狐疑逡巡のラットレース

ねこちぃず

【マーダーゲーム】

_________2_________

「ハヤトさん…これ」
たくましいフランクの人差し指の先には
ホログラムで表示されているメッセージ
があった。
「なんだこれ?」
俺が思わずそう呟くと、彼はすぐさまに
立ち止まり内容を読み上げた。
「”招待状”
 NWLへようこそ。
 この度は、私が創り上げた世界へお越し
 頂き感謝申し上げます。本日、午後3時
 からこの世界の中心にして始まりの都市
 マロン・マチックにて、世界の完成に
 祝杯を挙げるセレモニーの開催を計画
 しています。NWLの住民の皆さん。
 是非お気軽に足をお運びください。」
「セレモニー?」
「そうみたいですね…」
俺は現在時刻を確認するため画面左上の
表示を注視した。
「今は10時か…

 って!!もう2時間も経ってんの!?」
「こんなに景色が良ければ時間も忘れて
 ダイブしちゃいますよね~」
俺の驚嘆に眉をハの字にしてそう返すと
彼は申し訳なさそうに告げた。
「実はそろそろ店で出すケーキの材料を
 買い出しに行く時間なので一旦お暇
 させて頂きます…」
「あ、了解ですっ!」
彼は俺の返答を聞くと覚束ない手つきで
空気をスワイプした。
右手で淡く輝くホログラムに触れると、
彼はこちらに視線を移し頷いた。
まるで何かを訴えるようだと感じ取った
瞬間、俺の目の前には
『フレンドリクエストを承諾しますか?』
という文字が羅列していた。
先程の頷きの意味を理解すると、俺は
頷き返し迷わず人差し指を”承諾”の文字に
添えた。
「それじゃ」
フランクは俺に暫定的な別れの言葉を
告げるとそのミルクティー色の頭髪から
足まで、全身に深紅の光が迸り、現実へ
帰還していった。
「ぼっちになってもた…」
先程まで視界にちらほらと見えていた他
プレイヤーも消え去り、俺に見えている
のは、背後の草原と今立つ森林だけだ。
「あと1時間程度で落ちよう」
俺はそう呟いて再び足を進めた。
小鳥のさえずり、まるでさざ波のように
擦れ合う緑葉は、俺を魅了する。
偽物の太陽に照らされた森の木々たちは
色彩豊かに発色し、仮想空間であることを
忘れさせてくれた。
「もうかなり歩いたかな…」
ひたすらに森の中を進んでいると、両脇に
山が現れた。徐々に自らが歩むこの街道も
起伏が増し、先が見えづらくなってきた。
大概、このようなオープンワールドには
制作時に手を抜いた跡と言わずにはいられ
ないような雑な部分が存在するものだが、
変にカクカクとした岩も、直線で模られた
斜面も見受けられない。
まさに完璧というべきだろうか。
NCT及びNWLの創造神、月皇 柊の世界に
俺はすっかり心を奪われてしまった。
次のマップに向けて広大なマップを探索
していると、俺は左上の時刻表示が12時
に迫っていることに気付いた。
「なっ!まずい!1時間で落ちるとか虚言
 吐いちまった…」
初めての仮想現実に俺はフランクと同様に
覚束ない手つきで空中にラインを描くと、
ログアウトという文字をタップした。
その瞬間、俺を先程と同じ紅の閃光が包み
込み、同時に機械音声オペレーターが文を
綴っていく。
「意識転送終了。現実世界へ帰還します」
そのオペレーターの声が聞こえなくなった
とき、俺の目は見慣れた部屋の天井を捉え
ていた。数秒後、俺は完全に覚醒し、それ
がVRゴーグル越しの景色であることを
認識した。11時50分という時刻表示を
視認すると、俺は上半身を起き上がらせ、
頭蓋を覆うそれを丁寧にゆっくりと取り
外した。それをベッド脇のミニテーブルに
休ませ、昼食のためリビングへと廊下を
進む。
「兄ちゃん…!
   お、遅れなかった…」
「ふふんっ!私の勝ちぃ~!」
「母さん…」
リビングへの扉を抜けた直後、盛り上がる
妹と母の姿に困惑を隠しきれなかったが、
紗香はその短い髪を揺らしてすぐに答えて
くれた。
「お兄が時間通りに戻ってくるか賭けて
   たの。まさかあのお兄が時間を守るとは
 ね…」
「余計なお世話だ」
全く失敬である。これでも根は真面目な
漢なのだと反論する暇も無く、キッチンの
奥から父親の姿が現れた。
「おはまんべ」
「ナニソレ…」
父親という威厳を感じない挨拶に戸惑い
問いかけると、大黒柱は1歩退き叫んだ。
「え、えぇっ!?今流行ってるんじゃ…」
「知らないよ…」
俺の否定に困惑の表情を浮かべる父に母が
ツッコミをいれる。
「それ流行ったの2020年くらいじゃね」
『知るわけ無いだろっ!!』
声に出さずにツッコむと更に母は付け足し
て言った。
「しかも流行ったんじゃなくてあの界隈
   で広まったんでしょ…」
あの界隈というワードに疑問を覚えたが、
俺は時計を見て食卓へ着いた。
父親が運んできたのは昨夜の残飯である
ローストビーフとカルボナーラパスタ
だった。卵とチーズの香りが俺の唾液ダム
を決壊させ、証明に輝くパスタソースは
俺の眼をも輝かせた。
「「「「いただきます」」」」
俺達平手一家はソースの絡んだパスタを
フォークで巻き上げると、昼食を待ち侘び
る大口に運んだ。
「うまいっ!!」と父。
「杏寿郎かよ」と母。
そうまたしても時代を感じるツッコミが
飛んでいった。
俺は、一刻も早くまたあの世界へ旅に出た
いという欲を抑えながら、盛り付けられた
パスタをすすった。その後、俺達五十嵐家
の昼食は、大した話もなく幕を閉じ、俺は
再び自室へ戻った。
「よし…」
部屋着の擦れる音と共に、俺はあの世界へ
再び戻ってきた。
「フランクさんはまだオフラインか」
寂しいフレンド欄を閉じ、俺は更に足を
進めた。
「マップがより詳細になるんだ…」
そう、俺が気付いたのは視界の右上に表示
されているミニマップの変化だ。
どうやら、1度訪れた場所はバイオームの
詳細情報が表記され、等高線などの情報も
記されるようになっているようだ。
「うわぁぁぁああ!!」
「なになになに!?」
男性のものであろう悲鳴に目を見開くと、
俺はその正体を確認するため駆け足で道を
進んだ。
「崖じゃん…」
森が開け、突如として眼前に現れたのは
高さ約15m程の崖だった。
向こう岸にも同じような崖が反り立ち、
その真ん中には、2つの断崖絶壁に挟まれ
るように悠々と小川が流れている。
「ビックリした…」
なんとか落下死をせずに済んだ俺は、先程
の絶叫の正体を探るため、九十九里海岸の
ような崖沿いをひたすらに進んだ。
しかし、俺は足の疲れを感じることなく
その正体を目の当たりにすることと
なった。
「助けてくれ…」
「…っ!」
俺の目の前に現れたのはうめきを上げる男
と彼を襲う青色のゴブリンであった。
「あんた!」
そう叫ぶ彼の声を耳にした瞬間、俺は
気付いた。その男が瑠璃色のウィンド
ブレーカーを着用していることを。
そして俺は悟った、彼はリスポーンした街
の武器屋で出会ったあの青年だと。
「助けなきゃ」
しかし、俺の思いが零れた刹那、無慈悲
にも汚れたゴブリンは逃げ場を失った獲物
に携える斧を振り下ろした。
「…っは!」
「グチャッ」
生々しい音が鳴り響くのと同時に、周囲
へ深紅のエフェクトが飛び散り、青年の
表情は悲惨に崩れた。
「フガフガッ」
雄叫びを上げ、斧を両手で掲げて喜びを
露にするゴブリンに恐怖心だけが残り、
俺は青年が深紅のポリゴン体と化した
ことにも気付かなかった。
「これ、ゲームだよな…」
そう呟いてしまうほどのリアルさに腰を
抜かし、俺はその場でストンと脚を崩して
しまった。
「…ッフギ」
そんな俺に目の前の怪物はニヤリと不気味
な笑みを浮かべ、斧を右手で握りしめた。
「嘘だろ…」
タゲがこちらに移らないことを願う俺
だったが、無慈悲にも斧を握るそれは
一歩一歩こちらへ足を進め始めた。
「あ…っあ」
恐怖のあまり身体が動かない…!
もうそこまで来てるのに!!
奴のリーチだ、もう死ぬっ!!
叫び声すら出ない俺にゴブリンは鼻息を
荒げると、斧を頭上まで振り上げ、そして
振り下ろした。
「え?」
しかし俺の頭蓋がその凶器に叩き割られる
ことは無かった。
「フガッ!?」
化け物は驚嘆を上げる余裕もなくその場で
崩れ落ち、首を地面に転がした。
反応の無くなったそれは、まるで肌が爛れ
るようにポリゴンへとなり、空中に分散
した。その様子を眺めていると、耳元で
聞いたことのある美麗な声が囁かれた。
「だから直剣くらい買えって言ったのに」
「この声…」
背後へ視線を移すと、その先には頭上に
YononakaaとIDを掲げる女性が陽光に
照らされていた。
「ヨノナカさん…?」
そう呼びかけると彼女は片手剣を煌めかせ
鞘に納刀して口を開いた。
「なんで彼を助けなかったの?」
そう問う彼女は眼を凍らせ、先程青年が
存在した地に視線を向けた。
先程1人の人間が消滅したとは思えない程
跡形のない地面は不思議な儚さを醸し出し
ている。
「なぜかって…」
彼は俺の優柔不断に殺されたという事実を
伝えられずにうつむいていると、彼女は
呆れを隠しきれずにため息を吐いて俺に
問いかけた。
「理由もなく迷ってたの?
 これ、置いていくから」
そう告げると彼女はストレージ画面から
サーベルを取り出し、座る俺へ立てかける
ように置いた。
「これ…!良いんですか!?」
「置いていくって言ったの聞いてた?」
彼女は冷徹な声でそう言うと再びフードを
目深く被り直し、足早にここを去った。
武器屋に引き続き、またしても何も質問
できないまま終わってしまったことに後悔
を残しつつ俺は彼女の残した湾刀を腰に
納めた。
「”crescent sabre”か…」
俺の最初の愛剣となったそれの名前は
クレセントサーベル。
和訳すると”三日月の曲刀”。
俺は愛剣の性能値を確認すると、これから
こいつと挑む旅への期待を膨らませた。
「ムフッ」
やべぇめちゃくちゃ気持ち悪い興奮の仕方
しちまったわ…!
急いで周りにプレイヤーが居ないことを
確認すると安堵のため息を吐いた俺は、
PM1:32の時刻表示を確認すると、完成
セレモニーの開始時刻に余裕を持つため
街道をまるで時を巻き戻すように足を
進めた。
30分程2度目の景色を堪能していると、
フレンド欄に若葉色の光が点滅している
ことに俺は気付いた。
「フランクさんじゃん!」
フランクからのパーティー招待を即座に
承認した後、俺は彼との距離関係から
マロン・マチックでの合流が望ましい
旨をメッセージにて伝えた。
「よし、あとは戻るだけだな」
その後、俺は先程の山、森、平原を
進み、マロン・マチックの東門へと
帰還した。
「お、いたいた」
視線の先には門に寄りかかるように俺を
待つフランクの姿があった。
「お待たせ」
呼びかけにすぐに振り向いたフランクは
こちらに向き直り、手を振って俺を迎え
た。
「ハヤトさん、そろそろセレモニーが
 始まりますよ」
「あぁ、早く行こう」
そう返答し、俺達は気持ちを昂らせて
メインストリートを練り歩いた。
「もう働いてるプレイヤーもいるのか」
「本当ですね…」
驚きを隠せずにいるフランクに俺は話し
かけた。
「なぁ、フランク。そろそろタメでも
 良いんじゃないか?」
「確かに…そうかも知れないですね」
笑顔でそう答えるフランクに笑顔で返す
と俺は心の中で呟いた。
『呆れるやつだな…』
___________________
天へ上る噴水を片目に2人は広場のベンチ
に腰を掛け、その時を待った。
「ちょっと飲み物買ってきますね」
そう席を去る彼の背中を見送った俺は、
喜びと希望に満ち溢れたプレイヤー達の
その表情を眺めていた。
自由を求める人類の幻想郷を作り出した
男の頭の中を人生で1度は覗き見てみたい
という好奇心を俺は密かに巡らせていた。
しかしそれを見て知った瞬間、俺の身に
何かが起こる。この世界はそんなパンドラ
の箱の片鱗であるのだ。
「うわぁっ!!」
突如首元に走る凍るような冷たさに絶叫を
上げ振り返ると、ミルクティー色の髪を
揺らす巨人がクスクスと笑いながら両手に
サイダーを握りしめていた。
「声大きいですよ」
「殺意沸いたわ…」
「これでお許しを…」
そう言い彼は右手のサイダーを俺に渡すと
隣に腰掛けた。
「でも、炭酸の刺激まで再現できるんです
 かね~」
疑念を抱くフランクを脇目に俺は迷わず
サイダーを口にした。
「…っ!!」
この脳に響くような刺激にこの爽やかな
甘味は…!!
「サイダーだっ!!これ美味いぞ!」
そう叫ぶ俺を見てフランクは慎重にコップ
に口をつけた。
「おい、自分で買ってきたサイダーを人の
 反応見てから飲むなよ…」
「だってもし毒入ってたらどうするんです
 か?」
「冗談言うなよ…」
そんなやり取りを介し俺達はだんだんと仲
を深めていった。
「お、そろそろ時間じゃん」
PM3:00の表示を確認し俺達は席を立った。
その瞬間、まるでつむじ風のように突如に
して噴水周辺にステージが現れ、闇夜の
ように太陽が消滅した。
そこをたった1つのスポットライトが鮮明に
照らし、天から滝のようにポリゴンの粒子
が降り注いだ。するとその水色のかけらは
それぞれを引き寄せ合うようにまとまり、
そこに1人の人間が形成された。
「演出綺麗だな…」
感想を述べた瞬間。脳に直接話し掛ける
ように男性の声が響いた。
「この度はNWLへのログイン誠にありが
 とうございます。さてまずは自己紹介
 としましょう。私の名前は月皇 柊。
 この世界の創造者であり、今ゲームの
 GMです。」
そう月皇はステージ上で墨色のダッフル
コートをなびかせ、顔を険しくした。
「嘘だろ?」
今までテレビにも出演NG。雑誌にも顔
を晒さず、この世で顔を知る者は親族と
限られた研究関係者のみだと言われた
幻の科学者、月皇 柊。しかし今この時。
そのベールは剝がされた。
「私のことを良く知る者は”なぜ”と感じ
 ていることだろう。なぜ今この場で
 月皇は初めて顔を晒したのか…と」
『図星だ』と唾を飲み込むと、彼は再び
口を開いた。
「それはなぜか、それは私が君たちに
 敬意を払わなければならないからだよ…
 突然だが、君たちNWLプレイヤー
    いや、全NCTプレイヤーはどんなタイ
    トルだろうとこの世界に強制的に転生
    され、私の作った究極のエンターテイ
    ンメントに参加してもらう。」
「どういうことでしょう…」
そう俺に問いかけるフランクに何も返せず
にいると、創造神はこれまた漆黒のブーツ
を鳴らして一呼吸置いて話し出した。
「この中にプレイヤーが死亡したところを
 見た人は居るかな。いやいるだろう。
 残念ながら彼らは現実世界でも還らぬ人
 となった。もう察しのいい人は気付いて
 いるだろう。もちろんこれからもこの
 ゲームでの死は現実での死を意味する
 ことに変わりは無い」
『それじゃ、さっきのフランクみたいに
 ログアウトすれば…』
月皇は、神妙な面持ちのプレイヤーをまる
であざ笑うかのようにニヤリと口角をあげ
ると俺の希望を潰した。
「もちろんログアウトは不可能。そうCM
 で私は言ったのだよ…
 この世界は…”もう1つの現実”だと。
 そうだ、オープニングゲームを始めよう
 じゃないか。
 君たちゲームが好きだろう?
 まぁなんたって国内でも希少なNCTの
 初期ロット購入者なんだもの…」
俺が固唾を飲んだ瞬間、彼が口にした
ゲームの内容は全てのプレイヤーを絶望に
陥れるものだった。
「オープニングゲームの名前は…
 マーダーゲーム。”殺し合い”だ」

【次回予告】
天才科学者月皇 柊の非人道的計画に巻き
込まれた全NCTプレイヤーの望むことは
自らの生のみ。殺し合いの真相とは、
そして待ち受けるNWLの洗礼とは。

次回『音速のパズルピース』

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