土曜のアン

下之森茂

15 アクタとのお別れ

マウンテンバイクの前カゴに
サッカーボール用バッグを積んだクラスメイト、
金髪のアクタが前方からやってきます。

気づいたアンが、かれを大声で呼びかけました。

「アクタァ!」

「よぉ。デカいのとちっさいの。」

そう呼ばれてはアンもビビも返事をしません。

買い物と黒曜の散歩に行こうと、
家を出て少ししたところです。

小さな黒い毛玉だけが威嚇して、
アクタに飛びかかろうとリードを引きました。

「こら黒曜。そんなやつ相手しちゃダメだぞ。」

「なんだよそれ。
 そういや本当にタヌキ飼ったんだってな。
 サクラんとこ。おもしれえの。」

「耳が早いな。」

「どうせ盗み聞きでしょ。」

ビビはアクタにいつもどおり冷たく接します。

「自転車乗って、どこ行くんだ。」

「サッカーの練習。
 来月から試合なんだよ。」

「暑いのに。ご苦労さま。」

アクタはすでに汗をかいていました。
なにやら嬉しそうにニヤけていますが、
妙に引きつっていて顔色はよくありません。

「へぇ。それ、撮っていいか?」

「なんでいま撮るんだよ。
 応援来いよな。」

「気が向いたらね。」

その気もないビビが
ぶっきらぼうに言うと、
アクタは顔を明るくして
足早に自転車を漕ぎ出しました。

「じゃあなー!」

「アクタっ!」

ビビが注意を促した瞬間、
交差点でアクタの右手から来た
自動車と衝突しました。

閑静な住宅街に衝突音が響きます。

「アクター!」

アンとビビがすぐに駆け寄りました。
前輪が紙のように折れ曲がったアクタの自転車。

車に弾き飛ばされ道路に倒れたアクタは、
苦しそうに左の脇腹を抑えています。

「アン、頭っ!
 頭、動かしちゃダメだよ。」

乗用車の運転手だった中年の男性は、
すぐに救急車に連絡をしています。

「黒曜。それはコーンじゃないぞ。
 アクタなんて食べちゃお腹壊すぞ。」

黒曜がアクタの金髪の頭を、
その小さな口でガシガシと噛み付いていました。

「アクタ、大丈夫? しっかりね。
 もうすぐ救急車来るから。」

ビビはアクタの肩をたたいて呼びかけます。

しかし絶えず続く腹部の痛みに、
アクタは青い目を細めてうめくだけです。

「ビビ。
 こういうときは、人工呼吸だぞ?」

「冗談言ってる場合じゃない。」

そんな冗談をちゃっかり聞いていたのか、
アクタが痛みでもうろうとする意識の中で
くちびるをすぼめるので、
ビビは頭をはたきました。

「このハゲ!」

しばらくして救急車と警察が来ました。

ビビは携帯で担任の先生に事故の状況を説明し、
救急隊員はアクタの両親に連絡がついたので、
アクタは救急車でひとり病院に運ばれます。

痛みによるものか心細さかは分かりませんが、
ストレッチャーに乗せられて泣いていました。

初めて見たアクタの泣き顔に、
ビビは胸を締め付けられます。

運転手の男性が車載カメラの録画を見せ、
アンもタブレットで偶然撮っていた動画を
警察に提供しました。

週明けにはアクタが事故にあったことを、
先生から教室の生徒全員に聞かされます。

自動車は見通しの悪い交差点で
一時停車後の発進であったために、
アクタはひじの擦り傷以外に
大きな外傷はありませんでした。

軽傷だったアクタでしたが、
かれは入院し、学校に来ません。

土曜日に学校が終わって、
ビビとアンは一緒に家に帰ると
アクタとかれの両親が玄関に立っていました。

両親からかしこまってお礼を言われ、
アクタと共に深々と頭を下げました。
ビビはアンをマネて頭を下げます。

「ひじ擦りむいただけでしょ?
 どうしてあんなに痛がってたの?」

「それがねぇ。」

アクタの母親は少し嬉しそうに言いよどみます。

「ちゅうすいだよ…。」

アクタがぼそっと言ったのを、
アンは聞き逃しません。

「アッペか。
 ガス出たか?」

「うるせえな!」

「ガス出たか。」

「よくわかんないけど、
 退院おめでとう。」

「もー! なんなんだよ!」

無表情なままのビビに言われると、
アクタは顔を真っ赤にして走って逃げ去りました。

「行っちゃった。バイバーイ。」

「ビビのそういうとこ、よくないと思うよ。」

アンはひとり言のようにたしなめましたが、
ビビがその意味を理解するには
まだまだ時間がかかりそうでした。

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