高校二年生、魔討士乙類7位、風使い。令和の街角に現れるダンジョンに挑む~例えば夕刻の竹下通りにダンジョンが現れる。そんな日常について~

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

幕間・六本木の夜

「片岡様に檜村様ですね」


 受付カウンターの向こうのきれいなお姉さんが名簿を確認してにっこり笑ってくれた。
 その人が合図すると二人のウェイターさんがすっと進み出てくる。
 二人ともびしっとしたスーツ姿のイケメンさんだ。 


「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
「上着やお荷物はお預かりしますか?」


「あっと……いえ、いいです」


 ウェイターさんが恭しく頭を下げてくれて、案内するようにカウンターの奥の廊下に進んだ。
 規則的に置かれた間接証明でぼんやりと照らされた狭い廊下……ムードがあるんだろうけど、ぶっちゃけダンジョンの中より暗い。


「怖くないですか?」
「私も実はそう思っていた」


 横で檜村さんが答えてくれる。
 しばらくすると専用エレベーターホールについて、そのウェイターさんが何かインカムで話ながらエレベーターを開けてくれて乗るように促してくれた。





 今日は銀座ダンジョンでの戦いの時に助けた中村祐君のお父さんから招待されて六本木に来ている、というか連れてきてくれた、というほうが正しいかもしれない
 宣言通り本人から電話があって食事の約束をしたんだけど。
 その日の時間に家の前に黒塗りの高級車が横付けになって、そのまま六本木まで連れて行ってくれた。
 絵麻と朱音、特に絵麻は羨ましそうにしていたが、さすがに招待されていないので今回は遠慮してもらった。


 六本木の高層ビルの一階エントランスでは先に着いたらしい檜村さんが待っていた。
 今日は初めて見る薄い青の長めのワンピースにそれに合わせたのか、髪を後ろにアップにしている。


 普段と全然違う感じで、思わずため息がでた。
 腰にリボンをあしらった青いワンピースはスカートの部分がレースのようになっていて、いかにも特別な感じがした。
 ただ、細い体にまとわりつくようなラインとむき出しになった白い肩……なんというか水着姿のようにも見えてしまう。


「あまり見られると……ちょっと困るぞ、片岡君」


 そういって檜村さんが手にかけていた白いパレオのような上着を羽織った。
 白いそれもレースのような感じで、肌が隙間からちらちら見えてしまうんだけど。


「あー……なんというか、綺麗です、お姫様みたいです」


 絵麻が檜村さんは絶対おしゃれしてくるから全力で褒めなさいと言われていたのを思い出した。
 檜村さんはいろんな服を持っているようだけど、今日のは普段のカジュアルな感じじゃなくて、映画の女優さんが着ているドレスのようだ
 ただ、あまりにも語彙が足りな過ぎて我ながらひどい。


「ああ……そういってくれると、うれしいよ」


 はにかんで檜村さんがうつむいた……こんなんでもよかったらしい。





「よく来てくれたね。二人とも。忙しい所すまないね」


 案内されるままに広い個室に入ったら、裕君のお父さん、中村圭雄さんが出迎えてくれた。
 今日も前回ちょっと会ったときと同じく高そうなジャケットを着ていて、奥さんらしき人もいる。


 裕君も小さいながらブレザーに身を包んでいた。嬉しそうに手を振ってくれる。
 僕は正装なんてもっていないので制服できたんだけど、なにやら一人だけ場違い感があるな。


「ああ……これは」


 檜村さんが小さく声をあげた。
 広いフロアの一角は全面ガラスになっていて、素晴らしい夜景が見えた。真っ暗な夜の闇に中に白や金色、赤の光が浮かび上がって宝石をちりばめたように光っている。
 すぐそばには赤とオレンジでライトアップされた東京タワーも見えた。


 黒い壁には大きな白い月の映像が投影されている。
 少し暗めの明かりだから、月明かりに照らされているような感じだ。どこまでもおしゃれだな。


「どうぞおかけください」


 ウェイターさんが椅子を引いてくれて椅子に座った。椅子も座り心地がいい。
 テーブルには今日のコースメニューのものらしき紙が置かれていた。
 しばらくすると小さな盃のようなものに入ったスープのようなものが運ばれてきた。





 前菜二つと魚のグリル、それとステーキというコースメニューだったけど、料理はどれもおいしかった。
 名前はポワレとかロティとかそういう難しい名前が付いていてよく覚えていないけど。マナーはこれでよかったのかちょっと心配だ。


「どうだい?まだ追加したければ構わないよ」
「いえ、大丈夫です」


 どれもおいしかったけど、特にステーキが抜群においしかった。
 銀座で食べたステーキもおいしかったけど、あっちはワイルドって感じなら、こっちは繊細って感じだ。
 ほんのり熱が通って断面がピンク色になっていたステーキは今まで食べたどんな肉よりおいしかった。


 たぶんわざわざ僕のだけ量を増やしてくれたんだろうなった感じでボリュームも十分だったけど。
 食べているとあっという間で、すぐに最後の一切れになりそうだったからなるべく小さく切って食べた。





「今日はご馳走様でした」


 デザートは何かのパイ仕立てのイチゴケーキとアイスクリーム、それに何かの酸味のあるシャーベットだった。
 さっぱりしたシャーベットとほんのり苦いコーヒーが口の中をすっきりさせてくれた。


 今まで食べた中で一番美味しいかは思い出補正とかもあるから何とも言えないんだけど、一番高級な店なのは間違いないと思う。
 ……値段は考えないことにしよう。


「裕の命の恩人だ。こんなことで恩が返せたとは思わないが……」


 圭雄さんそう言って裕君を見る。
 けっこう堅苦しい場で時間もそこそこ長かったけど、裕君はきちんと静かにしていた。あのダンジョンの中でも思ったけど、大したもんだな。


「なにかまだ手伝えることはあるだろうか?……まあ私にできるのは金を出すことしかないんだがね」


 真剣な口調で圭雄さんが聞いてくる。
 来る前に一応調べたんだけど、この人は結構大きな貿易会社の社長さんらしい。
 個人的にはもう十分なんだけど……ちょっと考えて伊勢田さんの顔が浮かんだ。


「ああ……それじゃ、できれば魔討士の活動への援助をしてもらえませんか?」


 伊勢田さんが教えてくれた仙台の魔討士ギルドの人もスポンサーを募集していた。
 それに、伊勢田さんの言葉を借りれば、魔討士が稼げると分かれば優秀な人が入ってきたり数が増えたりするはずだし。


「もちろん、喜んでさせてもらうよ。明日にでも魔討士協会に連絡しておこう」


 圭雄さんが答えてくれた。





 帰りも送迎を出してくれるという話だったけど、檜村さんが電車で帰るというので僕も付き合うことにした。
 エントランスで圭雄さんや裕君と別れてビルを出る。


 少し歩くと公園のようなところを抜けて六本木通りに出た。
 いつの間にか結構遅くなっていて、もう10時過ぎだった。家には遅くなると言ってあるから別にいいんだけど。
 通りはまだ沢山の人がいてにぎやかだった。車がひっきりなしに行きかっている。


「地下鉄で行きますか?」


 すぐ傍には地下鉄メトロの看板が見える。


「いや、少し待ってくれるかい?」


 そう言って檜村さんがオープンカフェに入って行ってしばらくして二つのカップを持って出てきた。


「帰る前に一杯どうだい?」


 檜村さんがカップを差し出してくれる。コーヒーかな。
 檜村さんのカップの方からはほんのりワインのものらしき香りがしてくる。湯気が立っているからホットワインってやつだろうか。


「ありがとうございます」


 カップを受け取ると、檜村さんがカップを近づけてきた。ふちを軽く合わせて乾杯する。
 檜村さんがホットワインを吹いて醒まして一口飲んで、僕を上目遣いで見た。


「ああいう食事はあまりしたことが無いから……いい経験にはなったよ」
「僕もです」


「ただ、ちょっと堅苦しかったね……」
「僕もそうです」


 もちろんああいう食事もたまにはいいんだろうけど、やっぱり高校生には敷居が高すぎる。
 もう少し大人になってから来たいな。


 コーヒーは程よいあったかさで、体が内側から温まる。すこし肌寒くなった夜にはちょうどいい。
 そういえば初めて檜村さんに会ったのは夏前だったような気がする、月日が過ぎるのは早い


 むき出しの白い肩が触れる。
 近づきたいような、ちょっと距離を置きたいような。
 檜村さんは気づいているのかいないのか。そのままワインを飲んでいた。僕が気にし過ぎなのかな


「今日の食事も美味しかったが……できればね、最後は」


 そう言って檜村さんが言葉を切った。続きを促すように体を寄せてくる。


「……二人きりもいいですよね」


 なにやら今日は大胆な気がするぞ。酒のせいなのだろうか。 
 ……でも僕も人のこと言えない気がするな。僕は飲んだわけじゃないんだけど。


「ああ……奇遇だな。私もそう思っていたんだよ」


 そう言って檜村さんがほほ笑んだ。


「……君が同じことを考えていてくれてうれしいな」



















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