水月のショートショート詰め合わせ

水月suigetu

シンクロニシティ・ドールハウス

肉じゃがの芋を細かく箸で割る。延々と。

両親が離婚後の生活について淡々と話し合っている間に、僕の皿の中で、細かい芋の欠片が増えていく。何回分けても、芋は芋。確認してから、1つずつ口に運んだ。







駅を出た途端に降り出した小雨は、数分間で雷雨となった。おもちゃ屋さんの店先で、雨宿りする。家まで、あともうちょっとだったのに。この日に限って折り畳み傘を忘れるとは。

煌びやかに照らされたショーウィンドウには、高価そうな人形が並んでいた。身長50cmほどの、華やかなドレスを纏った人形がお茶会を開いている。どの人形も、細部に至るまで丁寧に作り込まれている。

横目でちらりと見たことはあるが、ここまで精巧に作られているとは知らなかった。今まで人形遊びとは無縁だったが、妙に惹かれる。人形の瞳に映る己の顔は、記憶にある父の顔と瓜二つだ。母との離婚直後に疾走した父とは、もう20年会っていない。今は、どんな顔なのだろう。



「いらっしゃいませ」

落ち着いた初老男性の声とオルゴールの音色に迎えられて、我に返る。

あれ?入るつもりでなかったのに。すぐに振り返ってドアを開けたが、大粒の雨と強風に押し戻される。

「大丈夫ですか。危ないですから、どうぞ中に。収まるまで休んでいってください」

「すみません」

「やぁ、これはすごい雷だ」

店の奥からやってきた店主は窓を見て呟き、すぐに戻って行った。店の奥にいた先客の親子と何か話している。母親に手を繋がれている女の子が、私をじっと見ていた。

少し気まずいが、お言葉に甘えよう。ヨーロッパの宮殿のような雰囲気の店内を見て回る。どの棚にも、愛らしい人形や人形用の洋服、人形のサイズと合う小さい家具やアクセサリーなどが並んでいた。

店の奥まで進んでいくと、だんだんと照明が暗くなる。クラゲの水槽のような妖しい雰囲気のスペースには、かなり精巧な人形が置かれていた。

非売品というプレートとアクリル板に守られて眠っている人形たちは、人間をそのまま縮小したような外見で、生々しさを放っている。

端から順に見ていて、驚きで目を見開いた。

自分とそっくりの人形が、目を閉じて横たわっていた。今の自分と同じ髪形。同じスーツ。ざわりと恐怖感が湧く。

「お気に召しましたか」

「うわぁ!」

店主の声に過剰反応してしまった。また、気まずい。

「驚かせてしまいましたね。申し訳ございません」

「あ、いえ、すみません。自分と、信じられないくらい似た人形があって……」

「ああ、その人形。懐かしい。確か、20年前に出会った人形です。その日も雷雨の夜でしたね。9月頃でした。自分はもう空っぽの人形だ、身の置き所が無いとお嘆きになっていたので、良ければこちらにと。ここは、人形が心穏やかに在れる場所ですから」

少しふくよかな初老の男性店主は、まるで人形と会話できるかのように話す。20年前。9月。父が失踪した時と重なる。

もう一度、自分と生き写しの人形をよく見る。目尻から、やけに光る小さいビーズのようなものが、1つ落ちた。


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