寝取られ令嬢は英雄を愛でることにした

早瀬黒絵

結婚式準備(4)

 





 結婚式までもう後二ヶ月を切った。

 お式の方は教会側が王族や貴族、他国の大使が来ても恥ずかしくないように飾ってくれる。

 英雄の結婚式だからと張り切っているようだ。

 わたし達がやるべきなのは、その後のパーティーの準備である。

 最終確認のためにお母様とライリーとオーウェルの四人で顔を付き合わせている。



「お花の注文は出来てるわ。納品も前日に十分間に合うそうよ」

「料理人と使用人はベントリー伯爵家わがやから出すから人数は確保出来るもの。料理に使われる材料とお酒はどう?」

「食材に関しましては問題なく納入出来ると連絡が来ております。酒類も既に必要数を購入して地下の貯蔵庫に用意してございます」

「見る限り、金銭面での問題もなさそうだな。前日の飾り付けにもベントリー家の使用人をお貸しいただけるのですよね?」

「ええ、もちろん。私も手伝いに参りますわ」

「お母様が来てくださるなら心強いわ」



 そんな風に必要なものの最終確認をして、不備や間違いがないか互いに確かめ合う。

 一生に一度の大切な日だもの。

 失敗や抜けのないようにしたいわ。

 ちなみに領地から出て来られた方の中で、王都にタウンハウスを持たない方々にはこちらが泊まる宿を手配しなければならない。

 結婚式の一週間前くらいになると、手配した貴族用の高級宿は一杯になるだろう。

 宿泊料は個人持ちだ。

 さすがに全員の宿賃を支払うのはウィンターズ騎士爵家では難しいし、全く関わりのない人も多いので、そこまでする必要はないだろうということだった。

 結婚式の前に会いに来ようとする貴族もいるだろうけれど、それも全てお断りすると決めてある。

 何せ準備で大忙しなのだ。

 そんな時に来られても困る。



「本当にそのような方々がいらっしゃるのかしら?」



 結婚式の前が忙しいことくらい分かるだろう。



「式では招待客として顔を見ることは出来るが、話す機会はほぼないからな。その後のパーティーに呼ばれない者は、何とか王都にいる間に縁を繋ごうと躍起になるぞ」

「でも忙しい時に来たところで相手の心象が悪くなるとは考えないの?」

「それが分かる者は来ないさ。分からないか、自分の欲を優先させたがる者が来る。部下の結婚式でもそうだったらしい。近衛騎士と繋がりが持てればもしかしたら王族とも繋がりが出来るかも、と新婦の遠戚に連日突撃されて困ったそうだ」

「それは大変だったでしょうね……」



 わたし達は絶対にお断りしよう。

 あれこれと話し合い、きちんと準備が整っていることが分かると何となく全員がホッとした表情になる。

 これなら大丈夫だと安心出来た。

 テーブルの上に出していた書類達を片付けていると、部屋の扉が叩かれた。



「入れ」



 ライリーの声に一拍置いて扉が開く。

 そこにはメイドがおり、大きな包みを二つ抱えていた。



「旦那様とお嬢様宛てに祝いの品が届いております」

「御苦労」



 それをオーウェルが受け取り、ライリーへ渡す。

 メイドは一礼すると下がっていった。

 ライリーは二つの大きな四角い包みを見て、それぞれのリボンに挟んである封筒に気付くと、それを引き抜いた。

 手紙は二通あった。



「ああ、シュナイヒ殿とアルブレド殿からだな」



 シュナイヒ、様?

 ……あ、元宰相ね。

 ずっと宰相宰相って呼んでいたから一瞬誰のことか分からなかったわ。



「あら、あのお二人から?」



 思わずライリーに歩み寄り、その後ろから肩越しにライリーの手元を覗き込む。

 手紙を開けたライリーが内容を読む。

 わたしが見やすいように少しだけ横に手紙をズラしてくれて、一緒になって読んだ。

 時季の挨拶から始まり、シェルジュ王国での任務の感謝と謝罪、そして結婚に対する祝いの言葉が綴られていた。

 今回の贈り物は結婚祝いだそうだ。

 どちらも似たような内容ではあったが、元宰相の手紙の方は娘が結婚したので早く孫の顔が見たいといったぼやきも含まれていた。

 わたし達がシェルジュ国を出る時に娘を自国の貴族と結婚させると言っていたが、もう結婚したとしたら、かなり早い。

 婚約を飛ばして結婚したとしか思えない。

 しかし手紙を読む限り、娘の結婚相手に不満はないらしい。むしろ結婚しても近くに住んでいるから、いつでも顔を見ることが出来て、安心しているそうだ。

 ライリーもわたしも笑ってしまった。

 元宰相って本当に親ばかね。

 アルブレド様は自領に戻り、領主である兄の下で働いているらしい。

 忙しい日々だが充実しているそうだ。



「アルブレド様は御結婚なさらないのね」



 わたしが疑問に思っているとライリーが苦笑した。



「するしないは人それぞれだろう。長男の領主が結婚しているなら、次男のアルブレド殿は無理に結婚する理由もない」

「それもそうですわね。アルブレド様が『この人なら』と思える相手でなければ意味がありませんしね」



 ライリーは何故か、やはり苦笑を浮かべたまま曖昧に頷いた。

 それよりも、とライリーが届いた包みを開けた。

 綺麗な化粧箱には色とりどりの宝石が納められていた。しかも、どれもなかなかに大きく、粒が揃っている。

 箱は三段になっていて、どの段にも美しい宝石がいくつも鎮座していた。

 元宰相もアルブレド様も恐らく互いに相談して決めたのだろう。

 どちらも宝石を送って来たが、どちらも上手い具合に宝石の色や形がかぶらないようになっていた。



「まあ、どれも素敵ね……」



 見惚れていると、お母様もうっとりと宝石を眺める。

 手紙には売るなり手元に残すなり、好きにして欲しいと書かれていた。



「どれも美しいが普段使いにするには少々大き過ぎる」



 ライリーの言葉にお母様が言う。



「パーティー用の装飾品としてお使いになられたらいかが?」

「それは……」



 ライリーは一瞬言い澱んだものの続けた。



「出来ればエディスが身につけるものは私が贈ったものだけにして欲しいんです。他の男性からもらった物を身につけて欲しくない。……そう思うのは我が儘でしょうか?」



 照れた様子で言うライリーにお母様が頬を染めた。



「あらあら、まあまあ!」



 わたしとライリーを交互に見て、微笑ましそうな顔をするお母様に、わたしまで少し気恥ずかしくなった。

 それほど独占欲を持たれているだなんて。

 でもとっても嬉しいわ。



「そうね、わたしも身につけるならライリーからもらったものがいいわ」



 だってわたしはライリーの妻になるのですもの。

 わたしが拒否しなかったからか、ライリーが安堵した様子でこちらを見上げてくる。

 その頬に口付ければ嬉しそうに金色の瞳が細められた。



「ではこちらの宝石はどうされますか?」



 身につけないとなると、この宝石は眠らせてしまうことになる。

 売っても良いとは書かれていたが、これらを売るほどお金には困っていないし、いただいたものをすぐ換金するのも気持ち的にちょっと嫌な感じがする。

 うーん、と考えてみる。

 ……好きにしていいのよね?

 見たところ、宝石はどれも素晴らしい品で、恐らくシェルジュ国でも最高級のものばかりを選んだのだろう。



「ねえ、これをコサージュに出来ないかしら? こう、フリルのお花の中心に宝石を飾るの。それを招待客に好きな物を選んで胸元につけてもらうのよ。出席してくださったお礼と記念品を兼ねて、そのまま持って帰っていただくのはどう?」



 この美しさと大きさならば王族や公爵家などにとっては普段使いにも使えるし、それ以下の貴族ならばパーティーなどにつけていける。

 これならば眠らせることもないし、売ることもないし、わたし達の結婚の記念品としてずっと形に残る。

 お母様が目を輝かせる。



「コサージュにするのは斬新ね。これくらい大きいとネックレスや指輪にするのが一般的だけれど、コサージュにすれば記念品として飾っておくことも出来るわ!」



 ライリーが考えるように小首を傾げた。



「頂き物をまた配るのか……」

「違うわ。幸せのお裾分けよ。わたし達を祝福してくださる方々にも幸運なことがありますようにとお返しをするだけよ」

「……それなら大丈夫かもしれないな」



 うん、とライリーが納得した風に頷く。

 これなら宝石が無駄にならないわ。



「コサージュ専門に作ってるお店を知ってるわ。そこから何人かお針子を借りて来ましょう」

「お願いします、お母様」



 お母様はにっこり微笑むとライリーに挨拶をして、部屋を出て行った。

 それを見送り、ライリーの肩に触れる。



「わたしもお礼の手紙をお二人に書かなければいけませんわね」



 何に使うのか書いて、沢山お礼も書きましょう。

 ライリーがまた苦笑した。



「そうだな。……アルブレド殿は少々がっかりされるかもしれないが」

「それはどういうことですの?」

「すまない、こればかりは俺の口からは言えないというか、言いたくないんだ」



 先ほどからライリーはアルブレド様の話になると苦笑してばかりいる。

 しかしわたしが聞き返してもライリーはただ困ったように微笑むだけで、理由を教えてはくれなかった。

 でもライリーが言いたくないことを無理に聞き出すのも嫌ね。

 疑問は残るが、そのうち知る機会もあるだろう。

 何よりライリーが嫌がることはしたくないわ。



「そうだ、両陛下と王太子夫妻にもコサージュを贈ろう。式の後のパーティーにも来たがっていらしたから」

「それは良い考えね」



 喜んでいただけるといいわね。

 両陛下と王太子御夫妻にはこの中からとびきり素晴らしいものを選んで、豪奢なコサージュを作ってもらおう。

 きっと素晴らしいコサージュが出来上がるだろう。

 考えただけで楽しくなって来た。



「コサージュをつけた招待客がいるだけでも華やかなパーティーになりそうだ」

「ええ、素敵なパーティーにしましょうね」

「ああ、俺達の大切な日だからな」



 もう一度ライリーの頬に口付ける。

 そうすると「元気が出た」と言って残っている書類に向かい、ライリーはそれに視線を落とす。

 未来の旦那様は今日も格好良い。






* * * * *






 シェルジュ王国東部。

 王都よりやや離れた場所であり、隣国と接した位置にアルブレド侯爵領はあった。

 その領主の館の一室、領主の執務室に、ノイマン=アルブレドはいた。

 仕事を次の者に任せた彼は、マスグレイヴ王国の騎士団が帰国すると早々に王都から自領に帰った。

 そして兄である領主に一文官として仕えている。

 元々、使者の仕事は別の者に任せて自領に戻るつもりではあったが、予定よりは少し早かった。

 だがおかげで国の中枢にあった膿も切り捨てられたため、王都を離れることに未練はない。

 そこは計画通りになった。



「はあ……」




 瞼の裏に浮かんだ姿に思わず溜め息が漏れる。

 すると書類を読んでいた兄が顔を上げた。



「どうした? 何か気になることでもあったのか?」



 その問いかけに首を振る。



「いえ、書類に不備はありません」

「そうか。だがお前が溜め息なんて珍しいな。やはり王都で暮らしていた方が良かったんじゃないか? 優秀なお前が来てくれたのには正直助かっているが……」



 兄の申し訳なさそうな顔にノイマンは笑った。



「そんなことありませんよ。国のために出来ることはもうしました。だからこれからは自領のために尽力すると決めたんです」



 ノイマンは昔から自領のために働きたいと願っていた。

 だから兄を補佐出来る文官の道へ進んだのだ。

 本音を言えば、使節団に選ばれたことすら驚きだった。それまでは元宰相シュナイヒの補佐役の一人に過ぎなかったからだ。

 王都でそれなりの経験を積んだら自領へ戻る。

 そう考えていたノイマンに、今回の一件を持ちかけたのはシュナイヒだった。

 どうせ自領へ戻るならば国のために何かして戻るのも悪くないと思った。

 けれども、使節団としてマスグレイヴ王国に行き、彼の国の騎士達と共に帰国する道中。

 ノイマンはその女性に目を奪われてしまった。

 艶のある絹のようなプラチナブロンドに雪のような白い肌、髪と同じ色の睫毛に縁取られた美しい菫色の瞳。すらりと手足は長く、背はやや高いが細身のせいかとても華奢で、儚げな容貌をした美しい女性だった。控えめな化粧がむしろ好ましかった。

 一目で惹かれてしまった。

 しかし同時に自分の想いは叶わぬものだった。

 何故なら彼女は英雄の婚約者だったのだ。



「じゃあ何の溜め息だ? まさか気になる相手が出来たとか?」



 からかい半分に聞かれてとっさに何も返せなかった。

 そんなノイマンに兄も目を丸くした。



「え、本当に? 今まで結婚に興味のなかったお前が? 相手はどこの誰だ?」



 矢継ぎ早に聞かれてノイマンは苦く笑う。



「私の想いは叶わぬものです。その相手と結婚することは出来ません」

「侯爵家の次男なら大抵の身分の者とも釣り合うと思うが……。まさか王女殿下に……?」

「違います。不敬ですよ」



 変な勘違いをし始めた兄に即座に否定する。

 そうしてもう一度息を吐き、ぼそぼそと告げた。



「私が想いを寄せてしまったのは、エディス=ベントリー伯爵令嬢です」



 兄が小首を傾げる。



「ベントリー? 聞かない名だ、な……」



 言いかけて、ハッと何かに気付いたような顔をして、兄はノイマンにガバリと顔を向けた。

 その顔には驚愕の色が浮かんでいた。



「って、まさかマスグレイヴ王国のベントリー伯爵令嬢か?! あの英雄ライリー=ウィンターズ殿の婚約者の!!」

「……ええ、その彼女です」

「お前、それは、確かに叶わないな……」



 兄もあの夜会に出席していた一人だ。

 エルミーシャ王女殿下と歓談していたウィンターズ殿とベントリー伯爵令嬢の仲睦まじさは、我が国でもしばらくの間、話題に上がったほどだ。

 結婚前からあれほど仲睦まじいのは珍しい。

 どう見ても間に割り込む余地などないし、無理やり奪おうとすれば英雄を、マスグレイヴ王国を敵に回すようなものだ。

 思わず立ち上がっていた兄が椅子に腰を下ろす。



「まあ、物凄い美人だったからな」

「……お二人はもうすぐ結婚式を挙げます。それを邪魔するつもりは欠片もありません。だからどうか、このことは内密にお願いします」

「分かってる。墓まで持って行くと約束する」



 せめてもと祝いの品として自領で採掘される宝石を、シュナイヒと共に相談して贈った。

 だが、それをベントリー伯爵令嬢が身につけることはないだろう。

 婚約者であるウィンターズ殿にはこの想いを気付かれてしまっているから、よほどベントリー伯爵令嬢が宝石を気に入らない限りはつけさせないと思う。

 自分がその立場であったなら許さない。

 ……どうか、お幸せに。

 叶わぬ想いに蓋をしてノイマンはそう願った。

 兄もそれ以上聞くことはなかった。





* * * * *

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