高校二年生、魔討士乙類7位、風使い。令和の街角に現れるダンジョンに挑む~例えば夕刻の竹下通りにダンジョンが現れる。そんな日常について~

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

遭遇

 デザートまで食べ終えてすっかりお腹いっぱいになった。
 さりげなく通ったウェイターさんが黒い革の手帳のようなものを置く。檜村さんがそれを取り上げて一瞥した。


「支払いは私が持つよ。私が誘ったんだしね」
「いや、それはさすがに申し訳ないですよ」


 メニューを少し見ただけでも結構な額になっていそうなくらいは分かる。
 檜村さんが僕を手で制した。


「次は君に御馳走してもらうよ、片岡くん」
「でもですね」


「それでいいだろう?次は君の番だ、忘れないでくれよ」


 念を押すように檜村さんが言って店員さんに支払っていた。
 しかし。次はって……こういう店を調べないといけないんだろうか。三田ケ谷がこう言う情報は詳しそうだから教えてもらうかな。


「じゃあ行きましょう」


 先に立って檜村さんに手を差し出す。
 さっき、横の席の人がなんともナチュラルに連れの女の人に手を貸していてそれがまた格好良かったので少し真似をしてみた。
 檜村さんが座ったまま僕を見上げる。


「エスコートしてほしい、と言ったんだけど……これは……何とも照れるね」


 そう言って檜村さんが僕の手を取った。
 実はこっちも恥ずかしいんだけど、なんか主導権を握られてることが多いし、たまにはリードしたい気分になったのだ


「ありがとう、片岡君」


 細い指が絡んで力がわずかにこもる。
 恥ずかしさのあまり一瞬手を振りほどきたくなったけど、どうにかこらえた





 店を出て時計を見るともう3時近かった。随分ゆっくりした食事だったな
 休日の銀座は歩行者天国で広い通りにはたくさんの人が歩いている。
 この辺は殆ど着たことがないから、このあとどうすればいいのかさっぱり分からない。


「少し歩こうか?」
「そうですね」


 ここからJRの駅までは少し距離があるから腹ごなしにはちょうどいいのかもしれないけど。
 檜村さんと肩が触れ合う。こういう時は手でもつないだほうがいいのか、というか繋いでいいものなのか。
 そもそも何か話題を振らなくては。


「あ!いたよ!」


 迷っていたところで、不意に後ろから声がかかった。





 振り返ると、後ろにいつの間にか立っていたのは、絵麻と朱音だった。
 絵麻はいつも通り活動的なハーフパンツにパーカー、朱音は長めの落ち着いたワンピース姿。


「ちょっと待て、なんで」
「へー、アニキ、この人が噂の彼女だね」


 僕の質問を無視して絵麻が続ける。
 噂のって……噂にはしていないんだけど。


「やっぱりねー。隠しても無駄だよー、あたしの目はごまかせないからね」


 絵麻がしてやったりって顔で笑っている。
 いや、そんなことよりも。


「ていうか、なんでお前等が此処に?」


 二人で銀座に遊びに行っているなんてことは聞いたこともない。


「そりゃーねー」


 そう言って絵麻と朱音が顔を見合わせた


「休日にオシャレしてウキウキで出てったら……そりゃあ追いかけたくなるでしょ」
「ちょっと浮かれ過ぎよ……兄さん」


 どうやら尾けられていたらしい……全然気づかなかった。
 絵麻は兎も角として朱音にまで言われるってことはそうだったんだろうか。
 あまり表に出さないようにしていたつもりなんだけど。


「まあ、アニキのことはどうでもいいとして。初めまして、片岡絵麻です」
「私は朱音です、よろしくお願いします」


 二人が檜村さんに頭を下げる。


「初めまして、私は檜村玄絵。君達のお兄さんにはいつも助けられているよ」


 ちょっと驚いたような表情をしたけど、すぐに檜村さんが柔らかい笑みを浮かべて二人と握手した。


「でも、凄いオシャレですね、大人っぽい」
「どこで買ったんですか?」


 絵麻が不躾に檜村さんのワンピースの袖をつまむけど。檜村さんは気にしていないらしい。


「ああ、これはね…………」
「へぇ、さすが大人ですね……朱音も似合うんじゃない、こういうの」
「どうかしら、でも………」


 なにやら三人でファッションの盛り上がってしまった。完全に女子会トーク状態で取り残された僕は微妙に疎外感がある
 檜村さんがちらりとこっちを見た。


「そうだな……もう食事は済ませてしまったが、立ち話もなんだし、お茶でも……」


 檜村さんが言った瞬間、ポケットの中でスマホが震えた。





[警告!ダンジョン出現!ダンジョン出現!]
[最寄りの『境界』へ直ちに非難してください]


 ダンジョン発生の警告だ。
 歩行者天国の周りの人ごみからも次々と同じアラームが響き始める。
 連続する警告が木霊のように鳴り響いた。


 同時に赤い光がスクランブル交差点に立ち上がった。いつもの野良ダンジョンのように、波のように広がったコンクリートの灰色の地面が赤く染まる。
 そして、広い十字路の真ん中に、巨大な黒い球が浮かんでいた





「ルーンスフィア?」


 檜村さんの顔が一瞬で魔討士の顔になった。


 新宿のダンジョンで似たようなのを見たことが有る。ただ、今回のは丸い無機質な球体だ。時折波打つように表面が揺れる。
 新宿であったあれは表面に魔法陣というか文様が浮かんでいたから少し違うのかもしれないけど……ただ、なんというか、同じ系列のような雰囲気を感じる。


 スクランブル交差点に居た人たちが悲鳴を上げながら境界に向かって走りだした。
 何人か、スーツ姿の人や私服姿の人がそいつを囲むようにして残る。魔討士だろう。


 こいつがダンジョンマスターだろうか。刀を抜いて様子をうかがう
 仕掛けるか。檜村さんと視線を交わして周りを見まわす。絵麻と朱音が呆けたように後ろに立っていた。


「何してる、早く逃げろ、二人とも!」
「片岡君!」


 檜村さんの声に振り返る。
 巨大な球が泡のように分裂した。中心の巨大な急の周りのアメーバのように小さな球が浮かぶ。空気が震えた気がした。周りの赤い光が濃くなる。


[警告!!]


 甲高い警告音とともにスマホが震える。画面を見ると真っ赤な警告表示が出ていた


[多層ダンジョンの展開を感知しました!]
「なんだ、これ?」


[魔討士は一旦退避してください!繰り返します]


 聞いたことがない警告が聞こえて、警告の途中で視界が一瞬真っ暗になった







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