水月のショートショート詰め合わせ

水月suigetu

ゴルディアスのバスの到来


バスが来ない。

時刻表と腕時計を何度も確認するが、もう30分は遅れている。一台も車が通過しない静かな午後の大通り。バス停の先頭に立つ私の後ろには、老若男女が数人並んでいる。

「来ないですねぇ」

「渋滞してるわけでもなさそうですよね」

「何か事故が起きたのかしら」

私の背後から、じわじわと増す不安を打ち消そうとする囁き声が聞こえてくる。左右を確認する。

遠くまで見渡せるが、バスの影は見えない。もう諦めようか。いや、しかし、ここまで待ったのだ。あと少しできっと。

「すみません」

至近距離から聞こえて来た高い声。静かな葛藤が中断される。

「今何時か、教えてくれませんか」

「ああ、今は……3時45分だよ」

「ありがとうございます」

青いランドセルを背負った男の子は礼儀正しく礼を述べた後、スタスタと列の中央に戻っていく。男の子が大事そうに抱えていた小さい手作りバスが脳裏に焼き付いた。細かい所まで作り込まれていて、今まさに待っているバスのカラーリングとそっくりだった。

「あら、上手くできてるじゃないの」

「本当だ。すごい。器用なんだねぇ」

「ありがとうございます」

「バス好きなのかい?」

「好きです。2歳ぐらいの時から」

「そんなに小さい頃から。すごいね。おじちゃんも、子供の頃は乗り物が大好きだった。懐かしいな」

「私は今も電車が好きですよ。古いバスとか、特に」

「ああ、私も好きなんです。最近は凝った塗装のバスが増えましたね」

男の子を中心として、和やかな会話が波紋のように広がっていく。その波紋は私にも届き、バス停の前での不思議な歓談が始まった。

「このバスは、どんなもので作ったの?」

「ティッシュの空き箱とか樹脂粘土とか。今度は違う素材で作ろうと思ってて」

「へぇ。そりゃすごい。ティッシュの箱だなんて分からなかったよ」

「素材ねぇ。ああ、これとか、どうかしら」

温厚そうなおばさんが、腕に下げていた大きな袋から開いた牛乳パックを取り出す。

「開かなければ、いい感じの長方形でしょ」

「そうですね。検討してみます」

男の子の大人びた返答で、バスを待つ集団の雰囲気がさらに柔らかくなる。

「バスっぽい、長方形かぁ……これとかはどうかな?」

「あ、今さっき買ってきたんだ。これとかは?」

「これはどう?」

透明なタッパー、四角い折り畳み傘、眼鏡ケース、箱型のペンケースなどなど。あらゆる長方形の物体を取り出す私達の願いは一つになっていく。

私は取り出した緑色の箸箱を見つめながら、その願いを呟いた。

「今、本物のバスになったらいいのに」

その瞬間、突風が吹いた。手に持っていた箸箱を落としてしまった。目を閉じたまま、手探りで足元を探るが、何も掴めない。風が止んだ。

しゃがみ込んだまま目を開ける。目の前には、巨大な乗り物が停まっていた。見たことの無い、派手な緑色と青と黄色のストライプカラー。運転席部分は透明だ。大柄でサングラスをかけた強面の運転手が、こちらを見ている。




ガッシャン




透明な扉が開いた。




「本当にバスになっちゃいましたね」

男の子の淡々とした声が響く。



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