高校二年生、魔討士乙類7位、風使い。令和の街角に現れるダンジョンに挑む~例えば夕刻の竹下通りにダンジョンが現れる。そんな日常について~

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

状況の好転のついでに問題の一つの解決を図る

「ヴ―リ!」


 ルーファさんが一声叫ぶと、銀色の毛を纏った狼が、岩肌を四角にくりぬいたようなダンジョンを駆け抜けた。
 車三台分ほどの広さの通路の向こうには、凶暴な犬を思わせる顔をした身長3メートルほどの巨人が4体立っている。
 金属の鎧を着こんでいて、手にはサーベルのような曲刀を持っていた。背は高いけど、トロールよりは細い分威圧感は薄い。檜村さん曰くクランプスというらしい。
 ヴ―リの後ろを三田ケ谷が剣を構えたまま走る。それに少し遅れて僕とルーファさん。


「【書架は西北・記憶の五列。七五拾参頁十八節……私は口述する】」


 後ろから檜村さんの詠唱が聞こえる。
 クランプスが振り下ろした剣をヴ―リが軽々と交わした。
 石畳のようなでこぼこの床と剣がぶつかりあって甲高い音を立てる。ヴ―リがその手に噛みついた。クランプスが悲鳴を上げる。


「一刀!破矢風!」


 走りながら刀を横に薙ぐ。風の刃が飛んでもう一体にクランプスの鎧に横一文字の傷が入った。


「オラァ!」


 先頭を走る三田ケ谷が雄たけびを上げて剣を振ると、クランプスの片腕が断ち切られて落ちる。
 剣の軌跡が格闘ゲームよろしく白く光を放って、ついでとばかりに鎧を切り刻んだ。体液が噴き出してクランプスが後退する。


「我が僕たる狼よ、剣と成れ」


 ルーファさんが叫ぶと、ヴ―リが空中でしっぽを噛むように丸まって、円弧剣に変わった。それを掴んだルーファさんがクランプスの中に切り込む。
 円の中に入ったまま、円を描くような踊るようなステップをする。回る動作で円弧剣がクランプスを次々と切り裂いた。


 ひるんだところを、三田ケ谷がもう一体のクランプスに突きを繰り出す。切っ先が胸に突き刺さった。
 同時に白い斬撃の軌道が連続突きのように鎧を貫く。
 ……僕も切り込もうとしたけどなんというかやることがない


「皆、下がってくれ」


 檜村さんの声が後ろから聞こえる。振り向くと檜村さんの周りを青白い稲妻が舞っていた。
 三田ケ谷とルーファさんが慌てて後退する。


「『命の終わりたる時、汝は咎人を裁く法廷に立つだろう。遠雷は断罪の槌音。陶片が告げる罪過に怯えよ、贖いの時は来た!』術式解放」


 ルーファさんと三田ケ谷が下がるのを待っていたように、四角いダンジョンの通路にフラッシュのように光が走った。
 目もくらむような紫色の電撃が壁のように通路を覆ってクランプスをとらえる。肌がピリピリして髪が逆立った。
 雷撃が消えると4体まとめて黒焦げになったクランプスの体が崩れていった。





「お疲れ様」


 あの戦いで今日は終わりにして一度引き上げた。
 檜村さんの魔力がそろそろ尽き掛けていたし、三田ケ谷もテンションは上がっていたものの久しぶりの戦闘だ。余力を残した方がいい。
 案の定、ダンジョンを出た所で疲れがどっと出たらしく、ダンジョンの側のファミレスで打ち上げとなった
 3階層まで進んで結構長いこと戦っていたので、三田ケ谷はあっさりと8位に昇格した。


「素晴らしいな。二人加わるとこれほど違うものか」


 檜村さんがいう。
 確かにその通りで、今まで一人で敵と相対しているのが、二人。ルーファさんがあの円弧剣を持てば3人になるのは圧倒的に気分が楽だ。
 檜村さんの魔法の詠唱の時間も取れるし、さっきのように切り込んで相手の体制を崩すこともできる。


「俺はどうだった?ルーファちゃん」


 三田ケ谷にとっては久々の実戦だったはずだけど、まったくひるむ様子はなかった。
 これもルーファさんの前だからなのか、それとも本人の資質の問題なのか。どっちにしても感心する。


「とても勇敢でした、ミタカヤ様」


 美味しそうにドリアを食べていたルーファさんが真顔で言って手を重ねる。三田ケ谷が照れたように顔をそむけた。
 昇格したことよりルーファさんの褒め言葉の方がいいんだろう。


「しかし、こうなると、だ」
「どうかしましたか、檜村さん」


 檜村さんがちょっと不満げな顔をする……なんとなく何を言いたいのかはわかるけど、玄絵さんと呼ぶのはまだちょっと気恥ずかしい。


「ああ……ルーファにはなんとか正式な戸籍と身分を用意しないといけないと思ってね」


 檜村さんが言う。
 確かに、今回は特に咎められなかったけど、新宿では入り口でチェックがあった。新宿は魔討士以外は入れないんだろう。
 そういう話は置いておいても社会的な身分や保証が何もないのは不味い。
 この表現が適切かわからないけど、今は不法入国者みたいなものだ。外国ではなくて異世界からの入国ではあるけど、帰れないことには変わりがない。


「流石に三田ケ谷君、君の家に連れて行くわけにはいかないだろう?」
「……俺としては連れて行きたいんですけど、無理ですね」


「私としては契りを結ぶ相手と一緒に住むことは当然だと思っていますが……この世界のしきたりに従います」


 ルーファさんがきっぱりと言って三田ケ谷が嬉しそうにするけど。
 高校生で親と暮らしているあいつがルーファさんを家に連れて行ったら大変なことになるだろう。僕と同じで。


「どう思う?何か伝手はあるかい」
「僕にあるわけないですよ、高校生ですよ?」


 檜村さんが聞いてくるけど。当然の如くそんな伝手は無い。
 僕が連絡を取れる相手で一番偉いのは風鞍さんだけど……もう一人思い出した。東京都と待遇の交渉で渡り合ったあの人。


「師匠に頼めば、もしかしたら」





「にわかには信じられねぇ話だな………異世界っていうか、ダンジョンの向こう側の住人なのか、この子が」


 次の日。
 訓練施設に皆で行って内密にと念を押して師匠に頼んでみた。師匠が訝し気な目でルーファさんを見る。
 まあ見た目は獣耳や尻尾が生えていたり、耳が尖っていたりするわけじゃない、単なる外国人だから当然かもしれない。


「師匠、なにかいい方法はありますかね」


 どうしようもなければ警察かしかるべき機関、魔討士の窓口にでも伝えるしかないんだろうけど。
 そうなれば、多分今まで通りってわけにはいかなくなるだろう。最悪の場合は国に保護されるという形で引き離されることもあり得る。
 これについては説明したらルーファさん本人が嫌がった。契りを結ぶ相手と離れない、のだそうだ。
 師匠が少し考え込む。


「戸籍か……伝手がなくはないが……条件がある」


 師匠がルーファさんの前に立った。ルーファさんが油断なくって感じで見返して、三田ケ谷がかばうように横に立つ。
 条件って何だろう。


「お嬢ちゃん……俺と立ち合え」





「は?」


 全員の声がハモった。


「今聞いた感じ、魔法使いじゃなくて異世界の武術を使う戦士だろ。興味があるんだよ」


 そう言って、師匠がルーファさんを見る。


「お嬢ちゃん、俺と腕比べをしてくれ。得物はこっちで準備しておく」
「私の剣術は人と競うためのモノではありません」


 とりあえず深刻な条件ではなさそうで少し安心したけど。
 生真面目な口調でルーファさんが答える。


「そんな難しいことじゃねぇよ。あんただって仲間と練習くらいはしただろ」


 ルーファさんが言うには、彼女の部族の武術は対人戦ではなくてモンスターと戦うためのもので、人との戦いはあまりしなかったのだそうだ。
 モンスターとの戦いの訓練を人間としても感覚が狂うだけだから、ということらしい。 


 ただ、この問題を放置するわけにはいかないし、師匠が手を打ってくれるなら渡りに船だ。そもそも他に伝手がない。
 結局、檜村さんと三田ケ谷の説得もあって、最後はルーファさんが折れた。





 1週間後。師匠に呼ばれて代々木の施設にもう一度出向いたら、師匠の個室に案内された。


「ということで、だ。留学生で俺の地元の弟子が身元引受人ってことにしておいた」


 師匠がそう言って封筒から書類の束を取り出す。
 何やら難しそうな文字や外国語で書かれた書類にはいくつものハンコが押してあった。書類を封筒に戻して、師匠が檜村さんに書類を渡す


「まあ問題は起きねぇと思うが何処かに保管しておいてくれ。あんたが同居人なんだろ?」
「はい、その通りです。感謝します」


 檜村さんが書類を受け取って礼儀正しく頭を下げる。


「魔討士の登録もしておいたぞ。甲類9位だ。頑張りな、お嬢ちゃん」


 師匠が魔討士の登録カードを渡してくれた。ルーファさんが不思議そうにカードを見る。三田ケ谷が自分のカードを見せて何か説明していた。
 魔討士の登録はしなければいけなかったからありがたいというか何とも手回しがいい……のだけど


「どうやったんですか」


 改めて思うんだけど、この人は達人の割には剣術一辺倒じゃないのは凄いと思う。
 ただ、頼んだ僕が言うのもなんだけどどんな手を使ったんだろう。


「まあ気にするな。大人には色んなコネがあるんだ。俺みたいな達人になれば特にな」


 師匠が不敵な笑いを浮かべた。
 檜村さんと顔を合わせると、檜村さんが肩をすくめる。ルーファさんと三田ケ谷は嬉しそうに何やら言葉を交わし合っていた。
 ……まあいいか。あまり深く聞いても余計なことを知るだけになりそうだし、便利なことはその結果だけ受け入れればいいという話かもしれない。


 その後。
 師匠はわざわざ訓練用の武器で使っている特殊素材であつらえた円弧剣で本当にルーファさんと立ち会っていた。
 ルーファさんの円弧剣は普通の剣術や槍とかとは全く違う剣術なわけで。一時間ほどの試合の後にたっぷりと感想戦までやって師匠はご満悦だった。
 ただ、師匠相手に一歩も引かないルーファさんを見て三田ケ谷がちょっと顔を引きつらせていたけど。





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