水月のショートショート詰め合わせ
千の星の口笛はカルテットと共に
分厚いカーテンを少し開けて、客席を覗き見る。真っ赤の鳥の羽根を大きな帽子につけている婦人、膨れたお腹をシルクのシャツで包んでいる紳士、大輪の花のように広がるスカートを着せられている、退屈そうな子供。
そんな人たちがぎっしりと座っている向こう側は、私には異次元の空間のように思えた。見なければよかった。緊張がぶり返す。カーテンを強く握った片手に、ソプラノ担当のミュゲの白い手が重なる。肩には、いつもポニーテールのテノール担当、ユマトの手が置かれた。
「うふふ、満員御礼。良かったぁ。しっかり紹介できるね」
「肩震えてる。また緊張してるな。もう一度、おまじないしとこうか」
おでこ同士を当てて、シンパイナイ、シンパイナイとユマトと2人で7回呟く。
「さぁ、そろそろ出番だ。皆、喉と心の調子はいいかい?」
「スヘイラ、恐れないで。失敗は、いつも皆でカバーし合うものよ。あなたは精一杯、吹いて楽しむだけでいいの」
山男のような風貌の穏やかなバリトン担当のエファと、長身でクールなアルト担当のムーニ。2人も、私の頭と背中に手を置いてくれた。
皆も今まで見たことのない豪華な服装をしているけれど、4人は何も変わっていないのだ。それが分かって、腹痛の気配が去った。
私は捨て子だったらしい。宇宙空間でぷかぷか浮いていた時、公演ツアーで星間移動していたカルテット合唱団に拾われた。
話し合いを繰り返した4人は、私の家族となり、「スヘイラ」という名前をくれた。千の星という意味らしい。千の星ほどの幸せを、という祈りの名前。
4人は様々な星のあらゆる場所で歌うカルテット合唱団。移動のために乗る宇宙船が、私の家。必要なことは全て、4人が教えてくれる。
歌も教えてくれたけれど、私はどうにも上手く歌えない。だから、4人は口笛を教えてくれるようになった。私はすぐに、あらゆる高さで、響きで、4人のハーモニーと溶け合うように、吹けるようになった。
今、私は4人と同じ舞台でその口笛を初めて披露する。自分の存在も。
私が紹介された瞬間に、歓迎と感激の熱気が一気に冷え切った。
「誰の子だろう」「大スキャンダルだな」「やっぱり」「怪しいと思ってた」「がっかりだ」「きっと、ユマトとミュゲの子よ。仲が良いもの」「顔はあまり良くないな」「カルテットの新しいメンバー?不釣り合いな子ね」「口笛って?なんなの?歌えないの?」
ジロジロと、私を攻撃する視線の嵐。弾丸のように降り注ぐ鋭利な囁き声の礫。やはり私は、隠れているべきだった。エファの太い声が、囁き声と視線を断ち切る。
「それでは皆さん!さっそく最初のアカペラを。『美しき愛らしい娘よ』です」
私の後ろに立ったエファとミュゲは、肩に手を置いた。両隣りで、私の手を握ったユマトとムーニは、私を見る。愛おしむ瞳。
この曲は、私の口笛から始まる。
さぁ、今はただ息を吸い込んで。何も見えない、聞こえないふりをして。
出せ。
つんざくような拍手と歓声が、夢心地の数分間を終わらせる。歌の夢から帰還すると現実は様変わりしていた。不快な声や目線は消えて、怖いほどの興奮の声と顔に埋め尽くされていた。
5人で並んで、お辞儀をする。頭を下げている時に、全員で顔を見合わせて、笑った。
そんな人たちがぎっしりと座っている向こう側は、私には異次元の空間のように思えた。見なければよかった。緊張がぶり返す。カーテンを強く握った片手に、ソプラノ担当のミュゲの白い手が重なる。肩には、いつもポニーテールのテノール担当、ユマトの手が置かれた。
「うふふ、満員御礼。良かったぁ。しっかり紹介できるね」
「肩震えてる。また緊張してるな。もう一度、おまじないしとこうか」
おでこ同士を当てて、シンパイナイ、シンパイナイとユマトと2人で7回呟く。
「さぁ、そろそろ出番だ。皆、喉と心の調子はいいかい?」
「スヘイラ、恐れないで。失敗は、いつも皆でカバーし合うものよ。あなたは精一杯、吹いて楽しむだけでいいの」
山男のような風貌の穏やかなバリトン担当のエファと、長身でクールなアルト担当のムーニ。2人も、私の頭と背中に手を置いてくれた。
皆も今まで見たことのない豪華な服装をしているけれど、4人は何も変わっていないのだ。それが分かって、腹痛の気配が去った。
私は捨て子だったらしい。宇宙空間でぷかぷか浮いていた時、公演ツアーで星間移動していたカルテット合唱団に拾われた。
話し合いを繰り返した4人は、私の家族となり、「スヘイラ」という名前をくれた。千の星という意味らしい。千の星ほどの幸せを、という祈りの名前。
4人は様々な星のあらゆる場所で歌うカルテット合唱団。移動のために乗る宇宙船が、私の家。必要なことは全て、4人が教えてくれる。
歌も教えてくれたけれど、私はどうにも上手く歌えない。だから、4人は口笛を教えてくれるようになった。私はすぐに、あらゆる高さで、響きで、4人のハーモニーと溶け合うように、吹けるようになった。
今、私は4人と同じ舞台でその口笛を初めて披露する。自分の存在も。
私が紹介された瞬間に、歓迎と感激の熱気が一気に冷え切った。
「誰の子だろう」「大スキャンダルだな」「やっぱり」「怪しいと思ってた」「がっかりだ」「きっと、ユマトとミュゲの子よ。仲が良いもの」「顔はあまり良くないな」「カルテットの新しいメンバー?不釣り合いな子ね」「口笛って?なんなの?歌えないの?」
ジロジロと、私を攻撃する視線の嵐。弾丸のように降り注ぐ鋭利な囁き声の礫。やはり私は、隠れているべきだった。エファの太い声が、囁き声と視線を断ち切る。
「それでは皆さん!さっそく最初のアカペラを。『美しき愛らしい娘よ』です」
私の後ろに立ったエファとミュゲは、肩に手を置いた。両隣りで、私の手を握ったユマトとムーニは、私を見る。愛おしむ瞳。
この曲は、私の口笛から始まる。
さぁ、今はただ息を吸い込んで。何も見えない、聞こえないふりをして。
出せ。
つんざくような拍手と歓声が、夢心地の数分間を終わらせる。歌の夢から帰還すると現実は様変わりしていた。不快な声や目線は消えて、怖いほどの興奮の声と顔に埋め尽くされていた。
5人で並んで、お辞儀をする。頭を下げている時に、全員で顔を見合わせて、笑った。
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