高校二年生、魔討士乙類7位、風使い。令和の街角に現れるダンジョンに挑む~例えば夕刻の竹下通りにダンジョンが現れる。そんな日常について~

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

現れた敵・上

 シューフェンが二階をちらりと見た。


「ゆくぞ、レイフォン」
「はっ」


 シューフェンが剣を納める。
 何を、というよりはやく二人の姿が消えた。かろうじて上に飛んだことはわかった。
 包囲の輪を飛び越えた二人が今度は校舎の壁に向かって飛ぶ。
 長い裾をはためかせて、垂直の壁を足場にするようにして二階の窓に二人が飛び込んだ。


 あまりのことに斎会君と鏑木さんも固まっている。
 僕も何が起こったのかわからない。CGかアクションゲームみたいだぞ。
 ……ていうかどういう運動神経しているんだ。


「片岡君!」


 檜村さんの言葉で我に返った。
 スマホを見ると、学校内、校庭のあちこちに無数の光点が見える。かなり数が多い。


 それぞれ階層ごと表示されたフロアに光点が光っている。
 前より見やすくなってる。いつのまにかこの探知アプリもアプデされてるらしい。
 あちこちから悲鳴が聞こえてきた。


「斎会君、鏑木さん、校庭に回って!」
「OK、任せて」
「承知!」


 二人が校庭の方に向かって走っていく。


「これで敵の位置が分かるのか?これは素晴らしい」


 感心するイズクラさんはとりあえず置いておいて、通話履歴から三田ケ谷の番号を探す。
 鳴らすとすぐに出た。


『片岡!』
「今どこ?」


 とりあえず大丈夫らしい。ちょっと安心した。


『屋上にいた。今は三階だ。アリか蜘蛛みたいなのがいるぜ。奥多摩系だ。こいつら』
「大丈夫か?」


 屋上で何をしていたかは聞くまい。


『ルーファちゃんと俺でとりあえず今は何とかなる。だけど援護はある方が助かるぜ』
「分かった」


 通話を切って次は藤村に掛ける。こっちもすぐに出た。


『先輩、ご無事ですか?』
「そっちはどう?」


『退魔倶楽部で体育館の人たちの避難誘導しています』
「そのまま続けて。校庭で斎会君達がいるから援護を。あと無理するな。特に新人の彼等」


『分かりました』


 切ったところで、魔討士アプリにメッセージの通知が次々とくる
 援護が接近しています、と言うのが多い。これは助かるな。


『アニキ、生きてる?』


 通知に絵麻からのショートメッセージが割り込んできた。
 そう言えば遊びに来るとか言ってたな


「ダンジョンには入るな。僕は無事」


 メッセージを打ち返して改めてマップを見る
 とっさになんかリーダーっぽく支持を出してしまったけど、良かったんだろうか。
 まあいいか。


「イズクラさん、手伝ってもらえますか?」
「現れたのは蟲どもだろう。奴らはわれらの敵でもある。何でも言ってくれ」


 イズクラさんが真剣な顔で頷いた。


「じゃあ、すみませんが一階の掃討を。僕は二階に行きます」


 あいつらが何をしに二階に行ったのかわからないけど、放っておくわけにはいかない。


「任せてくれ。エルマル!オルヴァン!行くぞ!」


 校舎の中で待機していたらしい二人とイズクラさんが校舎に入っていく。
 ダンジョンの向こうから異世界人が来てます、なんて知られるのは問題なんだけど……今はそんなこと言ってられない。


 見ると二階の光点がさっきよりずいぶん減っていた。
 シューフェンたちが飛び上がって言ったけど、二階はどうなっているんだ。


「檜村さんは僕と一緒に」
「勿論だ、行こう」





 校舎に入った。
 普段のライトグリーンの床と白い壁が、今は赤く光るごつごつした岩のようなものになっている。


 ガサガサと足音を立てて人くらいの大きさのアリが廊下の陰から姿を現した。
 最近の魔討士の間では奥多摩系とか呼ばれる、奥多摩ダンジョンに現れる昆虫とか植物タイプの魔獣だ。
 僕はあまり会ったことがないけど、見た目がなんというか生理的に怖い感じだ。


 走る勢いのままで、威嚇するように顎を開いたアリの頭に刀を叩きつける。
 軽い手ごたえがあってそのまま刀が頭を両断した。
 硬そうに見えたけど、鎮定なら切れるな。


「やるな、片岡君」


 檜村さんが声を掛けてくる。
 廊下を曲がった。階段まではもうすぐ。
 2階への階段の前に蜘蛛のような魔獣がいて、床に倒れている生徒に長い足を刺そうとしていた。


「一刀!破矢風!」


 踏み込んで刀を横に薙ぐ。唸りをあげて風が飛んだ。
 蜘蛛の上半身が真っ二つに裂ける。半身が落ちて、体液をまき散らしながらその姿が消えた。


「大丈夫?立てる?」
「……はい、なんとか」


 一年生らしい男の子を引き起こす……顔色が真っ青だ。無理もないな


「校庭まで逃げて。途中にも援護がいる。頑張って走るんだ」


 二階から何人かの生徒たちが駆け下りてくる
 すれ違うように階段を上がった。





 二階に上ったらシューフェンが蜘蛛と戦っていた。
 鮮やかな身のこなしで長い脚を躱してマントの裾の刃で首を叩き落とし、もう一体に突きを立て続けに食らわせる。
 蜘蛛が倒れて床にライフコアが転がった。


 残った一体が硬い足音を立てながらこっちに向かってくる。見た目は怖いけど動きは直線的で単純だ。
 まっすぐ来る動きに合わせて破矢風を叩きこむと、あっさりと倒せた。


 もう周りに気配はない。アプリのマップを見たけど二階にはもう敵はいない。
 床に生徒が倒れていたりもしない。ちょっと安心した。
 壁際で腰が抜けたようにしゃがみ込む二人の女の子をレイフォンが手を取って立ち上がらせる。


「怪我は無いか、娘」


 レイフォンが言って、その子達が小さく頷いた。


「では行け」
「あの……ありがとうございます」


 その子が不思議そうにシューフェンとレイフォンの衣装と獣耳を見て首をかしげつつ階段を下りていく。
 ……とりあえず夢だと思っていてほしい。


 床には大量のライフコアが転がっていた。
 こんな時でもレイフォンは旗を手放していない。シューフェンが剣を一振りしてこっちを見た。


「遅すぎる……戦場に遅参することは最大の恥としれ」


 シューフェンが冷たい口調で言う。


「そのような有様で戦士の務めを果たせるのか。あれはお前が守るべき民ではないのか?」
「いえ、まあ。それより、あの……ありがとうございます」


 状況的に二階の敵を倒してくれたのはこの人だ。
 ただ、なんで助けてくれたのかわからないけど。


「女子供のような弱きものを守るのは戦士の務め……いずれは我らの旗下に入る国の民であることだしな」


 剣についた汚れをカーテンで拭って鞘に納めた。
 転がってるライフコアの数を見ると相当の数がいたはずだけど、マントにも服にも傷一つない。


「そして虫どもは我らの敵。相対すれば一匹残らず駆除するのは当然だ」


 冷たい表情でシューフェンが言う


「こいつらが何だか知っているんですか?」
「悍ましき蟲ども……刺槐ツファイだ。こ奴等こそ我らの敵」


 淡々とした口調だけど、端々に嫌悪感が感じられた。
 どうやら奥多摩ダンジョンのこの魔獣たちは、シューフェンやイザクラさんの世界にも表れているっぽいな。 


「我らはつまらぬ諍いを捨て一つの旗のもとにこの虫どもと相対せねばならぬ……我らの旗のもとに」


 そういうとレイフォンがアピールするように旗を軽く振った。長い布がふわりと翻る。
 赤地に銀で縁取りがされていて、中央には吠える狼みたいなのと複雑な紋章が描かれている。
 かなり立派なつくりなことは分かった。


「カタオカ。お前らの王に伝えよ。
頑迷なるサンマレア・ヴェルージャの者たちのごとくなってはならぬ。小異にこだわらず大局を見よ、とな」


 シューフェンが僕を睨むようにしていった。


 イズクラさんが言っていた僕等が相対する敵というのはシューフェンたちのことかと思ったけど。どうやら違うらしい。
 むしろこいつらのことを言っていたんだろう。奥多摩ダンジョンの虫たち。


 そして、なんとなくイズクラさんと彼等との構図が見えてきたような気がする。
 自分たちに従って共に戦えというシューフェン達と、それを拒否するイズクラさん達って感じなのかな。 





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