土曜のアン

下之森茂

25 土星のアン

母は月で産まれました。

母が月で生まれた当時は
残念なことに宇宙で戦争が起きました。

地球への定期便が運行を中止して、
低重力の月で育った母の身体は、
地球の重力に耐えられなかったのです。

父は地球生まれ、地球育ちの地質学者で、
月で母と出会い、私が産まれました。

私は月生まれではありましたが、
その頃には遠心重力を生み出す宇宙の居住区、
スターリングが建造されていました。

私はスターリングと呼ばれる巨大な施設の、
小さな宇宙空間で育ちました。

スターリングは巨大な円筒状のコアを中心に、
3つの円形のパイプが居住施設になっていて、
回転する速度に応じて月、火星、地球の
異なる3つの疑似重力を居住層に生み出します。

月生まれと地球人とのハーフですが、
私は母によく似て、若くから長身でした。

スターリングにおける宇宙というのは
地球と異なり国境もなければ人種もバラバラ。
そんな宇宙に『おかしな人』はいっぱいいます。

『おかしな人』とは主に、
文化背景の違いからくる他者への意識の差が
そう思わせると、当時の大人たちは言いました。

なので宇宙の人たちは
いくつかの種類の言語を主に学び、
文化の違いを互いに尊重し合うことで、
いさかいを回避するよう心がけます。

ただしそれも国というものを知らないので、
歴史の知識は誰もが浅く、漠然としています。

宇宙の人には月や火星の開拓記録の方が人気です。

そんな理由で宇宙で生まれた人は、必然的に
『星の子』と呼ばれますが、私としては
『宇宙人』と呼ばれた方がしっくり来ます。

つまり大多数の地球の人たちから見れば、
少数の私たちこそ『おかしな人』であり、
文化が理解され難い『宇宙人』なのです。

主食がギニーピッグというだけで、
驚かれることも多くあります。

宇宙空間、スターリングは地球とは違い、
大気圏と呼ばれる空気の壁がありません。

そのため、スターリングには
人体に有害な宇宙線が膨大に降り注ぎます。

当時の宇宙で暮らす人たちは、
その宇宙線から身を守るために
髪を長く伸ばすのが流行しました。

もちろんそれは迷信で、
髪を伸ばしたところで
たいして防げるはずもありません。

それでもオシャレを意識しては
髪を奇抜な色に染め変えたり、
付け毛をしたり、編み込むなど
宇宙の人の個性は様々でした。

私はといえばもっと『宇宙人』でした。
髪を染めたり編むどころか、梳くことさえせず、
前髪も伸ばしっぱなしのボサボサ頭が常です。

私が純粋な宇宙人ではなく、
月生まれと地球人との
ハーフだったことに起因します。

火星へ単身調査に出ている学者の父と、
月の重力層でしか生活できない母と私は
それぞれ別の場所で暮らすので、
教育の手が行き届かないせいもありました。

心配性な父と母を、より心配させたのは、
私の言動がめちゃくちゃだったためでした。

幼かった私はアニメの影響を多大に受け、
自分のことを変な風に呼んでいました。

『赫き暗黒からの使者』と名乗ったのがソレです。

教育に手をこまねいた両親は、
地球に住む父の兄に相談したところ、
私を地球に留学させました。

それからはご存知の通りですが、
当時はやっぱり無茶苦茶でした。

父の国はただでさえ難しい漢字文化圏で
独自の読み方があり、それにひらがなとカタカナ、
英語に加えて和製英語にオランダ語由来があり、
ドイツ語、フランス語なども混じってました。
11歳だった私はアニメを見て覚えたつもりでした。

留学先が女性ばかりの家庭で、
あんなひどい訛りの私を受け入れられたことが
いまでも信じられないくらいです。

自信家だった当時の私は、
タブレットさえあればどんな土地でも
大丈夫だと思っていたのです。

失敗しました。

ひとりで地球に降りたものの、
予定の便を間違えて乗ってしまい、
朝早くに学校にたどり着きました。

そこで出会ったのが彼女、ビビでした。

ビビは同い年でしたが、
彼女もまた私と同じ『宇宙人』でした。

よく本を読んでいる子でしたから、
空想が大好きだったんでしょうね。

ビビはしばらくの間、
私をこんな毛むくじゃらの
モップだと思ってたんですよ。

この本では、私は土星からやってきた宇宙人で、
黒曜なんてスペースタヌキなんです。

これがいまでは宇宙で一番有名な絵本で、
地球や宇宙で暮らす人とのギャップを埋め、
互いの理解を深め合うこと手助けとなりました。

そんな私でしたが、いまでは土星圏で
昔と変わらず楽しく石拾いをしているのは、
ビビがあの日、砂浜でくれた
メノウの石のおかげかもしれません。

土星圏で見つけた石を、
あなたに渡せる日を楽しみにしています。

『血の盟約者』より。

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