ダンジョン・ザ・チョイス

魔神スピリット

93.競馬村

 ナオの切羽詰まった声が届いた二秒後、突然背後から衝撃に襲われ――地面に突き付けられた!!?

「があっ!!」

 痛みに耐えながら視線を向けると……そこには倒したはずの魔神が、二足歩行の姿で復活していた。

 背後から……ランスに刺されたのか?

 でも、刺された痛みは感じない。

「そうか……”不意打ち無効”」

 槍男を倒した際に貰える報酬で、メルシュに半ば無理矢理選ばされたスキル。

 おかげで、命拾いしたわけか。

 本当に、なにが起こるか分からないもんだな。

「私の彼氏から離れろ! ”氷塊魔法”、アイスマウンテン!!」

 巨大な氷の塊が魔神に向かって放たれるも、避けられて反対側の壁にぶつかり、砕ける。

 同時に、身体の重みも消え、動けるようになった。

「コセ! 大丈夫!?」
「ああ、ちゃんと生きてるよ」

 不意打ちを受けたと言うことに、強烈な衝撃と染みつくような恐怖に晒されては居るが。

 無意識に心配させまいとしているのか、勝手に笑顔を作る俺の顔。

「良かった~。付き合い始めた瞬間に死ぬとか、後味悪すぎだもんねー」

 ……俺、まだ返事してないんだけれど。

 まあ、良いか。追い掛けてきた時点でそのつもりだったし。

「早くアイツを倒して、皆に謝らないとな」

 多分、心配してるだろうなー……してるよな?

「援護を頼む」
「任せて、ダーリン♡」

 いつの間にか、彼氏からダーリンに昇格している!?

 ……ナオとのこと、早まったかな。

「”氷塊魔法”、アイスロックバレット!」

 アイスマウンテンよりも小さいけれど、厚さ二メートルはありそうな氷が十個以上飛んでいく。

 さすがに躱しきれないと判断したのか、留まって槍で迎撃する馬面の魔神。

 二つだけ身体にぶつかり、体勢が崩れた!

 その隙に、距離を詰める。

「”氷炎魔法”、アイスフレイムランス!」

 ナオが放った魔法に対し、槍に黒い渦を纏わせる魔神。

「”黒精霊”!」

 ナオの魔法を迎撃しようと槍を引いたのを見て、咄嗟に”黒精霊”を発動!

 パーティーメンバーであるナオの魔法は、”黒精霊”の対象になる。

 ”シュバルツ・フェー”に冷気の炎が吸い取られ、魔神の突き出した槍が不発になった!

 一瞬の間ののち、魔神が身を屈めて右脚による足払いを仕掛けてくる!

「”拒絶領域”」

 右脚を弾き返し、胴へと迫る!

 ――俺とナオの力を食らえ!!


「ハイパワーフリック!!」


 胴部分に巨大な風穴を開け、その部分が即座に氷で覆われる。

『ブルルルルルルッ!!』

 尻餅をつくも、すぐさま後転して立ち上がる馬のボス。

「いい加減しつこい! アイスフレイムバレット!!」

 俺の”拒絶領域”により右脚にダメージを負っていたからか、ナオの魔法がまともに当たり、身体の各部から全体が凍っていく。

「”二重武術”、ハイパワーブレイク!!」

 ”強者のグレートソード”と”シュバルツ・フェー”から同時に”大剣術”を発動し、飛び上がる!

「はああああああああああああああああああ!!」

 両肩から股に向かって――斬り伏せた。

 三つに切り裂かれた、灰色に発光する馬の魔神。

「ハアー、ハアー」

 辺りの冷気が呼吸と共に喉や肺を冷たくし、油断を殺してくれる。

 地に落ちた魔神の身体に罅が入り、あっという間に崩壊していく!

 震える手で二振りの大剣を構えていると……やがて、馬の魔神は光となって還っていった。

「今度こそ、やったわよね?」
「ああ」

 一応、倒したとチョイスプレートが表示するまでは油断しないでおく。

 空気が冷たくて、喉がイテー。

「ナオ……結婚しようか」
「うん♡」

 トゥスカ以外の人間を、トゥスカ以上どころかトゥスカと同等に愛する事は無いだろう。

 それでも俺は、ナオを死なせたくない。

 そのためなら、この人の人生を背負っても良いと思えたから。
 そう思えるくらいには……彼女を愛していると言えるから。

 ジュリーとユリカにも、ちゃんと伝えよう。


○おめでとうございます。魔神・瞬馬の討伐に成功しました。

「ふー」

 ようやく、一息つける。

○ボス撃破特典。以下から一つをお選びください。

★瞬馬の蹄甲脚 ★騎槍術のスキルカード
★瞬馬の指輪 ★瞬馬の騎槍 

「どれを選ぶべきか」

 メルシュから聞いていないと迷うな。

「指輪なら、外れの可能性は低いか」
「コセ……」

 指輪を選んだ瞬間、ナオが顔を近付けてきた。

 トゥスカと同じくらい長身の、ナオの綺麗な顔が……近い!

「分かるでしょ」

 ナオが唇を閉じて、目を瞑る。

 ドクンと心臓が跳ねて――吸い込まれるように、ナオと唇を重ねた。


             ★

 
○これより、第六ステージの競馬村に転移します。

 ナオが指輪を選ぶと、おなじみの光に包まれて、おなじみの祭壇の上に。

「競馬村って……まんまそういう意味なのか」

 平原に、村を丸ごと囲むように配置されているコース。

 まるで、安い競馬場みたいだ。

 やっぱり、馬を走らせるのだろうか?

「サトミ達は居るのかしら?」
「サトミさん達を捜す前に、一度屋敷に戻ろう」

 早く戻って、皆を安心させないと。

「あれ?」

 鍵を出現させて空中で捻るも、いつものように空間に穴が空かない。

「祭壇の上じゃ使えないんじゃない?」
「かもしれないな」

 そう言えば、今まで祭壇で試したことなかったな。

 メルシュも、必要なければそこまで細かい事に触れて説明しないだろうし。

「行こう、ナオ」
「うん、ダーリン♡」

 今度のダーリン呼びは、悪くない。

 手を繋いで暫く降りていると、人の姿が複数見えた。

 動きの感じからして、通常のNPCとは思えない。

「ナオ、警戒を」
「分かったわ」

 彼女の手を離し、気配を殺しながら降りていく。

「クソ! 丸一日以上捜しているのに見付からない! いったいどこに行きやがった!」
「あの裏切り者! 必ず粛清してくれる!」

 剣呑な雰囲気。

 どうやら、誰かを捜しているらしい。

 まだ俺達には気付いていないようだ。

 ――人間。下手をすれば、このゲームでもっとも危険な存在。

「おい、アレ」
「昨日に続き、今日もですか」

 男と女が、俺達に気付いた。

「コセ……どうする?」

 二十代前半と思われる灰色ローブの二人が、階段のすぐ下でこちらを見詰めたまま動かない。

「行くしかない。ナオは俺の後ろへ」

 あの二人の顔、凄く嫌な感じがする。

 人間らしい本能を、良くも悪くも削ぎ落とされた感じ。

 勝手なイメージかもしれないが、独裁国家の洗脳軍人のようだ。

 なにかあれば、ナオと一緒に人目のつかない場所に逃げ込もう。そこから屋敷に戻れば……ひとまずは安全だ。

 相手が二十代となると、俺達よりもゲーム歴がかなり長いのかもしれない。

 男が耳打ちすると、女が急いでどこかへと走り去る。

「仲間を呼んだのか?」

 嫌な予感が……心臓がやんわりと締め付けられていく感覚が強くなっていく!

「走れ、ナオ」
「へ?」

 一人になった、今がチャンスだ!

 階段を急いで降り終えた瞬間、男が近付いてきた。

 危険か、そうでないのか判断に迷うような、ゆっくりとした足取りで。

「待ってくれ! 君達はか?」

 レプティリアン?

「レプティリアンって、爬虫類かなんかだっけ?」

 ナオがそう口にした瞬間――男の雰囲気が持つ冷たさが増した!

「く!」

 腰に差していた”偉大なる英雄の短剣”を抜き、男が繰り出してきた杭を受け止める!

 第二ステージで、バンディットが使っていた武器か!

「ノルディックは死ね!」
「ノルディックってなんだ!!」

 レプティリアンにノルディック。その言葉を聞いたからなのか、相手から殺気をぶつけられたからなのか――自然に意識が研ぎ澄まされていく!

「神代文字!? それも、こんなに自然に!!」

 短剣に、小さな文字が三つ刻まれていた。

「まさか貴様、ノルディックの原種か?」

 訳の分からない事を!

「厨二病の拗らせなら、よそでやってくれ!」
「ノルディックの原種ならば、生かしておくわけにはいかん!」

 男の動きが、酷く緩慢に見える。

「なんだと!?」

 金属の杭を、”偉大な英雄の短剣”で切り裂いた。

「許さんぞ、ノルディック風情が!!」

 男は、今度は細身の剣を抜いた!

「拒絶の巨腕!」
「ぐあ!!」

 緑色の巨大な腕が、男を殴り飛ばす!

「コセ! ナオ! 逃げるぞ!!」
「メグミさん?」

 緑の鎧を着た女、サトミさんのパーティーメンバーの一人であるメグミさんが、目の前に現れた。

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