてた!

「……ああ、はい。その篠崎 ナノカです。でも、出来れば本名で呼んでください」

 ふーん、ナノカって芸名だったんだ。

「凄いよね! 凄いよね! 凄いよね! あのナノカちゃんなんだよ!」

 ナオはファンなのかな? だったら尚更、クマムって呼んであげなさいよ。

「……クマムが本名なの?」
「はい。両親が、クマムシみたいにどんな環境でも生き残れるようにと」

 クマムシってなに?

「ああ、高温、寒冷、放射能、真空でも生き残れるって言うあの」

 コセ、そっちは分かるんだ。

「でもあれ、簡単に潰して殺せたような……」
「その突っ込み、貴方で七人目です」
「……ごめんなさい」

 あれは、根に持つタイプだな。

「ナノカちゃんを助けてあげよう!」
「ナオ……落ち着け…………アイドルか」

 コセが嫌がってる?

「アイドルはお嫌いですか?」
「ああ……うん」

 嫌いなんだ。

「ちなみに……理由を聞いても?」

 聞くんだ、クマム。


「アイドルって、人間を疑似神格化しているみたいで嫌なんだよ」


 ……予想の斜め上を行く回答が出た。

「ああ、昔のアイドルはウンコしないって奴とか?」
「アホらし。同じ人間でしょうに」

 ナオの話しに、思わず悪態をついてしまう。

「そう、同じ人間なのに、一部の人間を、まるで特別みたいに仕立てる芸能界はおかしい」

 アイドルから芸能界に飛び火した!?

「仕立てるって、大袈裟じゃ……」
「あ、でも、大してイケメンや美女でもないのに、イケメン、美女って紹介されていることあるわね」
「無駄に肩書きとか付けてな。大衆が付加価値に弱いのを良いことに」

 ナオとコセの会話がヒートアップしていく。

「分かります! 私、ちょっと裁縫が得意って言っただけなのに、いつの間にか本を出すことになって、プロ級の腕があることにされちゃいました!」

 アイドル本人が賛同した!?

「ていうか、アイドルやビジュアルで人気のある芸能人は男女交際したり結婚しちゃいけないみたいな風習ってなんなんですか! なんだかんだで、先輩とかやることやってましたよ!」

 異世界とはいえ、それ暴露していいの?

「男の芸能人だと、恋愛癖悪くても許されるみたいなのあるしな」
「引っ掛かる方もどうかしてますよ! 芸能人だって、所詮人間なんですから! どいつもこいつも、勝手に美化してんじゃねーぞ!!」

 なに、この二人?

「でも、誰にでも、どんな気分の時でも愛想良くしないといけないって言うのが、一番キツいかもな」
「まあ……アイドルですから」

「感情を偽ると、人間は壊れていくことになる。偽っているという自覚が無くなれば、自分を取り戻すのも不可能だろう」

 芸能界の業は深い……みたい。

「でも……感情で動くのは良くない事です」
「まともな理性すら無い人間ならな」

 コセが、真っ直ぐにクマムを見詰めている。

「人間は感情だけでもなければ、理性だけの存在でもない。それを忘れたら、もう人間扱いしていないことになる」
「人間扱い……」

 コセがそういうこと考える人間だって、なんとなく分かっていたはずなのに。

「人間が人間であるうちは、人間として扱われるべきだ。所詮は人間なんだから」

 その言葉を発したコセの姿が、どことなくさっきすれ違ったアテルと被る。

 根っこの部分では、二人は似てるんだ。

「……あの、皆さんはこのゲームをクリアしたあと、どうするつもりなんですか? やっぱり、向こうの世界に戻るんですか?」

「ゲームを終わらせて、この世界で暮らすつもりだよ」

「うん」
「ええ」

 コセの言葉に、私とナオが同意する。

 ゲームを終わらせた後、ダンジョンの外の異世界がどうなっているのかは分からない。

 ただ、あのしがらみだらけの世界に戻りたいとは思えないのよね。

 文字を刻めるようになってからは、尚更そう思うようになった。

「コセさん! 私を貴方の奴隷にしてください!」

「分かった。これからよろしくな」

 人気アイドルでも、元の世界に戻りたくはないんだ。

 ていうかこの二人、いつの間にか仲良くなっちゃってる!?

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