【書籍化】王宮を追放された聖女ですが、実は本物の悪女は妹だと気づいてももう遅い 私は価値を認めてくれる公爵と幸せになります【コミカライズ】

ノベルバユーザー565157

第二章 ~『屋敷に集まってきた元負傷兵』~


 眠りから目覚める方法は個人差がある。鶏の鳴き声をキッカケにする者や、目覚ましの道具に頼る者、家族に起こして貰う者もいる。

 クラリスは窓から差し込みお日様の光で目を覚ますのがお気に入りだった。瞼を擦りながら、起き上がる瞬間に一日の始まりを実感できるからだ。

 しかし今朝の目覚めはいつもと異なる。屋敷の外から聞こえてきた騒音が原因だった。

 耳を澄ますと騒音の正体が大勢の人たちの怒りの声だと分かる。非常事態が起きていると察し、身支度を整えると、部屋を飛び出した。

「アルト様!」

 クラリスはアルトの元へと駆け寄る。額に汗を浮かべる彼の様子から、予想していたことが的中したと知る。

「状況は理解しているな?」
「屋敷の外に人が集まっているのですよね?」
「武装した元負傷兵たちが押し寄せている」
「クルツさんたちがですか!?」

 こんな早朝から屋敷へ押しかけてくるのだから、只事ではない。クルツは信頼できる男だからこそ、その行動の意図が読めなかった。

「何はともあれ、まずは話を聞かないとな。私の傍から離れるなよ」
「は、はい」

 アルトの背中に付きそう形で、クラリスは屋敷の外に出る。千人の元負傷兵たちが集結し、屋敷を囲っていた。その光景にゴクリと息を呑む。

「アルト公爵、聞いてくれ。俺たちは怒っているんだ!」

 獅子のように茶髪を逆立たせた人影が群衆の中から飛び出してくる。元負傷兵たちの代表であるクルツだ。彼の腰には剣が提げられていた。

 他の元負傷兵たちも同様に槍や弓で武装している。今から戦場にでも赴きそうな様相である。

「クルツ、私が何か怒らせるようなことをしたのか?」
「何を馬鹿なことを。あんたたちは恩人たちだぞ。怒りをぶつけたりするものか。俺たちが怒っているのはな、王子に対してだ!」
「あ、兄上に?」

 話が読めないと、疑問符を頭の上に浮かべていると、クラリスが一歩前へ出て、質問をぶつける。

「ハラルド様にどうして怒りを?」
「論より証拠だ。これを見てくれ」
「これは?」
「王子が送り付けてきた手紙だ」

 紙面には文字がビッシリと埋め尽くされていた。内容を要約すると、『王家のために働かせてやるから、フーリエ領に移住しろ。才能を見抜いてやった俺に感謝するんだな』との記載だ。

「俺たちを厄介者扱いしやがった王族が、今更働かせてやるだとっ! ふざけるんじゃねぇ!」

 クルツは手紙を破り捨てる。怒りで興奮しているのか、血管が浮かび上がっていた。

「俺たちを救ってくれたのは、あんたたちだ。決して王族なんかじゃねぇ。それなのにこんな手紙を寄越した奴らを許せなくてな。闘いの許可を貰いにきたのさ」
「た、闘い?」
「今から俺たち全員で王宮に殴り込みに行くのさ。その許可が欲しくてな」
「ええええっ」

 あまりに物騒な発想に驚きながら、何とか蛮行を止めるべく、クラリスは説得を試みる。

「あ、あの、ハラルド様も良いところはあるのですよ。例えばそう、手紙です。千人に対して手紙を書くのはきっと大変だったはずです。それほどクルツ様たちを大切に想っているのですよ」
「残念ながら手紙の筆跡はすべてバラバラだ。部下に代筆させたのは明らかだ」
「で、でも、不器用なだけで……本当の彼は優しい人なんです……殴ったりするのは駄目なんです」
「…………」
「それに王宮を襲撃しては罪に問われます。禁固刑は避けられないでしょう」
「覚悟の上だ」
「ですが……私はクルツ様たちに傍にいて欲しいのです。駄目でしょうか?」

 悲しそうに瞼を伏せると、クルツは気まずそうに頭を掻く。

「あんたの優しさには勝てないな……」
「では……」
「怒りを我慢することにする。お前たちもそれでいいな?」

 クルツが部下の元負傷兵たちに問いかける。彼らはその問いに『聖女様、万歳』とだけ答える。蛮行を諦めてくれたことに、クラリスはほっと胸を撫でおろした。

「さて、聖女様を見習って暴力は止めることにしたわけだが、このままだと気が収まらない奴もいるよな。そこで俺は素晴らしいアイデアを思い付いた。王子に手紙を送ろう」
「手紙ですか?」
「おうよ。千人がそれぞれの胸の内を文に綴るんだ。王子がどれだけ失礼なことをしたのか、王子がどれほどクソ野郎なのか。書面を埋め尽くすほどの罵詈雑言をプレゼントしてやるのさ」
「あ、あの、それは……」
「平和的な解決手段に感動して言葉も出ないか。分かるぜ。俺も自分の優しさを褒めてやりたいからな。おい、野郎ども。遠慮するな。ストレスをすべてぶつけろ!」
「おおおおっ!」

 意気込む元負傷兵たちを止められる者はいない。この彼らの行動が、ただでさえ底値となっているハラルドの評判をさらに下げることになるのだった。


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