第89話：地方発展

　皇紀２２２３年・王歴２２７年・冬・キンロス地方

「エレンバラ侯爵閣下、ありがとうございます、お陰様で民の生活が楽になります」

「なあに、この程度の事は些細な事だ。
　貴君らが忠誠を誓ってくれる限り、時間と魔力の許す範囲の手助けをしよう」

　本格的な雪が降り出す前に、支配下に置いた四つの地方を再建する事にした。
　どの地方も、長年の内戦、特にアザエル教団の破壊と略奪で荒廃していた。
　本来農作業に使うべき鉄が全て武器や防具に加工されただけでなく、農繁期も関係なく戦いに駆り立てられたのだ。
　そして多くの民が死に、放棄され荒地に戻ってしまう農地が激増していた。
　ざっと目算しただけだが、俺が魔力で支援しなくても、今まで兵士の動員されていた民を普通に農業させるだけで、収穫量を今の三倍にはできると思う。

　だが、激減した民が今直ぐできる事など限られている。
　そもそも俺が穀物を促成栽培しなければ、民を一年間喰わせる食糧すらなかった。
　農業が安定するまでは、できるだけ人手も労力を使わずに商品を生産するのが理想だが、俺が思いつく方法などとても限られている。
　その一つが俺が魔力を使って岩と樹木で創り出した、枝条架の流下式塩田だ。
　元になる海水は牛や馬を使って枝条架の上部に汲み上げる。

　もう一つ俺が取り入れたのが、機織りの飛び杼だった。
　飛び杼を取り入れる事で、今まで二人で行わなければいけなかった機織りが、一人で行えるようになった。
　単純考えて、反物を今迄の倍量生産できるようになったのだ。
　だが今まで導入してきた領地での実績を考えれば、一人で三倍の反物を作れる。
　だが、機織りをする人間の負担はとても大きくなるが、企業が職人を雇ってやらせるのでは民への負担になるが、家内工業なら民の収入増になる。
　
　最後に魔力で創り出したのは、岩と樹木を活用した水車だ。
　水車があれば、今まで重労働でやれなかった製粉が楽にできる。
　民は労力の問題で大麦を粥にして食べるしかなかったのが、水車があれば労力を使わずに製粉できるから、麦をパンや麺にして食べる事ができるようになる。
　今まで貴族や騎士、金持ちしか食べる事ができなかったパンや麵を、庶民が食べられるようにする事は画期的であり、俺の支配下に入れば豊かに暮らせる象徴だった。

「有り難き幸せでございます。
　この命尽きるまで、侯爵閣下に忠誠を誓わせていただきます」

「「「「「侯爵閣下の忠誠を誓わせていただきます」」」」」

　俺は自分がやるべき事を終えたので、後は好きにさせてもらう事にした。
　これまで何度も四地方の魔境で狩りをしてきたが、今まで俺が狩りを行ってきた魔境とは全く違う魔獣や魔蟲がいたし、魔草や魔樹も新種があった。
　できるだけ多くの新種を魔境で採取して、魔境外で活用できないか実験しなければいけない。

　今までは、魔境の素材を使って多くの回復薬と快復薬を作り出したが、中には素材収集の難しい回復薬や快復薬があった。
　この地方で簡単に採取できる素材で代用できる物があれば、この地方の特産品になるし、効果の高い回復薬や快復薬を安価に民が利用できるようになる。
　理想としては、魔境内の有用な魔草や魔樹を魔境外で育てられるようになる事だが、流石にそれは欲張りすぎだろう。