高校二年生、魔討士乙類7位、風使い。令和の街角に現れるダンジョンに挑む~例えば夕刻の竹下通りにダンジョンが現れる。そんな日常について~

雪野宮竜胆/ユキミヤリンドウ

負けられない戦いなら勝つしかない

「あの時に檜村と一緒にいた乙類か」


 と言われて思い出した。あの新宿であった奴だ。今日は紺のジャージ姿で、あの時とは全然格好が違うから分からなかった。
 名前はなんていうんだっけ。直接話してないから覚えていない。
 ジャージにはテレビでよく見るブランドのマークがついていて、何となく高そうだ。


「如月桐弥様だ。甲の5位の実力者を知らねぇとは、物を知らないガキはこれだから困るぜ」


 僕が分からないのを察してくれたのか、わざわざ名乗りを上げてくれた。
 そういえばそういう名前だったな。檜村さんが言っていた気がする。


「で、今日は玄絵はどうした?」
「今日は僕だけだ」


 こいつと話すことなんてないんだけど。如月が不機嫌そうな顔になった。


「おい、俺は年上でランク上位だぞ。敬語はどうした?聞こえねぇぞ」
「そりゃ失礼」


 敬意を払ってない相手に敬語を使う必要はないと思う。
 如月がやれやれって顔で首を振った。


「まあいいだろ」


 そう言って如月がこっちをまた小ばかにしたような目で見下ろしてきた。
 身長で負けてるから見下されるのは仕方ないんだけど、何となくイラッと来る。


「ちょうどいい。おい、今から俺と一本勝負しろや」





「はあ?」


 僕にこいつと勝負する理由は無いんだけど。


「お前が負けたら、此処で電話しろ。パーティから離脱する、とな。弱っちい僕ではあなたを守れませんから、如月さんのパーティに入ってくださいって言え」
「なんだって?」


「お前みたいな弱い奴とつるんでいたらあいつが危ないだろ?4位と乙下位のザコじゃランク的にも釣り合わねぇしな」


 僕のことを無視するかのように如月が話を続ける。


「そうすればあいつは俺に頼らざるを得ない」


 確かに、檜村さんの詠唱は長い。魔法にもよるけど、20秒近いものもある。戦闘の間のこの時間は致命的で、一人で戦うのはかなり難しいと思う。
 あの人は魔討士として活動するなら絶対に誰かと組まなければいけない。 


「あいつみたいな丙類は俺たちがいないとなんの役にもたたねぇからな」


 如月が整った顔に嫌な笑みを浮かべた。
 檜村さんがこいつの誘いを断ったのか……話してるとよく分かる。
 あからさまな見下すような雰囲気。黙って立っていればモデル並みの美男子だと思うけど、この雰囲気が全部台無しにしている。


 甲の5位は確かに実力者と言っていいレベルではあるけど、こんな奴と一緒に戦いたい奴なんているのか?
 でも一応パーティは組んでるっぽいしな。どういう人と組んでいるのか逆の興味が出てくる。


「あの取りすましたやつが俺にどう頭を下げるか見ものだぜ」


 檜村さんがそうしている姿が一瞬頭に浮かんだ……あの人はそうするかもしれない。そうせざるを得なければするだろう。
 まあ仕方ないさ、といつもの口調でいいながら。


 でも……その場面は見たくない。そんなこともしてほしくない。
 受けなきゃいけない理由は全くなかった……無視しようかと思ったけど、でも気が変わった。


「いいよ、受けてやる」
「ほう」


「そのかわり、僕が勝ったら檜村さんに近寄るな。二度と」


 甲類は遠近のどちらでも戦える、いわゆる魔法剣士的な能力が多い。でも今回はそういう能力なしの武器だけの勝負だ。それなら勝ち目はある。
 師匠が感心したように僕を見て、如月が僕を見てバカにしたような顔をした。


「乙の7位ごときが生意気抜かすじゃねぇか」
「一応訂正しておくけど、6位だ」


 如月が鼻で笑って休憩室を出て行った。負けられない。





 練武場にもう一度移動した。
 緑の畳の上に立って袴のひもを締め直す。模擬刀を取って軽く素振りした。疲れとかは残ってない。


「上のランクに対して中々言うな」
「向かい合ってしまえばランクは関係ないでしょ」


「まあそりゃそうだが……お前は案外気が強いんだな」


 師匠があきれたような意外そうな感じで言って、如月の方に視線をやった。


「だが注意しろ。感じのいい奴じゃないが、弱くは無いぞ」
「でしょうね」


 檜村さんがあの時言っていた。強い、と。
 あの人は如月のことが嫌いだろうけど、その辺の評価は違ったことは言わないと思う。


 ジャージ姿の如月が壁に掛けられた槍を持った。槍使いか。
 槍は十字槍とか言われるゲームでよく見るような枝刃のあるタイプだ。長身の如月のさらに頭の上に穂先がある。3メートルは流石になさそうだけど間合いでは負けている。


「オラ、さっさとしろや」


 如月が威嚇でもしたいのか、大仰に槍を振り回した。
 風切り音がして槍が旋回する。慣れた手つきだ。石突きを畳を突いて鈍い音が響いた。


「なあ、片岡。お前はその女が大事か?」


 師匠が聞いてくる。その眼はかなり真剣だった。


「……ええ」
「なら負けるな、簡単だろ」


 そう言って師匠が離れて行った。
 あまりに単純すぎるというか、もう少しアドバイスはないのか、と思ったけど。
 でも言われてみれば勝負は結局のところ向かい合えば自分の力しか頼れないし、勝つか負けるかしかない。
 負けて檜村さんがあいつに頭を下げるのを見たくないなら負けられない、つまり勝つしかない。





「おい、一応聞いておくがな」


 柔道場より広い20メートル四方の畳敷きの試合場。
 その開始線につこうとしたところで、小声で如月が僕に声を掛けてきた。


「何か?」
「お前、あいつと寝てねぇだろうな?」


 如月が嫌な、というか厭らしい笑みを浮かべた。どういう意味かと考えたけど……なにが言いたいのかが分かった。
 にらみつけると、如月が余裕な顔をして大げさにため息をつく。


「いやー安心したぜ。お前なんかに先を越されちゃかなわねぇ。あいつはガキには勿体ねぇからな」
「この……ゲス野郎」


 くたばれ、と言おうとしたところで、不意に手を叩く音がした。
 師匠だ。色で仕切られた畳の場外線の外でこっちを見ている。僕を見て、それから如月を見た。


「双方準備はいいな」


「……はい」
「軽くひねりつぶしてやるぜ」


 如月が槍を担ぐように縦にして構えた。
 師匠が意味ありげに僕を見る。何を言いたいのかはなんとなく伝わってきた。
 さっきのが挑発だったのかなんなのか分からないけど。熱くなった頭から熱を逃がすイメージで深呼吸する。刀を正眼に構えた。


 いつも通りにかかとをかるく浮かせて力を抜いて、息を吸い込んで止める。
 如月の顔から笑みが消えて真剣な表情になった。糸を張ったように空気が引き締まる。


「始めぃ!!」





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