水月のショートショート詰め合わせ

水月suigetu

あやかしきちょんきな

夕日に照らされながら、全身で風を切っていく。メタルブルーのバイクの相棒は、ご機嫌だ。朝はエンジンが少しかかりにくかった。家に帰ったら、この気まぐれな相棒の点検をしなくては。

トンネルが見えてきた。ここらには妖怪が出るという言い伝えがある。噂では、このトンネルにも無数の幽霊や妖怪がいるらしい。オカルトは信じない質だが、この長いトンネルを通っている間は緊張する。

トンネルの中ほどまで進んだ時、グリップから手に妙な振動が伝わった。嫌な予感がして、すぐにバイクを停める。

スマホのライトで照らしながら、エンジンやタイヤなどを確認して、相棒に深刻な問題が起きていることを悟る。これ以上の走行は危険だ。

深いため息を吐いて、ライトを左右に向ける。出口も入り口も、見えない。まだ明るいはずだが、長いトンネルの中は暗く、車が通ってくる気配がない。

さて、どうする。

電波が入らないので、助けは呼べない。トンネルを抜けさえすれば、家はすぐそこだ。重いバイクを押して歩くのは億劫だが、辿り着けない距離じゃない。

相棒のヘッドライトを撫でて、決心する。良い運動だ。




ヘッドライトが無事で良かった。前方はしっかり見えるので、少し安心だ。

しかし、暗い。大仏様の中を歩く、あれみたいだ。胎内巡り。そう言えば、この前観た心霊番組にも、このトンネルが出てたな。あ、だめだ。思い出すな。別のことを考えよう。スマホを取り出す。ほら、今日は13日の金曜日。今は午後6時頃。逢魔が時。

どんな思考にも恐怖がまとわりつく。なるほど。だから、たくさんの人が閉鎖された暗闇の空間で幽霊や妖怪の類を目撃するのか。

妙な納得をしていると、カラカラカラカラという、車輪が回るような音が後ろから聞こえて来た。

その音は、私が立ち止まるとピタッと止まる。歩き出すと、再開する。だんだん、大きくなってきてないか。

汗が噴き出てくる。一度も幽霊なんて見たことないのに。よりによって、このタイミングで。落ち着け。気のせいだ。とにかく、振り返ってはいけない。

絶対に振り返らないと心に決めた時、後ろから巨大な何かが物凄い速さで通り過ぎた。数m先で急停止したその物体から、大きな生き物がのそりと出てくる音。

声が出ない。逃げないと。でも、足が、動かない。

近づいてくる。ヘッドライトに照らされる特徴的な大きな尻尾。丸い瞳。長いひげ。こげ茶のラインが入った薄茶色の毛皮。









リスだ。






見上げるほどの大きさのリスは、私を抱擁した。お腹のふわふわした綿毛が、頬に当たる。思考できない。1分ほどしてからリスは私から離れ、謎の乗り物を引いて戻ってきた。

豪華絢爛な人力車。見たことも無いような、大きさの。

口を開けて立っていると、リスは私の相棒を人力車に軽々と乗せた。私の身体も、軽いカバンのようにポンと座席に乗せる。

カランカランと車輪が回る音と、心地好い振動。座席にいた体長50cmくらいのリスが、私に赤い布をかけてくれた。トンネルの出口が見えてくる。何か、愉快な気持ちになってきた。

「家まで、よろしくお願いします」

大きな声で言うと、車夫のリスが少し振り向いてピョッと高く鳴いた。


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