水月のショートショート詰め合わせ

水月suigetu

藍空とコバルトブルーのキロノヴァ

スプレー缶をカラカラと振り、目の前の薄汚れた壁に向かって噴射していく。鮮烈なコバルトブルーを広げるのだ。可能な限り。私の身体が起動していられる時間は、あと数時間。

大量のスプレー缶を準備してきた。全てコバルトブルー。

もはや布と言えない状態でレールに引っかかっているカーテン。そのカーテンに上半分を覆われた大きな窓。夕方には強い西日が入ってくるだろう。光は奥の壁を照らすはずだ。夜中には月光が。コバルトブルーに染まった壁に。



シュー、シュー、シュー、カラカラカラ、シュー



「効率化に役立つ普遍的な個性を」

思い出して、乾いた笑いが出る。ほんの数日前には、私はあんな矛盾したスローガンが掲げられる場所に居たのだ。思い出すと、本当に馬鹿馬鹿しい。

「私はロボットではありません」


その一言が原因で、すぐに私は壊れ物と認定され、あっさりと切り捨てられた。10年間サポートしてきた上司から貰った餞の言葉は、「いくらでも替えはいる」だった。



シュー、シュー、シュー。



最後の帰り道で、私は衝動的に新幹線に乗った。どこに行きつくのか分からない旅。ずっと憧れていた。決行してみると、予想以上に面白い。貰った少しのお金と、解体までの数日間の休暇を費やす価値があった。

知らない場所の知らない山を散策している時に、塔のような廃屋を見つけた。もうずっと前に、閉鎖されたアミューズメントパークの一部らしい。2階の大きな窓のあるスペースに足を踏み入れた時に、何となく、私の終点はここのような気がした。



カラカラカラカラ、カラカラカラ



解体される時をただ待っている壁は、私に本心からやりたいことを気付かせてくれた。ただ、生まれたての意志を爆発、融合させるためのアート。残り時間ギリギリの今の私が、すべきこと。

黒いペンキも少し用意している。完成したら、壁の隅に名前を書き記そう。私の名前はAI9438411345S4393457394K8579318924Y8521446396。略してAISKY、藍空とでも記そうか。

コメント

コメントを書く

「SF」の人気作品

書籍化作品