高校二年生、魔討士乙類7位、風使い。令和の街角に現れるダンジョンに挑む~例えば夕刻の竹下通りにダンジョンが現れる。そんな日常について~

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

異世界からの予期せぬ来客・上

 折角の日曜日。魔討士協会から呼び出しがかかった。
 新宿の旧都庁に近い協会の本部。ここに来るのは3回目くらいだろうか。


 受付で案内を受けて、併設された第二訓練場に来た。
 テニスコート4面くらいのだだっ広い空間に緑色のマットが敷き詰められている。


「久しいな、カタオカ」


 中に入ると、不意に声を掛けられた。
 振り向くと、そこにいたのはシューフェンだった……結構お手軽にゲートを開けてくるんだな。


 前に見た時のような豪華な衣装じゃなくて、裾が短くて刺繍もない地味な軽装だ。
 いわゆるトレーニングウェアとか道着的なものなんだろう。
 黒の綺麗な髪はあちこち乱れて、顔にはいくつか痣があった。


「やあ、片岡君。そろそろ4位に上がったころかな?」


 その後ろにいたのは作務衣姿の宗方さんだ。どうやらこの二人で試合をしていたらしい。


「いえ……まだ無理ですよ。試合ですか?」
「そうだよ」


「どっちが勝ったんです?」
「それは勿論僕さ、僕は天下無双だよ?」


 宗方さんが当たり前のように言う。
 プライド高そうなシューフェンが怒るかと思ったけど。


「先日戦ったあの女傑もなかなかだったが……これほどに強い者がいるのだな。まだ私も修行が足りないようだ」


 感心したように言ってシューフェンが宗方さんに頭を下げた。まあ宗片さんは国内一位だし勝てなくても仕方ないだろうな。
 シューフェンは強さが価値基準で一貫している気がする。


「うーん、僕だけでもそのソルヴェリアとかいうところにいこうかな。君より上がいるんだろう?楽しめそうだ」
「戦うのは私たちではない」


 生真面目な口調でシューフェンが答えるけど。


「まあそりゃあそうだろうけどさ……硬いこと言わず、遊んでくれるだろ」


 宗片さんが気楽そうな口調で言い返した。
 この人ならあの知恵のある蟲も一刀両断にしてしまいそうだな


「まあ、我々としてもお前ほどのものが来てくれるのは喜ばしいな」
「ところで……僕はなんで呼ばれたんです?……まさか試合する為とかじゃないですよね」


「それも面白いがな。お前の本当の力はここでは発揮できまい」
「まあ、そうかも」


 シューフェンのあの速さを思い出す。
 鎮定の風を使えないと彼を相手にするのはちょっと厳しそうだ。


「じゃあ一体何で?」 
「それより大事な用事だ」


 シューフェンが言って、宗片さんが面白そうに笑った。


「いやー、片岡君。君も隅に置けないよね。絶世の美女を二人も侍らせるなんて、僕もあやかりたいよ」


 汗とフロアのビニールの匂いに交ざって、ふわりと香のような匂いがして。
 シューフェンの後ろに、一人の女の子が立っていた。





 一目でシューフェンの妹さんだってことは分かった。 
 整った顔立ちと切れ長のクールな感じの目元がシューフェンの面影がある。


 シューフェンと同じ艶のある黒色の髪は、額を出すようにして後ろで刺繍入りの銀色のリボンで結ばれて、長いリボンと髪が銀と黒の二房のポニーテールの様になっている。
 髪からはこれまたシューフェンと同じような銀色の耳が生えていた。


 口紅と頬がかすかに赤いのが白い肌に映えている。
 ……客観的に見て絶世の美少女だ。
 渋谷あたりを歩けば100メートルも歩かないうちに声を掛けられるだろうな。


 僕より少し背の低い細身の体を、狼の刺繍が入った薄緑の中華風のローブのような衣装に包んでいる。シューフェンと違って、銀色の尻尾が揺れているのがちらりと見えた。
 黒の飾り帯と肩に掛けるようなマントを羽織って、マントにはこれまた走る狼の刺繍がされている。
 雪の様に白い肌に黒のマントがコントラストを描いていた。


 見た目的に、たぶん年は僕より少し下、絵麻や朱音達と同じくらいっぽい。
 ただシューフェンと同じような落ち着いた雰囲気を纏っていて、二人より年上に見える。


 その子が僕を見て静かにほほ笑む。
 マントの裾を払うようにして優雅に頭を下げてくれた。


「はじめまして、カタオカサマ。お会いできて光栄です」


 静かだけど聞き取りやすい、凛とした雰囲気を漂わせる声だ。


「前も言っただろう。これが我が妹だ。名をフェンウェイという」
「もしかして、あれ……真面目に言ってたんですか?」


 妹と結婚してソルヴェリアに来いとか言ってたけど。話半分どころか、殆ど聞き流していた。
 まさか人数制限のあるらしいゲートを使ってまで来るとは思わなかったぞ。


「私は冗談は嫌いだ」


 シューフェンが顔色を変えないままに言う


「本人と会えば気が変わると思ってな」


 シューフェンの後ろでフェンウェイがちょっと恥ずかしそうな笑みを浮かべて小さく会釈してくれた。


「どう思う。わが妹は」


 シューフェンが、どうだ美しいだろう、と言いたげな口調で言う。
 確かに綺麗というなら今まで見た誰よりも綺麗だけど。


「あーでも。今はなんというか、檜村さんと付き合っているので」
「付き合うとは何だ?」


「あー、そうですね……結婚するって感じです」


 いろんな意味で全然違うけど、いまはこう言っておけば面倒がない気がする。
 宗片さんが後ろでわざとらしい仕草で驚いているのが見えた。


「何の問題もない。我がソルヴェリアでは一定以上の貴族は二人以上の妻を娶ることもある」


 折角うまく言い逃れたと思ったんだけど、平然とシューフェンが言う。
 なんか江戸時代とかのようだな。


「……じゃああなたは二人目の奥さんがいるんですか?」
「いや、居ない。私は我が妻を愛しているからな」


 しれっとシューフェンが答えてくれる。


「それに子も成した。二人目は必要ない。子がいなければ考えたであろうが」


 当たり前って口調でシューフェンが言う。
 だめだ、完全に価値観がかみ合ってない気がする。


「むしろ好都合だ。お前があの道士を伴い我がソルヴェリアにこれば何の問題もない。
あの道士の術は見事だった。この機会にあの道士を我が白狼左衙に迎え、道術兵団を編成することも考えている」


 真顔でシューフェンが続ける。
 ……どうやら結構マジらしいと言う事にようやく気付いた。





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