見上げる月夜の照らす者

八つの蜜

32.第参拾弐話 助ける力


巳津さんの声が聞こえる。

「弟を助けてやってほしい」と…

俺はハッとし目が覚める。嫌な予感、それと巳津さんから聞いた最後の言葉が俺を突き動かす。

足早に家を飛び出し診療所へと向かう。なぜ診療所なのか、それは分からない。でも向かわないと後悔すると思った。

診療所に近づくにつれ二つの妖力のぶつかり合う気配がする。一つは響也さんの妖力、もう一つは今日、森で感じた物と酷似していた。診療所へと向かう道、林に差し掛かると響也が数メートル先に落下した。

「響也さん!!」

響也さんが飛んできた方角からは黒い鬼がのそのそと歩みを寄せてきている。
急いで響也さんの肩を抱きその場を離れる。

『居ねぇじゃねえか…』

残る血痕を頼りに黒鬼は歩く。

(やばいやばいやばい)

視界に入った瞬間勝てない事は分かった。あの黒鬼、今日見たやつより強い。それよりも響也さんが重症だ。

(右腕が…)

「あれ?おはよう、凪くん。元気?」

「響也さん!」

(良かった、意識が戻った)

「響也さん無事ですか!?」

再び声をかける。響也さんはニコッと笑う。

「いや〜しくじったね。まさかここまで強いとは思ってなかった、計算違いだね」

はっはっはと高らかに笑う響也さんは少し顔を曇らせる。空元気…再び黒鬼の方を振り返る。
状況は好ましくない。俺よりも強い響也さんが右腕を含む重症、どうやってあの黒鬼を倒すのか…

「逃げてるだけじゃ時期追いつかれる…」

「いや、可能な限り逃げよう」

「え…?」

響也さんの言葉に疑問を隠せない。

「では耳を拝借」

耳元で囁かれる。その言葉に驚きが隠せないが理解する。それしか方法が無いと分かったから。



じり、じりと歩み寄る。出来るだけゆっくりと時間をかけて…傷を負った獲物を追い詰めるように。

『あいつの腕美味かったな…』

生まれながらにして捕食者である者はまた上の捕食者に喰われるのは自然の摂理。ごくごく当たり前のこと。

『あいつの全身はどんな味がするんだろうな…』

黒鬼自身は待ち遠しくて堪らなかった。今走れば追いつけ、息の根を止められる。でもそうしないのはもっと味を良くする為。追い詰められ、何も抵抗できず、絶望に歪んだ表情を喰らうことこそ、極上の美味であると。

『あ゙ぁ?』

草の生い茂る森の中を進んでいると足を締め上げられる。それは縄。

(これは…祓い屋の小僧の道具!?あいつ仲間を呼んでやがったのか。でもまぁ…)

数秒程度の足止め、縄はすぐに引きちぎれる。

(エサが増えたと思えばいいか)

歩けば歩くほど、縄の数は多くなる。だが確実に近づいていた。黒鬼は後ろ姿を発見する。

『追いついたぞぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

地面が揺れるほどの咆哮。

「響也さん追いつかれました!」

「作戦通りに」

額に汗が滲む。それは緊張と、死という重圧が重くのしかかっていたから。
響也は左手で凪の背中を優しく叩く。

「君はただ前を向いて今自分の出せる全力を出すんだ。大丈夫、君ならやれる」

その言葉は優しく、凪の背中の重圧を払い除ける。勇気をもらった。

「はい!」

『何こそこそしてるかわからねぇが死ねッ!!』

「“地獄の門よ、禍から守れ”」

黒鬼の拳は凪に一直線に向かう。が、その拳は別の物に阻まれる。それは巨大な“門”。祓い屋が名のある妖怪を祓うために使用する物。それを防御へと応用した。

(地獄の門は使うと疲労感が半端ない。だから歩ける体力を残すなら2回までが限度…)

“門”は黒鬼の一発を防いだのち消える。黒鬼は凪の息切れを確認した。

『さぁ、あと何発耐えられるかなッ!!』

「“地獄の門よ、禍から守れ”」

黒鬼の拳の猛攻、それを絶対的な“門”の防御にて受け止める。黒鬼は猛攻を止め一度身を引く。猛攻の終了と同時に“門”は消失し、凪には限界値の疲労が溜まる。

「はぁ…はぁ…」

『終わりだな』

「いや、まだだ…」

凪は後の事など考えてはいなかった。後の事を考えての限度数は2回。

(今、やらないと)

「“地獄の門よ、我が名において命ず。眼前の敵を閉じ籠めろ”」

自身の名を使い“門”の出力を上げる方法。凪の奥の手。その使用と同時に凪は倒れる。

黒鬼の目の前に地獄の門が現れると、右、左、後、上、下、次々に現れる。計六門、その門は繋ぎ合わさり黒鬼を閉じ込める檻となる。

“六門・閉鎖終局”

時間稼ぎ、黒鬼もその事に薄々勘づいてはいた。それがなんの時間稼ぎなのかは分からない。でもこの檻を突破しなくてはと…

『グガァァァァァァァァ!!!』

内側から扉をこじ開けようとする。が、その扉は固く閉ざされており、簡単には開かない。扉の檻を拳で叩く黒鬼は自身の変化に気づく。それは突然だった。

「惜しかったね…数歩、後数歩こちらに踏み込んでいれば凪くんの命や僕の命までも奪えていたのに…」

『!?』

檻の中でその声を聞く。さっきまで虫の息だった。さっきまで自身が優位に立っていた。それなのに…

「悔しいだろ?その数歩があまりにも重い…君、僕の腕食べたよね?」

『ッ!?』

突如、黒鬼は自身の体に異変を感じる。指は小刻みに震え、立っている足の血管からの出血。目は赤黒く染まり血の涙が溢れる。

『これは…どう言う事だッ!?』

「僕はね…姉さんに恩返し、いや助ける為に努力を積んできた。この意味が分かる?」

『ま、さか…』

黒鬼は自身の内にある二つの力に気づく、それはお互いに共鳴して、“一方の力を助ける”。

「僕の力は姉さんの力を助ける。お前の中にある“毒”の力を暴走させる。お前は姉さんじゃない。内側から死ね」

『グガァァァァァァ!!!』

響也はその場に座り込む。立っていられるのもやっとな程疲弊していたからだ。

(そろそろ凪の力も消える。その間に倒れてくれれば…)

咆哮と共に檻を殴りその檻にひびがはいる。扉の檻は壊れ中から血だらけの黒鬼が出てくる。

(ダメか…)

響也は真っ直ぐ相手を見つめる。が、黒鬼は響也とは別方向へと走る。その場所は…

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