水月のショートショート詰め合わせ

水月suigetu

ノスタルジック超流動ポルカ

青白く発光する霧に包まれる。外の音を伝えてくれる左耳のイヤフォンは、不気味なほど何も発さない。高性能の宇宙服を信頼しているが、長時間の滞在は危険だろう。

「ガスの噴出に注意してください。当たったら体の芯どころか、素粒子から凍ってしまいますよ」

右耳のイヤフォンから、宇宙船で待機しているオペレーターの声。

「心配ないよ。内部にはガスの噴出無し。青い霧の中みたいだ。もう少し奥まで行ってみる」

「絶対零度の世界です。奥に行くと通信も不可能だ。最大限の注意を。硬いアイスキャンディーになる前に、帰ってきてください」

「了解。帰ったらアイスキャンディー食べたいなぁ」





足をバタ足のように動かして、前に進む。滑らかな動き。ひたすら青白い視界には、何も現れない。

遥か昔にエネルギーを使い切り、冷却ガスを放出しながら、宇宙にただ浮かんでいる星雲。近づくのも難しかったが、ようやく内部が拝めるようになった。

首元の計測器から、警告音が鳴る。帰還せよという合図。残念だが、本当にアイスキャンディーになるわけにはいかない。引き返そうと方向転換した時、視界に何か入った気がした。遠くを注視する。蠢く何かがある。

どうせ帰り道だ。ちょっとだけ。興味に負けて、危険な接近を始める。

近くで見ると、それは半透明の細い紐だった。流れるように動き、同じ場所で直径1mほどの円を描き続けている。観察していると、左耳のイヤフォンから微かな音がした。円の中心部に顔を近づけると、はっきり聞こえた。

聴いたことのある旋律。

ポルカだ。

陽気なメロディーは、私の驚愕を無視して流れ続ける。クラリネットとバイオリンとアコーディオン、小太鼓の音色とリズムの調和。聴いていると、何かに身体全体を覆われていくように感じた。不快でない。軽い毛布に包まれるような。

警告音が次第に大きくなる。後ろ髪を引かれながら、未確認物体から離れた。あんな場所で、音が鳴るはずがない。十中八九幻聴だ。しかし、確かにあの円から聴こえた。聴こえたのだ。





「どうでした?あの極寒の星雲の中は」

事務的な報告を終えて一休みしていた時、オペレーターが話しかけて来た。渡されたブドウ味のアイスキャンディーを笑いながら受け取る。

「懐かしかった」

オペレーターがきょとんとした顔をする。

「今さっき思い出した。4歳の時に、おばあちゃんと踊ったんだ。ポルカに合わせて。あの紐みたいな奴に、私の古い記憶が伝わったのかもしれない」

「音楽は結構記憶に残りますよね。その例の紐は、ポルカを流して何をしたかったんでしょう?一緒に踊って欲しかったとか?」

「さぁね。敵意は感じなかったけど」

袋を開けて、アイスキャンディーを口に押し込む。冷たい。窓の外からは、まだあの星雲が小さく見える。蝶々のように、青白い光を左右に広げている。いつかまた、あのポルカが聴きたい。

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