高校二年生、魔討士乙類7位、風使い。令和の街角に現れるダンジョンに挑む~例えば夕刻の竹下通りにダンジョンが現れる。そんな日常について~
強くなるためのモチベーション
前から切りかかってきた人の刀を横なぎに払いのけた。手ごたえが手のひらに伝わってくる。
体制が崩れたのを確認したかったけど、その暇はない。
右後方からもう一人来ている……のが最近ようやく感覚で分かるようになった。
振り返りざまに刀を薙ぎ払う。後ろから振り下ろされた刀と僕の刀がぶつかり合った。
多数を相手取る時は足を止めるな、という師匠の怒鳴り声が聞こえた気がした。つばぜり合いになってはいけない。
足を踏ん張って刀を押し込みながら、がら空きの鳩尾に前蹴りを放つ。目の前の男がよろめいてしりもちをついた。
まだ終わっていない。半身になって両方の動きに目配りする。
一人目が刀を構え直したところだった。もう一人はしりもちから立ち上がろうとする。一人目に切っ先を向けて牽制し、もう一人に打ちかかろうとしたところで。
「よし、そこまで」
師匠の声がかかった。刀を構えていた一人目が刀を下ろして息を吐く。僕も刀を下ろした。
刀、といっても刀身を特殊な素材で形成した模擬刀で殺傷能力は無い。ただ、重量感はあるから打たれたらそれなりに痛いんだけど。
「ありがとうございます」
「なんか……随分気合入っていたね」
しりもちをついた二人目の人の手を取って引き起こすと、ちょっと感心したように言われた。
あまりそんなつもりはなかったんだけど……そうかもしれないな。
★
今日は休日返上で東京都魔討士訓練所に来ている。
ここは外苑前に新しく建てられた都営の訓練施設だ。
3階建てで、広めの武道場やトレーニング施設や、人工的に魔素を展開させて魔法を試す場所まで備えた、魔討士の専用施設になっている。
当たり前なんだけど、魔討士の殆どは元々は単なる一般人で、戦いの専門家なんてものは皆無だ。なので、こんな感じの訓練施設が各地に用意されていていつでも使えるようになっている。
武器が刀になってから、ここでかなり剣の稽古をした。
ダンジョンのモンスターは大きさもまちまちなうえに集団戦になることも多いから、一対一の剣道だと対処しきれないってことが結構ある。
古武術や剣術、陰陽道などの廃れて消えていきそうだった技の使い手に脚光が当たって、その人たちがこの訓練施設に師範として招かれている。
今日も集団戦というか2対1での訓練だったけど、集中できていたと思う。
「なにかあったようだな」
冷たい水を飲むと体の熱が少し下がる気がする。汗を拭いていたら師匠が声を掛けてきた。
長野の古流剣術の継承者、筝天院籐司朗さん。
しわが刻まれた厳つい顔に厳つい体つき。僕より頭一つ高い鍛えた体を剣道の道着と袴で固めていて、サムライっぽい雰囲気を醸しだしている。
白いものがまざって灰色っぽくなった髭と無造作に束ねられた長い髪は年相応な感じなんだけど、話し方も戦いも60歳を超えた年を全然感じさせないし、実際に戦うとまったく歯が立たない。
最初は向かい合うだけで圧力で竦み上がるほどだったけど、何度ものダンジョンでの戦闘を経て、最近はようやくまともに切り合えるようになってきた。
「強くなりたい理由でもできたんだろう?」
「……そうかもしれないですね」
「金……と言うタイプではないな、お前は。女だな」
ズバッと言われて、檜村さんの顔が思い浮かんだ。
この間のやり取りでなんとなく改めて頑張らないとって思ったのは確かだ。
それに、あの人と共に戦うなら、そして簡単にパーティのメンバーを増やせないなら僕が強くなるしかない。
「まあ……そうかもしれないです」
ごまかそうとしたけど、なんとなくこの人には嘘はつきにくいというか、見抜かれてしまう感じはある。
師匠が楽し気な顔でにやりと笑った。
「それでいい。人は何かのために強くなる。そしてその目指すものは具体的であればあるほどいい。金、名声、地位、愛する相手」
剣豪とか武芸者というとなんか人格者なイメージがあったけど、この人はあんまりそう言う感じではない。
達人なのは間違いなくて、真剣勝負なら100回やっても全部負けると思うし、僕が3人で切りかかっても勝てるか怪しいレベルだ。
ただ、酒好きで口が悪く金のためにここに来たと言って憚らない。一度だけ、自分の技を継いでくれる奴がいるのは嬉しい、と言っていた覚えがあるけど。
関西の施設の方から好条件で引き抜きがあったらしいけど、それを餌にして都との契約を有利にしたとか聞いてはいる。
豪快な剣術とは裏腹になんとも抜け目ない人だ。
それでもこういう風に相対すると、なんというか経験値の違いを感じる。
年の差だけではなくて、積み上げてきたものの重み、とでもいうんだろうか。
「剣の道、とか言わないんですか?」
「そんな曖昧なもののために強くなれる奴はいない」
きっぱりと師匠が断言する。それでいいのか。
「歴代の剣豪だってな、仕官していい暮らしがしたいとか、名声を得たいとか、そういうもののために戦ったやつの方が多いぞ」
そういうものか。
でも、そう言われるとなんというかロマンが壊れるな。
「例えば……お前が何千万の契約を取れるような魔討士になったとしようか」
ヨーロッパの方では、企業と契約して戦う魔討士、むこうでは聖堂騎士と言うらしいけど、そういうのがいる。
日本ではまだそういう人はいない。ただ、伊勢田蔵人さんの動画チャンネルにはスポンサーがついている。
そこまで派手ではなくても、いずれは企業と契約して戦うようなプロの魔討士とかも現れるかもしれない。
「全然想像つきませんよ」
「いいから想像しろ。その時は誰もがお前の強さを認めているだろう」
そう言って師匠が続ける。
「お前が好きな女がいてそいつに認められたいなら、修行を積め。その女がお前の方を向いたときにはすでにお前は強くなっているさ」
成程ね。何かのために戦っていれば自然と強くなるっていう理屈なのか。
「でも乙類じゃあ」
「まだそんなことを言っているのか、お前は」
あきれたような口調で師匠が首を振る。
「戦場で最後まで生き残るのはな、戦い続けられる奴だ。矢が尽きたら刀で、刀が折れたら拳で。
魔力とやらを使い切ったら動けなくなるやつは重大な弱点を抱えている。お前は自分の武器が刀であることに感謝すべきだぞ」
自分が刀を使うからというのもあるけど、この人は乙類贔屓だ。
「俺に魔力とやらがあればな」
師匠が残念そうに言う。
この人には魔素を活用する資質は無い。これは本当の残念なようで、自分の実力を試す機会と金が欲しいと口癖のように言っている。
まあ、この人は普通の刀でも結構戦えそうではあるけど。
「おい、お前」
水をもう一口、口に含んだところでドアの方から呼ぶ声がした。
声をかけらえた方を向くと、休憩室の入り口で背の高い大学生くらいの男が僕を見下ろしていた。
体制が崩れたのを確認したかったけど、その暇はない。
右後方からもう一人来ている……のが最近ようやく感覚で分かるようになった。
振り返りざまに刀を薙ぎ払う。後ろから振り下ろされた刀と僕の刀がぶつかり合った。
多数を相手取る時は足を止めるな、という師匠の怒鳴り声が聞こえた気がした。つばぜり合いになってはいけない。
足を踏ん張って刀を押し込みながら、がら空きの鳩尾に前蹴りを放つ。目の前の男がよろめいてしりもちをついた。
まだ終わっていない。半身になって両方の動きに目配りする。
一人目が刀を構え直したところだった。もう一人はしりもちから立ち上がろうとする。一人目に切っ先を向けて牽制し、もう一人に打ちかかろうとしたところで。
「よし、そこまで」
師匠の声がかかった。刀を構えていた一人目が刀を下ろして息を吐く。僕も刀を下ろした。
刀、といっても刀身を特殊な素材で形成した模擬刀で殺傷能力は無い。ただ、重量感はあるから打たれたらそれなりに痛いんだけど。
「ありがとうございます」
「なんか……随分気合入っていたね」
しりもちをついた二人目の人の手を取って引き起こすと、ちょっと感心したように言われた。
あまりそんなつもりはなかったんだけど……そうかもしれないな。
★
今日は休日返上で東京都魔討士訓練所に来ている。
ここは外苑前に新しく建てられた都営の訓練施設だ。
3階建てで、広めの武道場やトレーニング施設や、人工的に魔素を展開させて魔法を試す場所まで備えた、魔討士の専用施設になっている。
当たり前なんだけど、魔討士の殆どは元々は単なる一般人で、戦いの専門家なんてものは皆無だ。なので、こんな感じの訓練施設が各地に用意されていていつでも使えるようになっている。
武器が刀になってから、ここでかなり剣の稽古をした。
ダンジョンのモンスターは大きさもまちまちなうえに集団戦になることも多いから、一対一の剣道だと対処しきれないってことが結構ある。
古武術や剣術、陰陽道などの廃れて消えていきそうだった技の使い手に脚光が当たって、その人たちがこの訓練施設に師範として招かれている。
今日も集団戦というか2対1での訓練だったけど、集中できていたと思う。
「なにかあったようだな」
冷たい水を飲むと体の熱が少し下がる気がする。汗を拭いていたら師匠が声を掛けてきた。
長野の古流剣術の継承者、筝天院籐司朗さん。
しわが刻まれた厳つい顔に厳つい体つき。僕より頭一つ高い鍛えた体を剣道の道着と袴で固めていて、サムライっぽい雰囲気を醸しだしている。
白いものがまざって灰色っぽくなった髭と無造作に束ねられた長い髪は年相応な感じなんだけど、話し方も戦いも60歳を超えた年を全然感じさせないし、実際に戦うとまったく歯が立たない。
最初は向かい合うだけで圧力で竦み上がるほどだったけど、何度ものダンジョンでの戦闘を経て、最近はようやくまともに切り合えるようになってきた。
「強くなりたい理由でもできたんだろう?」
「……そうかもしれないですね」
「金……と言うタイプではないな、お前は。女だな」
ズバッと言われて、檜村さんの顔が思い浮かんだ。
この間のやり取りでなんとなく改めて頑張らないとって思ったのは確かだ。
それに、あの人と共に戦うなら、そして簡単にパーティのメンバーを増やせないなら僕が強くなるしかない。
「まあ……そうかもしれないです」
ごまかそうとしたけど、なんとなくこの人には嘘はつきにくいというか、見抜かれてしまう感じはある。
師匠が楽し気な顔でにやりと笑った。
「それでいい。人は何かのために強くなる。そしてその目指すものは具体的であればあるほどいい。金、名声、地位、愛する相手」
剣豪とか武芸者というとなんか人格者なイメージがあったけど、この人はあんまりそう言う感じではない。
達人なのは間違いなくて、真剣勝負なら100回やっても全部負けると思うし、僕が3人で切りかかっても勝てるか怪しいレベルだ。
ただ、酒好きで口が悪く金のためにここに来たと言って憚らない。一度だけ、自分の技を継いでくれる奴がいるのは嬉しい、と言っていた覚えがあるけど。
関西の施設の方から好条件で引き抜きがあったらしいけど、それを餌にして都との契約を有利にしたとか聞いてはいる。
豪快な剣術とは裏腹になんとも抜け目ない人だ。
それでもこういう風に相対すると、なんというか経験値の違いを感じる。
年の差だけではなくて、積み上げてきたものの重み、とでもいうんだろうか。
「剣の道、とか言わないんですか?」
「そんな曖昧なもののために強くなれる奴はいない」
きっぱりと師匠が断言する。それでいいのか。
「歴代の剣豪だってな、仕官していい暮らしがしたいとか、名声を得たいとか、そういうもののために戦ったやつの方が多いぞ」
そういうものか。
でも、そう言われるとなんというかロマンが壊れるな。
「例えば……お前が何千万の契約を取れるような魔討士になったとしようか」
ヨーロッパの方では、企業と契約して戦う魔討士、むこうでは聖堂騎士と言うらしいけど、そういうのがいる。
日本ではまだそういう人はいない。ただ、伊勢田蔵人さんの動画チャンネルにはスポンサーがついている。
そこまで派手ではなくても、いずれは企業と契約して戦うようなプロの魔討士とかも現れるかもしれない。
「全然想像つきませんよ」
「いいから想像しろ。その時は誰もがお前の強さを認めているだろう」
そう言って師匠が続ける。
「お前が好きな女がいてそいつに認められたいなら、修行を積め。その女がお前の方を向いたときにはすでにお前は強くなっているさ」
成程ね。何かのために戦っていれば自然と強くなるっていう理屈なのか。
「でも乙類じゃあ」
「まだそんなことを言っているのか、お前は」
あきれたような口調で師匠が首を振る。
「戦場で最後まで生き残るのはな、戦い続けられる奴だ。矢が尽きたら刀で、刀が折れたら拳で。
魔力とやらを使い切ったら動けなくなるやつは重大な弱点を抱えている。お前は自分の武器が刀であることに感謝すべきだぞ」
自分が刀を使うからというのもあるけど、この人は乙類贔屓だ。
「俺に魔力とやらがあればな」
師匠が残念そうに言う。
この人には魔素を活用する資質は無い。これは本当の残念なようで、自分の実力を試す機会と金が欲しいと口癖のように言っている。
まあ、この人は普通の刀でも結構戦えそうではあるけど。
「おい、お前」
水をもう一口、口に含んだところでドアの方から呼ぶ声がした。
声をかけらえた方を向くと、休憩室の入り口で背の高い大学生くらいの男が僕を見下ろしていた。
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