ダンジョン・ザ・チョイス

魔神スピリット

2.実戦

 起きてから水を少しだけ飲み、短剣で素振りをした。

 朝の五時。

 寝心地は悪かったのに、気分は悪くない。

 心のどこかで待ち望んでいた展開を迎えたからだろう。

 ただ……短剣を振ってみると、そんな想いに影を指した。

 重い。

 鉄の塊だからというだけじゃない、刃物を振り回しているという事への恐怖。

 自分だけでなく、誰かの命を奪えてしまえる武器を……自分が所持している事への恐怖。

 でも、この程度の事が出来なければ、この先を生きてはいけない!

「ハアーッ……フゥーー」

 深呼吸し、気持ちを落ち着ける。

 洞窟の中なのに、空気が澄んでいる気がするな。

「行くか」

 ファンタジーゲームのようなシステムの世界。始まりの穴蔵から、ダンジョンの奥に足を踏み入れる。


            ★


「……暗いな」

 目が慣れてきた事で、足元が見えるようになってきた。

 ここまでは真っ直ぐの一本道。

 突き当たりが見え、道は右に伸びているらしい。

 警戒しながら、道を曲がった時だった。

「ぐっ!?」

 今までまったく感じなかった、獣臭や生臭さが漂ってきた!

 こんなの、病気になってしまう!

「クリアエア」

 ”生活魔法”のクリアエアは、自分の周りの空気を暫くの間綺麗にし続けてくれる。

 もしかしたら、この曲がり角より前にはモンスターが入り込まないようにする仕掛けがあったのかもしれない。

「しかも、戻れないのかよ」

 見えない壁のような物で通れなくなっている。

 ……昨日、こっちに来なくて良かった。

「進むしかないか」

 奥、灯りが見える。

 揺らめいているように見えるから、火だろうか?

「キキッ!!」

 生物的な異音に身体が強張る!

 蝙蝠こうもりか? 噛まれたらヤバそうだな。

 カラッ!

 違う……下の方に何か居る。

 腰の短剣に手を乗せたままジッと動かず、どこになにが居るのかを探る。

 ザッ! という音が聞こえたのは――すぐ横!?

 咄嗟に頭を守ろうとした左腕に、重い衝撃がのしかかる!!?

「――あああぁぁぁぁああああ!!」

 痛い! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!! ――うるさいッ!!!

 今は痛みよりもッ!!

 剣を抜き、僕を襲ってきた何かを蹴る!

「ギャブッ!!」

「ゴブリン……なのか?」

 小柄の割に、頭が大きい。子鬼という呼び名がピッタリの見た目。

 腰布を巻いて、骨のクラブを手にしている。

 アレで僕の左腕を……いや、アイツは頭を狙っていた。つまり、最初から殺すつもりで襲ってきたんだ!

 ――滾るような憎悪が湧いてきた。

 異常者共に対してと同じ感覚が!!

「ギギャ!」
「黙れ!」

 ゴブリンがクラブを振り上げた瞬間――その腕の肘を蹴り抜く!

「ギャーッ!!」
「黙れと言っているだろうが!」

 腕が折れて泣き叫ぶゴブリンを組み伏せ、喉に”鉄の短剣”を突き込んだ!

「がギャ……ギ…………」
「ハアッ……ハアッ……ハァ」

 ゴブリンの口から、ゴポリと血が漏れ出る。

 ――殺した。命を奪った。僕は…………殺したんだ。

 身体が……震えている。

 数秒後、ピクリとも動かなくなったゴブリンは……青白い光になって消えていった。

「生きていたわけじゃない……ってことか?」

 生き物特有の、躍動感のような物を確かに感じたのに。

 ”鉄の短剣”には、一滴の血も付いていない。

「武器の手入れとかせずに済みそうだ」

 ――軽口を叩くと、左腕の痛みが戻ってきた!

「これ……折れたか? ぐっ! ヒール」

 左腕に右手をかざし、癒やしの光を放つ。

 少し痛みは和らいだけれど、まだ辛い。

 隅に移動し、座り込んで、またヒールを使用する。

「なんとなく使い方が浮かんできたけれど……合ってるんだ」

 チョイスプレートを出現させ、MPのゲージを確認。

「ヒールは五回が限界か」

 ゲージの減り具合から計算した。
 数値が記載されていないため、目分量で確認するしかない。

 三回目の使用で傷は治ったけれど、腕が強張って……まだ震えが止まらない。

「サブ職業に”僧侶”を選んでおいて良かった……フー……」
 
 ”僧侶”のおかげで、初級の回復魔法が使用出来る。

 MPを消耗したせいか、活力のような物が減ってしまった気が……。

 不安に呑まれそうになってる……別の事を考えよう。

「ゴールドが増えてる」

 チョイスプレートを見ると、昨日は1000Gと表示されていた場所の数値が1001Gになっていた。

「ゴブリンを倒したから? こういう所もゲームみたいなのか」

 ゴブリンは1Gの価値って事ね。

「獲得アイテム?」

 新着メールみたいな表示を開いてみる。


○”粗雑な骨クラブ”を手に入れました。


「さっきのが使ってた武器か」

 ……ここで休んでいても、事態は好転しない。

 食べられる物は無く、水も限りがある。

「ゲームの世界で生きるのって……しんどいわ」

 重い腰を上げ、暗い洞窟を再び進む。

 殺したゴブリンに対し、一度だけ手を合わせてから。


            ★


「キェーーーーーッ!?」

 本日七体目のゴブリンの喉を、短剣の横切りで切り裂いた。

 苦しみ藻掻いて、絶命するゴブリン。

「悪い、楽に殺してやれなくて」

 戦っているうちに、動きが良くなってきてる。

 それに、"剣術"のおかげなのか、剣の使い方が頭に流れ込んできている気がする。

 剣を扱う恐怖が消えたわけじゃないけれど、大分慣れてきた。

 手を合わせたのち、先に進む。

「水の音?」

 奥から聞こえてくる。

 慎重に進むと、明るく、広い場所に出た。

「滝か」

 小さな虹を作りながら、凄い勢いで滝が、天井の隙間から下の谷へと流れ落ちているようだ。

 この滝の周りは……やたら明るいな。

 チョイスプレートから水筒を取り出し、多めに飲んで滝の水を補充する。

「クリアウォーター」

 水を洗浄、ろ過する”生活魔法”を一応使用しておく。

「……ゴブリンじゃない」

 水を飲みに来たのか、狼のモンスターが回り込むように近付いて来ていた。

「グリルルルルルル!」

 威嚇してきたか。

 僕は背中を見せないよう、滝から離れていく。

「グリルルルルルル」

 後ろから二体目!?

「やるしかないか」

 短剣は抜かず、チョイスプレートから"粗雑な骨クラブ"を取り出し――背後から飛び掛かってきた方を躱しながら、横っ腹を打ち据える!

 攻撃を避ける事に関しては、昔から自信があるんだ!

 二体目が間髪入れずに飛び掛かってきて、クラブを咥えて奪ってしまう!?

 奪われたクラブを無視し、ゴブリンから手に入れた"粗雑な毒槍"を手にして、クラブの一撃で動きが鈍っている奴の腹に突き刺した!

「グオオオオオオアアォォォォォーーーン!!」

 苦しんで暴れ出したため、"粗雑な毒槍"が壊れてしまう。

 クラブを捨て去って向かってくる二体目!

 短剣を抜くと同時に膝を曲げ、頭上を通過する際に狼の腹に突き込む!

「グラアアアアアアアアァァァァーーーー!!」

 内臓や血肉をぶちまけ、やがて……二匹とも絶命した。

「……やっぱり、身体能力が上がってるよな?」

 職業を戦士にしたからなのか、モンスターを倒してレベルアップでもしているのか。

 辺りの状況を確認し、チョイスプレートを開く。


○戦士.Lv2になりました。


 さっきまでレベルなんて無かったのに。

 それに、”グレイウルフの毛皮”と”グレイウルフの肉”×2、”狼の牙”が手に入っていた。

 散乱した血肉も消え、これがゲームなのか現実なのか分からなくなってくる。

 夢……なんて事は流石に無いだろうが……。


○Lvが上がりましたので、サブ職業を一つ選択できます。

★盾使い ★槍使い ★棒使い ★拳闘士
★盗賊 ★弓使い ★斧使い ★鎌使い

「本来はレベル上げで手に入れるのか。ん?」

 ”初級魔法使い”が無い。

 ”僧侶”はすでに持っているからかもしれないが、本来はどちらも手に入らない物だったのか?

 だとしたら、最初に”僧侶”を選んだのは本当に正解だったのかも。

「で、どれを選んだら良いんだ?」

 今回も、サブ職業に関する情報が無い。

「……僕が短剣を選んでいなければ、ここに剣使いとか剣闘士って表示されていたのかも」

 だとすると、”槍使い”を選べば”槍術”のスキルを使用できるようになるのかもしれない。

「だとすると、分からないのは”盗賊”か」

 盗む能力かな? 予想が付くような……付かないような。

「今は大した武器も無いし、ここは保留……」

 今回はゴブリン以外のモンスターが現れたけれど、運良く対処出来ただけだ。

「よく考えてから選ぶように……か」

 あのピエロみたいなのが言っていた事。

「……生き残れる確率を、最優先にしよう」

 サブ職業を今選ぶことにした。

 短剣以外持っていないこの状況で、意味がありそうなのは一つしか無い。

 二つ目のサブ職業に、僕は”盗賊”を選んだ。

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