水月のショートショート詰め合わせ

水月suigetu

ショーとスリーパー、ナノで夢

普段とは違う、硬い枕。後頭部のポジションがなかなか定まらない。やっと頭が安定しても、やはり、無機質すぎる空間のせいで落ち着けない。横向きで薄い毛布に包まりながら、目をしっかり閉じる。

空を飛ぶ。ひたすら落ちる。見たことのない動植物に囲まれる。夢。眠っている間の不思議なスペクタクル。

今まで、私は夢を見たことがない。完全に忘れてしまうのかもしれない。ショートスリーパーなので、そもそも、夢を見れるチャンスが少ない。周囲の人の夢の話を聞くたびに、夢への憧れが強くなった。

ごろりと、身体を右から左に回転させる。少し丸まって、元の体勢に。やっぱり硬い枕だ。夢の内容を電子情報に変換して保存できるという、怪しげな枕。この枕のモニターのバイトに応募した。

ただ、妙な硬い枕を使って眠り、その感想を書類に書けばいい。簡単ながら、報酬額の高い、割のいいバイト。

そして何より、自分の見た夢を起きた後に映像で確認できる。それこそ、私が応募した理由だ。生粋のショートスリーパーだと応募書類に書いたからか、無数の応募者からモニターに選ばれた。

ああやっと、視界が暗くなってきた。やっと、夢が、見られる。




派手な電飾でチカチカする視界。観客たちの熱気と歓声。目の前の円形のステージでは、サーカスのようなショーが繰り広げられている。空中ブランコ、ピエロのジャグリング、複数の人が乗って様々なポーズをとる、大きな車輪。定番の曲芸が続く、サーカスショー。

これは、夢だ。直感した。周囲の人を見渡す。様々な人種、国籍の人々が集まり、楽しそうな顔をしている。確かに、居る。リアルだ。これが、夢。

しみじみと夢を体験していると、歓声が一層大きくなった。両耳を塞ぎながら、中央のステージに目線を戻す。

ステージの中央にぽっかりと浮かんでいる、巨大な水の球。観客席に迫り出している。水の球の中に入ってしまった観客は、球体の中で平泳ぎしていた。大きく派手な蝶ネクタイをした司会者が、躍り出てくる。

「さぁさぁ皆さん、お待ちかねのメインディッシュです!このナノ・プラネットショーの目玉!地球を縮小して、一円玉に!ご覧あれ!」

水の球体が、一瞬で消えた。

ステージの上に掲げられている大きなスクリーンには、司会者の掌をズームアップした映像が流れる。掌には、一円玉が1枚。

熱に浮かされている観客の歓喜の叫び声が、また強くなる。再び両耳の鼓膜を手でガードした。

「皆さん、今夜は新メニューの登場です!今度は、1mに縮小させた地球を、さらにナノサイズに縮小いたしましょう。なんと!人類は、ウイルスほどの大きさに!」

ステージ中央に、再び球体が現れた。直径1mほどの、地球儀。いや、地球。

はたと、気付いた。このショーは、人間のための娯楽ではない。地球の生物以外のための、娯楽。地球を使った壮大な、夢のエンターテイメントショー。

恐ろしくなり、よろめく。人間の観客らしきものから発せられる大きな声の渦の中へ、私の意識は吸い込まれていった。




ピロピロピロピロピロ

いつもの間の抜けたスマホの目覚ましアラームの音に導かれ、目を開ける。後頭部が痛い。やっぱり、この枕は硬すぎる。そしてやっぱり、夢は見れず。

素直な感想を書類に書き終わると、違う部屋に案内された。なぜか、私だけ。目の前の白衣姿の男性の会釈に、会釈を返す。

「あのですね、お約束の夢の記録映像なのですが、なぜかあなたの夢の映像だけ不鮮明でして……。どう調整しても、こんな調子なのです」

男性が指差したモニター画面を見る。ずっと、砂嵐だ。

「データはきちんと取れているのですが……。原因不明のノイズが酷くて。映像を見せるとお約束していたのに、申し訳ありません」

「あ、いえ、大丈夫です。私の寝相が悪かったせいかもしれませんし」

反射的に、笑いながら平気なふりをしてしまう。しかし、猛烈に悔しい。見たかった。

データが取れたということは、私は、確かに夢を見ていたのだ。短い眠りの中で。どんな夢だったのだろう。必死で思い出そうとする。なぜか、一円玉が脳裏をかすめた。それだけだった。

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