水月のショートショート詰め合わせ

水月suigetu

電池がどっかいっちゃった

あの日、大きな荷物が届いた。政府から毎月配給される例の電池。しっかり差出人を確認してから、梱包を解いた。出てきた真っ白の電池を脇に置いて、Tシャツを脱ぎ。

カポッっと背中の上蓋を外して、中の電池を取り出した。姿見を見ながら、慎重に新しい電池をはめ込む。しっかり収まったことを確認して、蓋を閉めた。そのはずだった。





大勢の記者たちがマイクを銃のようにつきつけてくる。眼球を攻撃してくる強いフラッシュ。夥しい視線、視線、視線。くらくらした。

「電池が外れたまま活動し続けてもう1年以上ですよね。世界記録を更新し続けていらっしゃる。そのご感想は?」

「電池が無くても長期間動き続けることができる原因に心当たりは?」

「電池から解放されたがっている人々に何か一言」

「蓋は無いんでしょう!電池の入ってない背中を見せて!こっちのカメラに!」

矢継ぎ早にぶつけられる質問と要求に圧倒される。私は、ただ出勤しようとしただけだ。通勤途中で転んだ時、たまたま蓋が外れた。なぜか一昨日入れたはずの電池が消えていて、思わず近くの修理医院に駆けこんだら、大騒ぎされて拘束された。

仰々しい研究室に強制連行され、理解できない質問や実験をされ、独房のような病室に1年以上監禁された。一度、両親と直属の上司が面会に来たが、たった3分間だけ。

必要最低限の情報によると、私の借りていたアパートの部屋も、座っていたワーキングチェアも、ほぼすべての記録ごと、消えたらしい。一週間前に豪華なホテルの一室に連行され、少しは人間らしい暮らしを取り戻した。まだ軟禁状態だが。

震える手でマイクに手を伸ばす。

「なんでこうなったと言われても、分からない、何も。むしろ、誰か教えてください。今の私って何なんですか」





豪華ホテルでの軟禁生活が数ヶ月続くと、背中が身軽なだけで生活が保障されるなんて、ラッキーじゃないかと思うこともあった。しかし、反電池派の妙な怪しい集団で、勝手に教祖として祀り上げられていると知り、我に返った。



SPの人数が少なくなる時間帯に、逃亡計画を実行する。奇跡的に、ホテルの外に出られた。

帽子をしっかり被って、余った配給電池のリサイクル場に向かう。作業員の目が離れた隙に、トラックの上の電池を一本拝借した。

走る、走る。公園を見つけて、トイレの個室に飛び込む。息を整え、ついに電池を背中にセットしようとした。しかし、はまらない。何度やっても、駄目だ。

外に人がいないか確認して個室を出る。背中の電池ボックスが変形してしまったのだろうか?不安になりながら、手洗い場の大きな鏡を見た。





それはそれは大きな電池だけが映っていた。




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