水月のショートショート詰め合わせ
ネオンイエローはフラクタルに渦巻く
長方形の中に線を引いて、様々なサイズの正方形を増殖させていく。一番小さい正方形から、螺旋状に線を引いて。全ての四角に線が通るように。
白紙に広い空白があると、何となく描いてしまう。今夜は、大きな手帳の白紙ページに描き放題だ。
「あの……」
目の前でずっとグラスを拭いていたマスターが、恐る恐るという風で話しかけて来た。
「お邪魔して申し訳ない。その図形って、あれですよね。ええと……喉から出かかってるんですが……」
最近白髪が増えて来たマスターは、うーんと唸り出す。
「ヒント出しましょうか」
「あ、ぜひ」
「フラクタル。同じ形が連続するやつです。ロマネスコとか、ブロッコリーとか」
「んー?フラク、タル?」
マスターは首を大きく傾げる。もう一つ出そう。
「もう1つヒントを。フィボナッチ数列」
「あー、あの、2つ前の数字を足し合わせると、次の数字になるやつですよね。フィボナッチの……?」
あと一押し。
「オウムガイと黄金比」
「ああ!黄金の螺旋!」
バーのお客さんの視線が、一斉にマスターに向く。マスターは謝りながら、縮こまってグラス拭きを再開した。
「お騒がせしまして、申し訳ありません。いやぁすっきりしました。黄金の螺旋。名前も綺麗な図形ですね」
「ふふふ、いえいえ。学生の頃から数学は苦手なんですけどね、この図形には惹かれて。紙とペンがあるとつい、描いてしまうんです」
ほろ酔い状態で夜道を歩いていると、路上に黄色いネオン管が一本、敷かれているのに気付いた。ネオン管は若干湾曲しながら、コンクリートの暗い道を遠くまで妖しく照らしている。
幻覚を見るまで、私は酔っぱらっているのだろうか。
そんな不安が過りつつも、そのネオン管に沿って歩いてみる。強烈な蛍の光のような、ネオンの人工的な黄色い灯は、私を導いているようだ。
ネオンイエローの線をぼんやりと見つめながら、ゆっくり歩く。
誰が敷いたのだろう?何のために?様々な疑問は、途中から浮かばなくなった。
微かな鈴虫の鳴き声。涼しい風が吹いてくる。
気付くと、かなり遠くまで歩いてしまったようだ。街灯が、いつもより少ない。完全に知らない道。引き返そう。しかし、黄色く光るネオン管はまだまだ、続いている。
腕時計を確認する。ネオン管を見つけた時から、数分も経っていない。おかしい。もう数十分歩いた気がする。しかし、それにしては、疲労感が無い。
感覚も時計の針も、信じられない。おかしくなったのは、私か?時計か?時間の概念か?それとも、このネオン管が通る道?
コンクリートの道は遥か遠くまで続いている。暗闇でじんわりと光るネオンイエローは、明日の夜には消えている気がする。
この先には何があるのだろうか。何も無いのだろうか。緩やかに曲がるネオンイエローは、黄金の螺旋なのかもしれない。黄金の螺旋の先は、どこに繋がっている?
たっぷり迷ってから、前に歩き出した。緩やかな曲線を描く、黄金のネオン管に沿って。
白紙に広い空白があると、何となく描いてしまう。今夜は、大きな手帳の白紙ページに描き放題だ。
「あの……」
目の前でずっとグラスを拭いていたマスターが、恐る恐るという風で話しかけて来た。
「お邪魔して申し訳ない。その図形って、あれですよね。ええと……喉から出かかってるんですが……」
最近白髪が増えて来たマスターは、うーんと唸り出す。
「ヒント出しましょうか」
「あ、ぜひ」
「フラクタル。同じ形が連続するやつです。ロマネスコとか、ブロッコリーとか」
「んー?フラク、タル?」
マスターは首を大きく傾げる。もう一つ出そう。
「もう1つヒントを。フィボナッチ数列」
「あー、あの、2つ前の数字を足し合わせると、次の数字になるやつですよね。フィボナッチの……?」
あと一押し。
「オウムガイと黄金比」
「ああ!黄金の螺旋!」
バーのお客さんの視線が、一斉にマスターに向く。マスターは謝りながら、縮こまってグラス拭きを再開した。
「お騒がせしまして、申し訳ありません。いやぁすっきりしました。黄金の螺旋。名前も綺麗な図形ですね」
「ふふふ、いえいえ。学生の頃から数学は苦手なんですけどね、この図形には惹かれて。紙とペンがあるとつい、描いてしまうんです」
ほろ酔い状態で夜道を歩いていると、路上に黄色いネオン管が一本、敷かれているのに気付いた。ネオン管は若干湾曲しながら、コンクリートの暗い道を遠くまで妖しく照らしている。
幻覚を見るまで、私は酔っぱらっているのだろうか。
そんな不安が過りつつも、そのネオン管に沿って歩いてみる。強烈な蛍の光のような、ネオンの人工的な黄色い灯は、私を導いているようだ。
ネオンイエローの線をぼんやりと見つめながら、ゆっくり歩く。
誰が敷いたのだろう?何のために?様々な疑問は、途中から浮かばなくなった。
微かな鈴虫の鳴き声。涼しい風が吹いてくる。
気付くと、かなり遠くまで歩いてしまったようだ。街灯が、いつもより少ない。完全に知らない道。引き返そう。しかし、黄色く光るネオン管はまだまだ、続いている。
腕時計を確認する。ネオン管を見つけた時から、数分も経っていない。おかしい。もう数十分歩いた気がする。しかし、それにしては、疲労感が無い。
感覚も時計の針も、信じられない。おかしくなったのは、私か?時計か?時間の概念か?それとも、このネオン管が通る道?
コンクリートの道は遥か遠くまで続いている。暗闇でじんわりと光るネオンイエローは、明日の夜には消えている気がする。
この先には何があるのだろうか。何も無いのだろうか。緩やかに曲がるネオンイエローは、黄金の螺旋なのかもしれない。黄金の螺旋の先は、どこに繋がっている?
たっぷり迷ってから、前に歩き出した。緩やかな曲線を描く、黄金のネオン管に沿って。
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