高校二年生、魔討士乙類7位、風使い。令和の街角に現れるダンジョンに挑む~例えば夕刻の竹下通りにダンジョンが現れる。そんな日常について~

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

本物の上位ランカー、現る。

 あの夜のやり取りから数日後。
 お願い、アニキ、愛してるよ、というセリフとともに絵麻が欲しいと言ったギアは今回はヘルメットと肘と膝の防具だった。
 まあそんなに高いものでもないからよかった。


 換金の手続きはこれまた魔討士の取り扱い窓口でしかできないことになっている。
 これは結構不自由で特別なカードで使えるようにするとか、何やら色んな改善案が出ているらしいけど。どうせ高校生は換金に制約があるから僕にはあまり関係がない。


 代々木で軽く体を動かして渋谷の魔討士の各種の手続き窓口で書類を書いていたところで……嫌な顔がいた。





「おやおや、こんなところで嫌な奴に会ったぜ。せっかくのいい気分が台無しだ」


 如月だ。前と変わらない嫌味な口調で書類を書いてる横に寄ってきた。
 後ろにいるのは彼のパーティのメンバーっぽいけど。また始まった、と言う顔で顔を見合わせている。
 嫌な奴に会った、というのはどっちかというと僕のセリフなんだけど。


「つーか、近寄るなよ」
「相変わらず敬語を知らねぇ奴だ……お前に近寄るなって話じゃなかったよな」


「この間の負けを忘れたのか?」
「実力差はあってもたまにはああいうこともある」


 言いながら如月が僕の手元の書類を覗いて、鼻で笑った。


「たったの3万か。稼げない奴は大変だな。俺はこれだぜ」


 そう言ってわざわざ財布を小さく開けると、ぎっしりとお札が詰め込まれてた。


「まあ、乙類のガキはこんな大金見たこともないだろ。お前なんかと一緒にいると玄絵も稼げなそうで大変だな、気の毒に」


 相変わらずイヤミな口調でイラっと来る。
 改めて見ると、着ている服もなんというか高そうな感だ。ブランドなんてよく知らないけど、討伐実績点であれだけ稼げてるなら確かに凄いとは思う。


「でもさ」
「ああん?」


「それだけ稼げても檜村さんに相手にされてないってことの方をどう思うわけ?」


 薄ら笑いを浮かべていた如月の顔が流石にこわばった。


「……端役の乙類がちょろちょろしてるんじゃねーよ」


 険悪な口調に変わって、如月が上から見下ろしてくる。
 今のは痛い所を突いたらしい。ざまみろだな。 


「調子に乗るんじゃねぇぞ、一山いくらの低ラン乙類が。一回のまぐれで上に立ったつもりか」


 ケンカとかの場慣れはまったくしていない、というか僕の人生で戦いと言えば魔討士になったあとのモンスターとの戦いくらいだけど。
 でも、ここで目を逸らしてはいけないことくらいは本能的に分かった。


「もう一度槍を叩き落として、あれがまぐれじゃないことを教えてやろうか」


 睨み返すと、如月が威圧するように顔を近づけてくる。


「おい、やめとけ、如月」
「君達、魔討士同士でのもめごとは……」


「ほーう、面白いことを言うのう」


 係官の人の静止の声にハスキーな声がかぶさった。





 カウンターの奥から現れたのは背の高い女の人だった。僕よりも高い。180センチはなさそうだけど。
 首あたりで切りそろえられた、たてがみのような無造作な黒髪が、鋭い眼光の顔を包んでいる。
 整っている顔立ちだけど、頬と額にはカギ裂きのような傷が走っていて、射るような目線とあいまってワイルドな雰囲気を醸し出していた。
 年はよくわからないけど……檜村さんよりは上、20台半ばって感じだろうか。 


 紺色のジャケットとパンツに白のシャツというシンプルな出で立ちで気楽に立っているだけなんだけど、道場に立つ師匠と同じ雰囲気を感じる。少なくとも学生じゃない。
 そして、なんとなくわかるんだけど、この人も乙類の人だ。 


「兄さん、乙類かい?ランクはいくつじゃ?」


 その人がワイルドな外見にいまいち合わない気さくな口調で聞いてくる。 
 聞き慣れないイントネーションだ。


「6位です」
「6位か。その若いのにやるのう。頑張りんさいよ」


 にっこりと笑うと、その人が如月の方に向き直る。


「で、乙類は一山いくらだの端役っちゅーとったの。本当にそう思っとるんかい、われ」
「ああ?なんだよお前、誰だか知らねぇけど口を挟むんじゃ……」 


 如月が言ったところでパーティの仲間らしき後ろの人が如月に耳打ちした。如月が口ごもってまじまじとその人を見る。
 女の人の方は余裕な顔で如月を見ていた。


「関東モンはあたしのことを知らんもんなんかの?」
「いえ……そういうことはないと思います」


 係官の人にその人が声を掛けて、係官の人が苦笑いする
 あったことはもちろんないけど、見覚えはある。多分ネットとかだと思うけど。暫く記憶を探って、思い当たった。
 でも……合っているとしたらなぜこんなところに?


「まさか……あなた、風鞍かぜくらゆい?」


 さん、をつけ忘れた。呼び捨てにしてからしまったと思ったけど。


「ほうじゃ、知っとるんか兄さん」


 風鞍さんが得意げに笑った。あまり気にしてないらしい。


「乙類2位……」


 そして、如月がヤベェって顔でつぶやいた。





 顔はうろ覚えだったけど、名前くらいは僕でも知っている。
 乙類屈指の継戦能力と乙類の枠を超えた火力を兼ね備えた、国内最強レベルの近接特化。確か武器は六角棒。
 呉の八階層まで伸びたダンジョンを制圧したニュースを何処かで見た。ドラゴンを二人で倒して、竜の討伐者の二つ名を持っている乙類。
 確か中国地方の人だったと思うけど、なんでここにいるんだろう。


「で。もう一度言ってみいや。乙は代わりがきく端役じゃったかの」
「いえ……あの……」


「あーん?なんじゃ?聞こえんぞ」
「あの……すみませんでした…………撤回します」


「ふん、そんなこと思っとらんかろうにの?」
「いえ……あの、本当に失礼しました」


 意地悪な口調で風鞍さんが言う。如月たちが頭を下げて、逃げるように窓口から出て行った。まあ何というか、流石に二位に物申すのは無理らしい。
 ざまあみろ、と思うけど……ちょっとだけ同情もする。まさかこんな人がいるなんてそりゃ思いもしないだろう。
 ドアの方を見ていた風鞍さんが僕の方を向いた。


「ところで兄さん、暇かの?」
「あ、えっと……はい」


 一応換金の手続きは済んだからもう今日はやることは無いけど。


「ええの。なら乙類同士、お茶でも飲まんかい」





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