水月のショートショート詰め合わせ

水月suigetu

隣の宇宙のモーションパスは街灯に

船は下降しているはずなのに、船より少し早く、景色も落ちていく。実は上昇しているんじゃないかと疑ってしまう。奇妙な景色を目に焼き付けようと、窓に張り付いた。



友達2人と僕とで計画した、付き添いの大人のいない、初めての遠出。隣の宇宙の星に向かう、泊りがけの旅行。

さっきから友達2人は眠ってしまっている。寝不足なうえに早朝からはしゃいでいたからだろう。

僕も眠いけれど、僕たちのいる宇宙、ベースユニバースから隣の宇宙へ突入する瞬間をしっかり見ておきたい。苦手な辛いミントガムを噛んで、意識を保つ。

隣の宇宙は重力がめちゃくちゃで、僕たちが向かう輝石星では、そのへんてこな重力を生身の状態で安全に楽しめる。

宇宙船が揺れて、膝に置いていたガイドブックが落ちた。

「隣接宇宙への下降を開始しました。ぜひ窓から、真逆に作用する重力の不思議をお楽しみください」





到着した輝石星は地球と見た目がそっくりで、船を降りた直後は帰って来たのかと思った。

入星管理の手続きを終えて、宙港から一番大きな国に足を踏み入れた時、地面から10cmくらいの高さまで足が浮いて、やっと隣の宇宙の異星にいる実感が湧いた。



3人で大きなリュックサックを背負いながら、大通りを滑るように歩く。

車も空き缶も道行く猫も、何もかもが少し浮いている。しかも、空き缶を思い切り蹴ると、缶は横に進んでいった。空き缶が動いた跡には、緑色の光の線が残る。

もちろん、僕たちの足跡もピカピカと緑色に光るのだ。

最初は驚いたけれど、地元のお爺さんが、きっかり24時間経てば消えるから大丈夫だと教えてくれた。




3人で泊まるホテルに荷物を預けて、ふわふわと浮き歩いて街を探索する。名前の通り、輝石が大量にある星の建物のほとんどは、輝石で造られている。

3人で淡いグリーンのビルや家、橋や塔を眺めながら、食べたことの無い螺旋型の果物を食べた。乗ったことの無い全方向に動くバスに乗って、輝石の採掘場を見学した。

小さい風船のようなものが、重いはずの輝石のブロックを持ち上げ、移動させるのには驚いた。






「見て!すごいよ!」

戻ってきたホテルで遅くまで起きていた時、カーテンを開けた友達が声を上げた。3人で窓を覗き込む。

丘の上にあるこのホテルからは、街全体が良く見える。僕たちの部屋の窓からも、街のパノラマが見えた。

緑の光のラインが、毛細血管のように張り巡らされた街の夜景。そして、淡い緑色の霧が薄くかかっている。

あの光のほとんどは、何かが動いた時に残る光の軌跡だ。その光が、街中の輝石の建物をぼんやり照らしている。

1日だけ、まばゆく輝く万物の軌跡の光が、街灯になっている。あの光の一部は、今日、僕たちが残してきた足跡の光。

「「「すげー!」」」

思わず口から出た言葉が、三重に響く。

おかしくって、僕たちはぷかぷか浮きながら笑い転げた。


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