【書籍化】王宮を追放された聖女ですが、実は本物の悪女は妹だと気づいてももう遅い 私は価値を認めてくれる公爵と幸せになります【コミカライズ】

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第三章 ~『聖堂教会のゼノ』~

『第三章:聖堂教会と食料不足編』


 クラリスたちの住む屋敷の外れには馬小屋がある。留められている馬は家主であるアルト自身の移動のためだけでなく、使用人たちが備品の購入のために外出する際にも利用されている。

 そんな馬小屋の一角に、足を挫いた仔馬がいた。傍にはクラリスと、彼女を見守るアルトの姿もある。

「ではいきます」

 クラリスが魔力を放ち、怪我を回復させる。歪に曲がっていた足は元通りになり、仔馬の顔色もよくなる。

「やはりクラリスの魔法は人以外にも効果があるのだな」
「私もびっくりしています。まさか動物にも効き目があるなんて……」

 仔馬にも効果があるかもと提案したのはアルトだった。彼は回復魔法の効果について自分なりの分析をしていた。

「現状、判明している効果は二つだな」
「傷を癒すだけではないのですか?」
「それ以外にも体力を回復させられるのは間違いない。普通の病人なら傷が癒えても体力は落ち込んだままだが、この仔馬は健康な時よりも元気になっている」

 回復魔法の応用力の高さは、王族の扱う自然現象を操作する魔法にさえ匹敵する。男爵家でも聖女だけは王族との婚姻が認められている理由が分かった気がした。

「失礼します。こちらに聖女様がいらっしゃると伺ったのですが」

 黒のキャソックに身を包んだ男が頭を下げる。金髪赤眼の容貌に、透き通るような白い肌、そして首から下げている十字架が特徴的だった。

「君は誰だ?」
「申し遅れました。私はゼノ。聖堂教会の神父をしています」
「聖堂教会か……」

 王国では無宗教の者が多いが、強いて一つ挙げろと問われれば、聖堂教会だと答える。

 これは幼少の頃、教会を通じて道徳を教えられ、読み書き算術を叩きこまれるからだ。神は信じていないが、聖堂教会には感謝している。多くの王国民の共通認識だった。

「聖堂教会の神父がなにをしにここに?」
「布教活動でアルト領を訪れたものですから、是非、聖女様とお会いしたいと」

 クラリスはアルトの背中から顔を出す。彼女を目にしたゼノは、瞳を蕩けさせながら背筋を伸ばす。

「お久しぶりです、聖女様!」
「どこかでお会いしたことがありましたか?」
「私は聖女様に命を救われた者です」
「私があなたをですか?」
「ええ。ですが見覚えがないのも無理はありません。実は魔法によって顔を変えているのです」

 ゼノは自分の力を証明するように、絹のような美しい黒髪の持ち主へと顔を変える。驚いていると、すぐに元の顔へと戻した。

「変身魔法か。既に使い手を失った力のはずだが」
「貴族は血が絶えれば魔法も失われます。私の一族も遥か昔に滅びたとされていました。しかし本家は滅んでも、分家筋に魔法を受け継いだものがいました。それこそが私です」
「顔を変えているのも身の安全のためか?」
「それだけではありませんが、理由の一つではありますね」

 希少な魔法にはコレクターがいる。それこそ非人道的な手段で拉致するような者も珍しくない。世界に一人の変身魔法の使い手だとしたら、危険を恐れるのも当然だった。

「私たちに魔法の秘密を話してもよかったのですか?」
「聖女様とそのご主人ですから。信頼してのことです」
「でもあまり危険なことはしないでくださいね」
「ふっ、やはり聖女様は御優しいですね」

 遠くを見るような茫洋とした眼でクラリスを見据える。その瞳に浮かぶ感情を推し量ることはできない。

「ゼノ様はこの後どうされるのですか?」
「アルト公爵領での慈善活動を進めます。経済的に豊かな領地ではありますが、貧困に苦しむ人たちはゼロではありませんから」

 聖堂教会の布教活動はボランティアをベースとして進めていく。信仰を学ぶ余裕は衣食住が満たされてからだとの思想が根底にあるからだ。

「拠点となる教会も建設中ですから。完成の際には是非、クラリス様もいらしてください」
「お邪魔になりませんか?」
「なるはずがありません。聖堂教会の信徒は、聖女様を敬愛しておりますから。特に男性信者は、聖女様目当てで入信する者も多いのですよ」

 神にも匹敵する癒しの力を持つクラリスは、聖堂教会における象徴のような存在だ。信者ならば誰もが憧れる。

「ふ~ん、クラリスは男性信者にモテるのか……」
「もしかして嫉妬ですか?」
「~~ぅ、うるさいな。仕方ないだろ。好きな女性が他の男に言い寄られているんだ。私も嫉妬くらいするっ」
「えへへ、アルト様は可愛いですね♪」
「~~ヵ、からかうのは止せ」
「ふふふ、安心してください。私はあなた以外の男性に興味ありませんから」

 二人の間に恋人特有の甘い空気が流れる。部外者を寄せ付けない雰囲気に、ゼノは頭を下げた。

「お二人が仲睦まじいようで何よりです。ではお邪魔虫はこれで」
「街へ行かれるのですか?」
「ええ。人が多い場所ほど困っている者も多いですからね。それでは、またどこかでお会いしましょう」

 ゼノはペコリと頭を下げて、馬小屋を後にする。彼との出会いが、今後のクラリスたちに大きな影響を与えていくのだった。

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