かくれんぼ

みゆたろ

始まり

「始まり」

まだ少し肌寒い気温が続いている。
夕暮れになり、空気がまた冷たく冷え込む。

僕(山本京一郎)。小学5年生だ。
年齢にすると11才になる。
専業主婦である母の宏美(ひろみ)と、会社員の父の光太(こうた)。
両親共に健在である。

僕は毎日のように小言を聞かされ、毎日のように怒られてもいる。だけど、そんな環境であっても、僕は不幸だとは思った事がない。
なぜならば、父や母の愛情をちゃんと感じているからだ。

夕食時になって、父と母と食卓を囲みながら、京一郎が口を開いた。

「ねぇ、お母さん。あのね、明日僕の友達がここに遊びに来たいって言うんだけど、呼んでもいいかなぁ??」

「何人ぐらい??」

「うーん、三人くらいだと思うよ??」

宏美はニッコリ笑って、京一郎の頭を撫でると言った。

「いいわよ!!楽しく遊びなさい」

「はーい」

急いで僕は明日来たいと言っている友達に連絡をした。

「明日学校が終わったら、僕の家で遊ぼう」

「うん。分かった」

明日、僕の家には初めての友達が訪れる。
自分の家に、友達がくるってどんな感じだろう?
楽しくなりそうだ。
そんなことを考えては、わくわくしている。



朝日が差し込んでくる。
僅か四畳半の僕の部屋にはカーテンがない。だから、暗くなったら寝て、朝日が差し込んできたら起きる。
それが僕の昔からの日課になっていた。

今日はこの部屋に、普段は僕しか足を踏み入れないこの部屋に友達がくる。

僕はこんなにもわくわくする朝を迎えた事があっただろうか?

用意された朝食はスクランブルエッグに納豆と味噌汁だ。
バランスはよくわからない。

いつもより早くそれを駆け込むと、僕はダッシュで学校に向かうため、家を出た。

「いってきまーす!お母さん、今日は友達がくるからよろしくね!」
 
「はいはい、わかってるわよ!気をつけるのよ!」

お母さんは笑って手を振る。
いつもと同じ朝がそこにあった。

ここから、僕の初体験!!
つまり、友達が――その事にドキドキワクワクしている。

「こんにちは。京一朗くんいますか?」

聞き慣れた三人の声。
僕が家に呼んだのは、笹原裕太(ささはらゆうた)と、中島誠(なかじままこと)と、栗原圭(くりはらけい)の三人だ。

インターフォン越しに聞こえる声。
駆け足で階段を降りる。
そんなに長くもない階段の途中で、足を踏み外して僕は盛大に転げ落ちた。

その音は玄関の向こうの友達にも聞こえているのかも知れない。
何事もなかったかのように、僕は玄関のドアを開ける。

ーー痛い。痛い。絶対、これ足首挫いた。

「いらっしゃい!!三人ともよく来たね」

あえて、何もなかったように僕はそう言った。

「今すごい音がしたけど、何かあったの?」

そう言ったのはクラスメートで、僕が僕らしくいられる場所をいつも作ってくれる笹原裕太(ささはらゆうた)だ。

裕太はとても人気者だ。
クラスの中でも、あっちから誘われ、こっちから誘われ――人望があるのだろうと僕は思う。 
裕太が一人で過ごす時間を僕は知らない。
それくらい裕太はいつも誰かと共にいた。僕にはそれがとてもうらやましく思える。

そんな僕の感情はさておきーー。

「じゃ遊ぼうよ!何して遊ぶ?」

京一朗は聞いた。

「かくれんぼなんてどう?」

そう切り出したのは、人気者の裕太だ。

「いいね!いいね。かくれんぼやろう。ただし、この家の中でしか隠れちゃダメだよ?」

僕はそう言った。
今日は僕にとって最高の日――初めて友達が家に来てくれた記念日なのだから、その記念日を大変な日にしたくなかった。

だが、僕の記念日は僕の手によって汚される事など、この時の僕はまだ知らなかった。

そうして隠れんぼが始まり、三時間ほどの時間が流れていた頃――。



警察介入

かくれんぼをしていると、京一朗の母が階段を上がってきた。
僕たちにジュースとお菓子を持ってきてくれたのだ。

「おばさん、、大変だよ!大変!」

血相を変えて裕太が、京一朗の母に駆け寄る。

「どうしたの?そんなに慌てて――」

京一朗の母も一体何が起きたのか?と心では慌てながら、何もなかったかのように、振る舞っている。

「――京一朗がいないんだ!」

「一体どういうことなの?」

「今まで僕らはかくれんぼをして遊んでたの」

「うん。それで??」

京一朗の母は裕太の言葉の続きを待った。

「裕太が鬼だったんだけど、降参したんだ。だから、出てきて!って呼びかけてもでてきてくれなくて、それでずっとさがしてるんだけど、見つからないんだ」

見る見るうちに、宏美の顔色が変わる。

「もう一度、みんなで探しましょう」

京一朗の母が言う。
そうして、四人で探し始めたが、更に一時間が経過しても京一朗はみつからなかった。
そんなに広い家じゃないのに――どこにいってしまったんだろう?

「――京一朗くん、京一朗くん」

母を含む四人の声が悲しげに反響している。
だが、彼は出て来ないまま――。

ピーポーピーポーピーポー。

派手なサイレンを鳴らしながら、パトカーが到着した。
この頃は子供の行方不明事案が増えているのだろうか?母の相談を受け、警察までが介入した。

母が京一朗の友人から聞いた情報だけを頼りにしながら、警察官にこれまでの状況を伝える。

「もう少し、様子を見てみましょう」

それが詳細を聞いた後の警察官の判断だった。
しかし、数名の警察官と子供たち、そして母で再び呼びかけながら、家の中を探す事になった。
それでも彼は出て来ない。

※回想

いつもの通り、10を数えると大きな声で聞く。

「もういいかい?」

「もういいよ!」

かくれている三人がほぼ同時に答える。
それを聞いて裕太は得意げに言う。

「よしっ!すぐに見つけてやるー!!」

そしてわずか数分のうちに、机の下に隠れていた誠と、トイレの中に隠れていた圭を見つけた。

――あと一人。
――あとは京一朗だけだ。

すぐに見つけられると思って、至る所を探し回る。
しかし、彼は見つからない。

――落ち着いて。もう一度念入りに探そう!!
 
そう言い聞かせて、くまなく部屋の中を探すが見つからない。そのうち、見つけた誠と圭も、京一朗を探すのを手伝い始めた。 
既にかくれんぼを初めて3時間程度の時間が流れていた。

これはひょっとして、まずいことなんじゃ……?

裕太は子供ながらにそんな危機感を感じ、お母さんに伝える事にした。
そして事のあらましを説明したすぐ後、京一朗のお母さんは警察官に相談をする。

かくれんぼで3時間も見つからないなんて事は、この部屋の規模ではあり得ない。

警察官も一緒に探した後、警察官は言った。

「万が一の事があると大変なので、行方不明届けを提出して下さい!!」

警察官が出した書類に、日付と名前を記入しようとしたその時だった。

トントントントン。
小さな足音が聞こえてくる。

ーーふわぁぁ。

「お母さん!どうしたの?」

生あくびをしながら、京一朗が階段を降りてきたのだ。

「どこにいってたの?」

京一朗に母が聞いた。

「僕ね……かくれんぼしてて、ベッドの下に隠れてたんだ。そうしたら眠くなっちゃって……寝ちゃってたんだ」

「――どうしたのじゃないわよ!こんなに大騒ぎになってるのよ。でも、無事で良かった」

母が京一朗を抱きしめる。
その目は大粒の涙で溢れていた。

「みんな、ごめんね!」

京一朗が頭を下げる。

「お巡りさんにも謝って!一緒に探してくれたんだから」

「お巡りさん、ごめんなさい」

警官は優しく笑って言った。

「とにかく、何もなくて良かった!次からは、お母さんに心配かけるんじゃないぞ?」

警察官が京一朗の頭をふわっとなでる。
僕は少しだけ照れくさく感じた。

終わり

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