水月のショートショート詰め合わせ

水月suigetu

ホワイトボードの解体新書は燐光を放ち

先輩は一心不乱に、ホワイトボードに色を足していく。片手に何本もペンを持ちながら。私は腕時計に目を落とす。ボードの右上から妙な絵が描かれ始めてから、もう2時間は経っている。時々ペンを渡して受け取るだけの作業には、とっくに飽きた。

「体調大丈夫なんですか。もう帰ったほうが……」

先輩は答えない。描いてる時はいつもこうだ。キャスター付きの椅子に深く腰掛け、くるくると回転する。埋まりつつあるホワイトボードと先輩の青いシャツ、灰色の壁に乱雑にピン止めされた書類、ピンクと青のポストイット。混ざっていく視界。渦を巻いて。

「完成」

響き渡る静かな宣言。足でブレーキをかけて回転を止める。気持ち悪い。

「何してるの」

半笑いしている先輩の顔がぶれる。チカチカする視界を閉じて開けて、仕切り直した。ホワイトボードは、白い部分が一つも無くなり、まったく別の何かになっていた。立ち上がり、少し離れて、ボード全体をじっくり見る。

ぎっしりと詰め込まれたカラフルな幾何学模様。所々重なり、アラビア文字のような模様になっている。数字のようなものも細かく全体に散りばめられていて。

「これまた大作を……傑作か。なんでホワイトボードとか黒板とかに描いちゃうんですか。もったいない」

「今回はスペシャル。ちょっとした仕掛け入り」

先輩は嬉しそうに部屋の入口に移動し、照明スイッチを切った。真っ暗になった部屋の中で、ホワイトボードに浮かび上がった、美しいネオンブルーの葉脈。

巨大な1枚の葉が、クリアな青い葉脈だけとなって、ホワイトボードの中央に浮かんでいた。言葉を失う。

「けっこうはっきり光るな。驚いてもらいたくて。よかった。大成功」

気付いたら先輩が近くにいた。

「……すごいですよ。先輩は、すごい。私には、いや、誰にも描けない」

「ふふふ。君が褒めてくれるから、本当に絵が好きになってしまった。きっと、これから病室でも描き続けるよ。暇になるし」

穏やかな声を発する先輩は、明日から独りきりの病室で、恐ろしい病と向き合っていかなくてはいけない。私は、先輩のいない研究所に残り、先輩の残した植物の研究を進める。

もう誰にも変更できない予定だ。

「絶対描いてくださいよ。思う存分。時々私、チェックしにいきますから。それで、今度こそ紙に描いたやつください」

「えー、残っちゃうと、ちょっと恥ずかしいし。どうしよっかな」

ネオンブルーの葉脈だけが光る部屋の中で、二人でケラケラと笑っていると、警備員が恐る恐る部屋に入ってきた。私達に気付いて、叫び声を上げた。怖がらせてしまったのだろう。

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