ダンジョン・ザ・チョイス

魔神スピリット

91.除け者

「メルシュ、なにを話すつもりですか?」

 これでは、ご主人様を蔑ろにしているようではありませんか!

「トゥスカ、神代文字を刻んだ時の事は覚えてる?」
「え、ええ……」
「呑まれそうになる感覚があったでしょう?」
「……確かにあったけれど」

 ご主人様の存在のおかげで、あの流れに呑まれずに済んだという感覚も。

「人によっては、三文字でも自我が崩壊する危険もあるのがあの力なの。でも、マスターはそれを九つまで刻んでしまったから、その流れにトゥスカ以上に引っ張られやすい状態にあるみたい」

「あれ以上に……」

「神代文字? そんな物、このゲームに無かったはずだけれど?」

 ジュリーが尋ねてきた。
 そう言えば、ジュリーとタマは見ていないのか。

「トゥスカ、やって見せてくれる?」
「分かりました」

 ”荒野の黄昏は色褪せない”改め、いつの間にか変化していた”荒野の黄昏の目覚め”を出現させる。

 名前は変わったけれど、見た目は多少細部の形状が変わっただけ。

「――来た」

 TPが吸われる感覚ののち、なにかの奔流が脳に、心に襲いかかって来る。

「……文字が光ってる」
「綺麗ですね」
「神代文字を刻むと、身体能力や武具の性能も一時的に上がるから、一人一つは手に入れておきたいんだよね」
「メルシュ……そろそろキツい」

 数時間前に発動したときも、かなり危なかった。

 あまりの消耗に、ご主人様の帰りを待たずに休んでしまったほど。

「ありがとう、トゥスカ。もういいよ」

 長く続けていると、今自分がどこに居るのか分からなくなりそう。
 自分が色褪せて、削られていく感じとも言える。

「ノーザン、今日のマスターの話しを」
「背中合わせで戦っていたのでよく分かりませんが、コセ様が神代文字を使用した後暴走しまして……ナオさんにキスなどの性的刺激でコセ様を止めて貰おうとしたら、コセ様が本能的に拒んでしまいました」

「「ちょっと待て!!」」

 ジュリーとユリカが反応した。

「性的刺激ってなんだ!! 暴走を止めるためには、き、キスしないといけないって事なのか!?」

 ジュリーが騒ぐ。
 昨日も今日も、別れ際にキスしてたくせに。

「その通り。ノーザンの時は拒まなかったらしいし、トゥスカとジュリー、私の事は拒まないと思う。多分ユリカとタマも」

 おそらくメルシュは、婚姻の指輪のランクを根拠にしているのでしょう。

「というわけで、もしまたマスターが暴走したら、キスなりなんなりして呼び戻す役目を、ここに居る全員に試して欲しいの」

「それって……コセを助けるためにキスしろって事なのよね? 逆プリンセスかよ」
「い、良いんですか、それ? ……コセ様とキス♡」
「別に問題ないよ。だって、いざという時にマスターを救うためなんだからね」

 ユリカとタマの言葉を肯定してしまうメルシュ。
 良いのでしょうか? ご主人様が正気に戻ったとき、どのような反応をするのか。

「シレイアは……ダメかもしれないけれど頑張って」
「メルシュ~…………ちょっと表に出ようか?」
「ユイさんも、もしもの時はお願いします」

 シレイアを無視して、ユイに話しを振るメルシュ。

「…………私も?」

 キョトンとしているユイ。

「マスター、ハーレム好きだって言ってたじゃないか?」
「観察するのが好きなのであって……入りたいわけじゃない」
「でも、ハーレムの一員になれば寝室に入り放題でしょ」


「…………その手があった!」


 シレイアの説得に、手をポンと叩くユイ。

 この人、それで良いのだろうか?

「なぜ、わざわざご主人様を退室させたのですか?」
「へ?」

 私が尋ねると、気まずそうに目を逸らすメルシュ。

「……いやー……はは…………私が言いだしたって知ったら……嫌われそうだったから」

 メルシュは、ご主人様に嫌われるのが怖かったらしい。 

 退室するときのご主人様、私にはかなりショックを受けているように見えましたけれどね。


●●●


「ハー……」

 なんだろう……あの場から追い出された事がもの凄いショックだ。

「なにしてんの?」

 門扉を見詰めながら草むらに座り込んでいたら、ナオが声を掛けてきた。

「ナオさん……」
「別に、もうナオって呼び捨てでも良いわよ」
「……すいません」

 詳細は分からないけれど、俺……ナオさんに迷惑を掛けたんだよな?

「なにがすいませんなのか、言ってみなさいよ」

 ノーザンの口という情報源を塞いだくせに、なに言ってるんだ、コイツ?

「……あ!!」

 そう言えば、やむを得なかったとはいえナオの顔面を殴ってたじゃん!

「……顔、殴ってすみません」
「まあ……アレは、私も悪かったし……」

 思い出したら、もの凄く申し訳なくなってきた!

「ねー……許して欲しい?」
「俺に出来ることなら、なんでも!」


「じゃあさ…………キスしよっか」


 急に、胃が重く……。

「……そんなに嫌なの? 私とキスするの」

 顔色でバレただろうか?

「好きでもない相手とキスするなんて、ナオだって嫌だろう?」

 挨拶で、頬にキスするのだって嫌なのに。

「ユリカ達とはしてるくせに」
「それは……」

 二人の気持ちは、分かっているつもりだし……一応、受け止めるつもりでも居る。

「二人に対しては……受け止める覚悟が、自然と出来たから」

「…………プッ! アハハハハハハハハハハハ!! もう、冗談に決まってるでしょう! 本気にしてんじゃないわよ! フフフフフ♪」

 冗談……本当に?

「あー、お腹空いた。お昼ご飯でも食べましょう! 先に行ってるわね!」

 足早に去って行くナオ。

「……玄関、そっちじゃないだろう」

 ナオを、傷付けてしまったかもしれない。

「……ごめん」

 俺は……ナオを受け入れられない。


●●●


「……はー、フラれちゃった」

 まあ、分かってたけどさ。

「なんかさ……好きになっちゃってたんだもん」

 覚悟が自然と出来た……か。

「私に対しては、覚悟が出来ないか」

 それだけ、相手に真剣って事なのかな?

 ……ここにはもう、居づらいな。

 玄関が開く音が聞こえてから十秒後、私は静かに角から出て、門扉に向かって歩き出す。

「元気でね、ノーザン……コセ」


 風が吹き抜けると、目の熱と頬の冷たさを……より強く感じた。


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