高校二年生、魔討士乙類7位、風使い。令和の街角に現れるダンジョンに挑む~例えば夕刻の竹下通りにダンジョンが現れる。そんな日常について~

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

進むか、それとも戻るか

「ふう……」
「助かったよ、ありがとう」


 檜村さんが駆け寄ってきた。


「大丈夫かい?怪我は?」
「大丈夫です」


 手を広げて無傷をアピールすると、檜村さんがため息をついた。
 大丈夫とは言ったものの、危なかった。一応防御の術式は掛けてもらっているけど、直撃を受ければ怪我は避けられない。
 ゲームと違って回復魔法使いがパーティに当たり前のようにいればいいけど、そんな人はいないし。


 おまけに、誰かを守りながら逃げるっては想像以上に神経を使う。
 ただ、3人とも魔討士でもなんでもない普通の人だ。それに野良ダンジョンならともかく、こんなダンジョンに入った人なんて普通はいないだろう。
 僕自身もそんなに経験はないんだけど。


 しかも探索済みのダンジョンじゃないから、どこまで行けば戻れるかが見当もつかない。
 脇道があれば警戒しなければいけないし、分岐があるたびにどちらに行けば良いか迷う。
 そして、行く先々であの球体が行く手を阻んでくる。 


 歩き始めて30分くらいは経つと思うけど、あんまり進んだ感じがしない。
 檜村さんが相馬さんの旦那さんに何か声を掛けていて、相馬さんの奥さんは旦那さんに肩を抱かれて引っ張られるように歩いていた。
 パニックにならないだけ大したもんだと思う。僕だって冷静でいるのが難しい状況だっていうのに。


「お兄ちゃん、凄いね、強いんだね。ライアンみたいだよ」


 先頭を歩く僕の横を一緒に歩いている裕君が声を掛けてきた。


「ライアンって?」


 裕君が返事替わりにシャツにプリントされたキャラを指さした。
 剣を担いだ金髪の子供のキャラ。ライアンはどうやらアニメのキャラクターらしい。僕は見たことないけど。


「君も強いね……裕君」


 一番小さいんだから、泣いて転げ回っても不思議じゃないのに、そんな風にならずについてきてくれてる。


「男の子はね、強くないとダメなんだよ。パパとママがいつも、裕は蓮ちゃんを守れるように強くなるんだよっていうんだ」


 僕を見上げて裕君が言う。
 蓮ちゃんというのは多分妹だろうな、という気がする。


「だから僕は泣いたりしないんだよ……すごいでしょ?」
「うん……すごいね」


「僕も一緒に見張るからね、お兄ちゃん」
「それは心強いね……頼むよ」


 そういうと裕君が真面目な顔で頷いた。
 乙類は後ろに守らないといけない人がいるからこそ、強くなくてはいけない。風鞍さんの言葉を思い出した。
 多分僕が今の状況でもちょっとでも冷静でいられるのは、この子たちがいるからかもしれない





 しばらく歩いたところで、通路の床には一人のスーツ姿の男の人が床に転がっていた。体中をレーザーで刺し貫かれている。
 近くには長めの斧が転がっていたけど、しだいにそれは形を崩していた。
 魔討士が死んでいるというのを僕は初めて見たんだけど……今の状況ではここでどうすることもできない。


 相馬さん達が亡骸の傍で青ざめている。つないだ裕君の手に力がこもった。軽く抱き寄せて遺体が見えないようにする。
 檜村さんが何かつぶやいて、祈る様に胸に手を当てた。
 スーツのポケットを探って、財布とスマホと登録カードを取り出す。


「形見には……なるだろうからね……」


 形見か。
 おそらく社会人の人だ。もしかしたら結婚して奥さんや子供がいるかもしれない。
 改めて危険と隣り合わせだと思い知る。そして、絵麻と朱音はどうなったのか。


 幸いあの球体はしばらくは現れてこない。
 警戒しつつ湾曲した通路を歩くと、不意に小さな部屋に出た。
 部屋の真ん中にはガラスのような板が空中に浮かんでいて、らせんを描くように上下に階段状に並んでいた。


「階段……かな?」


 檜村さんが天井を見上げた時、静かな部屋に電子音が鳴り響いた。





 一瞬アプリの警告音かと思ったけど、呼び出し音だ。
 誰のかと思ったけど、僕のか。ポケットの中でスマホが震えているのにようやく気付いた。
 スマホの画面には朱音の名前が表示されている。アイコンをスライドさせた。


「兄さん!やっと通じた」


 すぐにスピーカーから泣きそうな朱音の声が聞こえた。無事だったか。
 檜村さんが横で大きく息を吐く。


「無事か?絵麻は?」
「絵麻もいるわ」


「今は何処にいる?」 
「今はダンジョンの中!助けて!」


 二人とも無事、と聞いて安心しかけたけど……安心できたのもほんの一瞬だった。口から出かけた悪態を歯を食いしばって飲み込む。
 最悪……二人とも地上にいてくれれば、あとは僕等が自力で切り抜ければいいだけだったのに。


「ダンジョンの中?どこにいる?」
「ダンジョンアプリだと3階層ってなってるわ」


 今は二階層。それより下か。これより下、ダンジョンの奥に向かうのか。
 しかも、あの球体がいつ絵麻や朱音の前に現れないとは限らない。


「……分かった……必ず助けに行く」
「……怖いよ……兄さん」


「待ってろ。必ず……」


 途中で音が途絶えて、回線の切断音がした。画面を見ると通話終了のアイコンが表示されている。
 もう一度かけ直したけど、圏外を告げる無機質なアナウンスが聞こえるだけだった





 改めて広間を見渡した。とりあえず廊下に敵影も人影も無い。
 開けた道だから不意打ちを受ける危険が無いことだけは救いかもしれない。


 もう一度階段を見た。ガラスの板の様な足場が上に向かって伸びていて、天井には黒い穴が開いていた。
 これを登れば一階層。地上に近づく。
 もう一方は下に伸びている。穴の向こうには此処と同じような青い光に照らされた部屋が見えた。


「早く……帰りたいです……もうこんなところに居たくない!」


 沈黙を破る様に早田さんの奥さんが涙声で言った


「魔討士は……守ってくれるのが仕事でしょう!?」


 旦那さんは気まずそうにしているけど、奥さんの肩を抱いて階段の上を見ている……当然だろうな。
 でも。


「まさかとは思うが、片岡君」


 静けさを破るように檜村さんが口を開いた。 


「私を此処に置き去りにしたり、1人で戻れなんていうつもりじゃないだろうな」
「いえ……」


「私と君はパーティだ。君が進むなら……当然私も行く。それがパーティだろう?」
「ですが……」


「では行かないのかい?」
「いえ、それは……ないです」


 さっきの電話を聞く限り、3階層に絵麻と朱音が取り残されている。見捨てるわけにはいかない。
 行かないという選択だけは絶対にありえない。


「行くしかないなら、迷っている時間は無駄だぞ。一刻も早くこの人たちを地上に戻そう。一階層はどうやらすでに魔討士が来ているようだ」


 そう言ってスマホを見せてくれる。
 二階層の地図は僕が進んだところ以外は殆ど埋まっていないけど、一階層はある程度地図が埋まってきていた。
 誰かが捜索を始めているのか。


 でも、そうじゃなくて。
 ……檜村さんには今日会ったばかりの絵麻や朱音のために危険を冒す理由はない。


「いいかい、片岡君……私は君を大切に思っている」


 僕を見つめて静かに檜村さんが言った


「だから……君が大切に思う人のことも大切に思っているよ」


 その口調がつまらない議論はするな、と語っていた。


「……ありがとうございます」
「私たちはパーティだろう?礼を言う必要はないと思うがね」


 ただ、なんとなく新宿と同系列っぽいこのダンジョン。僕等に三田ケ谷とルーファさんを加えても新宿の3階層を攻略できるかは分からない。
 でもそんなこと考えている時間は無い。
 上に続く階段を見あげたところで、階段の上から足音が聞こえてきた。誰か来る。 


「朗報です!皆さん、ご覧ください!」


 足音とともに、レポーターのような場違いな声が上から降ってきた。





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