高校二年生、魔討士乙類7位、風使い。令和の街角に現れるダンジョンに挑む~例えば夕刻の竹下通りにダンジョンが現れる。そんな日常について~

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

知恵のある魔獣との戦い・下

 よろめいたアラクネにもう一発岩がぶち当たった。鈍い音がして破片が飛び散る。
 流石にこれは効いたらしい。バックしてアラクネが距離を取る。


≪何者だ!!!!≫


 アラクネが怒りの声をあげる。
 後ろを振り向くとエルマルが立っていた。
 前と同じようにメイスをもっていて、その横にはバランスボールのようなデカイ岩が転がっている。 


「エルマル!助かった」
「ふん、カタオカ、何を手間取っている」


 エルマルがそう言ってシューフェン達を見た。


「まったく、この僕がソルヴェリアのクソ連中に手を貸すことになるとはな」


 エルマルが露骨に嫌そうな口調で言う。


「サンマレア・ヴェルージャが如き小国の鷹の位階風情が大きな口を叩くな。無礼者」


 シューフェンが冷たい口調で言い返した。


「……そういうどうでもいい争いは後で自分の国に戻ってからやってくれない?」


 アラクネが憎々しげな顔でこっちを睨む。
 顔が無残に歪んでいるけど、それも致命傷って感じではない。それこそ首を落とすか胴を両断するとかでないとだめだぞ。 
 というか……あの上半身を叩くとしたら。


「檜村さん、魔法を」


 遠い距離からの攻撃なら檜村さんにやってもらうのが一番いい。


「檜村さん?」
「ああ……分かっている……が」


 顔色が悪い。震えているのがわかった
 ……場慣れをしてようが怖いものは怖いよな。


 なんというか今までとは格が違う相手というのもあるんだけど。
 今まで戦ってきた知恵がない魔獣とはわけが違う。意識的に向けられる殺気というか敵意は今まで戦ったのとは全く別種だ。 


 僕は宗片さんとの立ち合いで少しは免疫が付いたんだけど、あれが無ければ冷静でいれたかはわからない。
 でも今はそんなことを言っている場合じゃない。
 軽く抱きしめる。華奢な体が震えているのが伝わってきた


「あ……片岡君?」
「必ず守ります……大丈夫」


 こんなのは我ながら柄じゃないとは思うけど……手から伝わってくる震えが止まった。


「ああ……信じているよ」


 檜村さんが深呼吸して普段の冷静な表情に戻る。シューフェンの方に目をやった。


「一つ聞きたいのだが。あれは弱点はあるのかな?炎、冷気、雷、なんでもいい」 


 檜村さんの問いにシューフェンが一瞬顔をしかめる。


「道士風情が無礼な。口の……」
「いいから、今は黙って答えて」


 今はエルマルとレイフォンがアラクネと戦ってくれているけど、二人じゃ長くはもたない。
 くだらない言い争いをしている場合じゃない。


「……我々はあいつらと対峙したときは主に火矢を浴びせる。炎は有効だ」


 シューフェンが答えた。炎か。


「詠唱に時間がかかる。その時間を僕等で稼ぐ。いいな」
「時間だと……これだから道術は……」


「【書架は南・想像の弐列。五拾弐頁三節……私は口述する】」


 檜村さんがアラクネを一睨みしていつものように詠唱を始めた。
 シューフェンが疑わし気に檜村さんを見て、首を振る。
 そのあとに僕を値踏みするように見た。


「致し方ない。お前を信じよう、カタオカ」


 つぶやくと、シューフェンがまた目にも止まらない速さで切り込んだ。
 脚を避けて上半身に突きを突き刺す。


「潰れろ!虫ケラ!」


 シューフェンが離脱するのと同時に、今度は立て続けにエルマルの岩がぶつかる。
 岩を払いのけて、アラクネが上半身をそらした。


≪死ね!!≫


「毒だ!」


 シューフェンが叫ぶ。
 口から黒い液体が噴き出した。シューフェンとレイフォンが鮮やかな動きで液体を避ける。
 液体が床に落ちたところから湯気が上がって嫌なにおいが立ち込めた。
 次々と降り注ぐ毒をシューフェン達が避けるけど、滴が触れて衣装から煙が上がる。 


「シューフェン!レイフォン!下がって!」


 二人が人間離れしたスピードで戻ってくる。一応指示は聞いてくれるらしい。
 それを追うように毒液の塊が空中を飛んできた。


「一刀!薪風!」


 風の壁が立ち上がった。
 吹き散らされたドス黒い液体が壁にぶち当たって煙を噴き上げる。


「見事だ、カタオカ」


≪小賢しい!!≫


 アラクネがロッカーを蹴散らして突進してきた。
 地響きを立てて巨体が迫ってくる。


「一刀!薪風!旋凪!」


 強い風が渦を巻いてアラクネにぶつかった。
 風に押されて、車が横転するように重たげな体がバランスを崩す。そのまま廊下の壁に突っ込んだ。
 ガラスとコンクリートが砕ける音、ロッカーが倒れる音が連続した。


≪こんなもので私を倒せると思うのか≫


 コンクリの破片を振り払いながらアラクネが立ち上がった。
 これで倒せるわけはない。それは分かってる。
 立ち上がるまでのこの数秒を稼ぐのが僕の仕事。


「まだなのか?」


 シューフェンが苛立たし気に呟く。振り返ると檜村さんが小さく頷いた。


「もう終わった」  
「【古の伝承に偽りあり。煉獄は業火が満ちたる場所にあらず。無明に燃ゆるはただ一対の篝火。煉獄の長曰く、何人たりとも彼の炎に殿油を指すこと勿れ、一度燃え盛れば七界悉く灰燼に帰す故に】術式解放!」


 檜村さんがアラクネを指さした。
 またいつものように炎が現れるのかとおもって顔を覆ったけど、何も起きない。
 まさか失敗かと思ったけど、不意にアラクネが動きを止めて胸をかきむしった。


≪これは!!なん……≫


 最後まで言葉は続かなかった。


 口や目、さっきくらわせた斬撃の傷跡から赤い火が閃いた。
 一瞬遅れて体の中から噴き出した火が上半身を黒く焦がしてそのまま内側から吹き飛ばす。
 炎が蜘蛛の全身を包み込んで、火柱が天井まで吹き上がった。





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