少女格闘伝説
第13話 孤独な女王1~女王降臨~
楓の視線の先には、巨大なレスラーの体躯が出現していた。
二十年もの間、エンジェル・プロレスの、いや、女子プロレス界の悪役、すなわち、ヒールの頂点に君臨しているレスラー。
そして、神沢恭子の生涯最大のライバルであり、新人だった彼女の首の骨を”故意に”折り、再起不能へと追い込みかけた女。
スーパーヒール”デビルクィーン”、その人が今、マットの上に降臨していた。
それにしても、女子プロレスラーとは思えないがっちりとした体格は、あまりにも想像を絶していた。
”デビルクィーン”とはよく言ったものだ。
せいぜいあって、体重が60キロぐらいの女子プロレス界において90キロは優に越えている”ヒールの女王”の存在は驚異以外の何物でもない。
男子でも90キロといえば、高名なレスラーが目白押しである。
ジュニアというよりヘビー級で十分やっていける体重でもある。
格闘技において体重は、直接、勝敗に関係してくる重要な要素である。
それゆえ、ボクシング、柔道、空手などでは体重により階級が厳しく分けられている。
だが、女子プロレスだけは別である。
一切、階級はない。
あるのは暗黙の了解のみ。
実際の所、観客動員が見込めれば、フロントの一存でどんな無茶な試合でも組める。
女子プロレスが今のように華やかでない頃、客が呼べる悪役(ヒール)としてエンジェル・プロレスに君臨したのが”デビルクィーン”であった。
それは今でも変わらない。
おそらく、絶対的な強さを持つ正義の味方の不在が原因であろう。
かつては神沢勇の母親である、神沢恭子こと、旧姓森恭子がその位置にいて、”デビルクィーン”との名勝負を展開したのだ。
それも今では過去の話である。
柳沢楓は意外と冷静であった。
凶器の竹刀とチェーンを持ち込んだ、”デビルクィーン”の腹心である、”レッド”と”ブルー”に視線を注いでいる。
まるで左右を護る赤鬼と青鬼のようなふたりのレスラーは、その呼び名の通り、スプレーで青と赤に染めあげた髪を立てて、手には凶器をそれぞれ携えている。
三人は、漆黒のラバースーツのような水着と、黒のブーツ、マントをそれぞれ身につけていた。
”デビルクィーン”はやはり黒髪に、サングラスをかけていて、その表情はうかがい知れないが、それがかえってえも言われぬ威圧感を生み出していた。
楓は再び”二人”に視線を戻した。
ほっそりとした体格で俊敏な”ブルー”がチェーンで相手の自由を奪い、ガッチリとした体格のパワーの型の”レッド”が竹刀、あるいは一斗缶などでメッタ打ちにするという単純な攻撃パターンで襲ってくる。
分かっていても、熟練の反則技はかわせそうにない。
楓はただゆっくりと両足の”アンクルバンド”を外す。
戒めを解かれた楓の足は嘘のように軽い。
特注の特殊合金性のそれは、かさばらないが、片足20キロもの重さになる。
これを練習中のみならず、日常生活においても肌身離さず身につけている。それはちょうど小さな女性一人分の重さに匹敵するだろう。
それをほぼ2年もの間、続けたとしたら。
一体、どんな身体になるだろうか?
その結果は、神沢恭子でさえ予想だにしなかったものであった。
いや、正確にはある程度は予想されていた。
かつて神沢恭子自身がそれを使っていたからだ。
だが、その予想を上回る結果が楓と恭子とのスパーリングにおいて出ていた。
それに加え、首の骨を折ってしまった恭子も行った”ある特殊なトレーニング”の成果も同時に現れていた。
楓はさらに、両腕の”リストバンド”を外して、セコンドの恭子に手渡した。
その間も彼女の視線は”ふたり”の動きを牽制しつつ、油断なく相手の動きを見据えていた。
それとは対称的に”デビルクィーン”はそんなことには関心がないかのように無表情で、コーナーを背にしてくつろいでいた。
それは比喩でもなんでもなく、全身から無駄な力が抜けた理想的な自然体であった。
サングラスに隠れて、その瞳は見えはしないが、余裕の笑みが双瞳に浮かんでいるのは間違いなかった。
楓が一歩、踏み出した時。
チェーンがタイミング良く飛んできて、楓の左手に巻きついた。
”ブルー”は嬉しそうにチェーンを引き寄せる。
だが、楓の左手は下にだらりと垂らしたままなのに、びくともしなかった。力を入れているふうでもない。
楓の全身から力が立ち昇る。
未知の力が解放されつつあった。
「レッド! ブルー! やっておしまい!」
デビルクイーンが命令を下す。
レッドとブルーが楓に向かって突進してきた。
柳沢楓にその時、二度目の時間遅延が起こっていた。
時間遅延現象とは、脳の代謝速度の飛躍的な加速によりあたかも、周りの時間が減速したように感じられる現象である。
スポーツ選手などが、集中力を極限まで高めた時に希に報告されることがある。
ボールの縫い目が見えたとか、ボールが止まって見えたなどの事例がそれである。
交通事故などの際にも同様な事が報告されているが、危機に際して脳の潜在能力が引き出されるということかもしれない。
楓にとっては襲いかかってくる”レッド”と”ブルー”の姿はスローモーションにように見えていた。
もちろん、それに伴う、身体の反射速度の向上方法も楓はすっかりマスターしていた。
柔軟で強靭、スピードさえも兼ね備えた楓の身体が躍動した。
楓の左手に巻かれたチェーンをたぐり寄せようとした”ブルー”は、高速で動いた楓のスピードについていけなかった。
気づいた時には、訳もわからず、横から衝撃があり、場外にふっ飛ばされていた。
自分が何をされたのか、解っていなかった。
実はただ、楓の左足の蹴りで飛ばされただけなのだが、その威力と衝撃によって”ブルー”は以後、戦闘不能に陥る。
凄まじい衝撃とショックによって彼女は二度と立ち上がれなかったからだ。
凶器の竹刀を降り下ろそうとした”レッド”も今度は右足の蹴りで反対側の場外へと飛ばされていた。
やはり、自分に何が起こったのか、解らぬままに。
彼女は角度が悪かったのか、”手加減した”はずの蹴りで両足を砕かれ、もはや立つことができなかった。
ついに”デビル・クイーン”がその身体を楓に向けて、戦闘体勢に入った。
マットに嵐が巻き起ころうとしていた。
          
二十年もの間、エンジェル・プロレスの、いや、女子プロレス界の悪役、すなわち、ヒールの頂点に君臨しているレスラー。
そして、神沢恭子の生涯最大のライバルであり、新人だった彼女の首の骨を”故意に”折り、再起不能へと追い込みかけた女。
スーパーヒール”デビルクィーン”、その人が今、マットの上に降臨していた。
それにしても、女子プロレスラーとは思えないがっちりとした体格は、あまりにも想像を絶していた。
”デビルクィーン”とはよく言ったものだ。
せいぜいあって、体重が60キロぐらいの女子プロレス界において90キロは優に越えている”ヒールの女王”の存在は驚異以外の何物でもない。
男子でも90キロといえば、高名なレスラーが目白押しである。
ジュニアというよりヘビー級で十分やっていける体重でもある。
格闘技において体重は、直接、勝敗に関係してくる重要な要素である。
それゆえ、ボクシング、柔道、空手などでは体重により階級が厳しく分けられている。
だが、女子プロレスだけは別である。
一切、階級はない。
あるのは暗黙の了解のみ。
実際の所、観客動員が見込めれば、フロントの一存でどんな無茶な試合でも組める。
女子プロレスが今のように華やかでない頃、客が呼べる悪役(ヒール)としてエンジェル・プロレスに君臨したのが”デビルクィーン”であった。
それは今でも変わらない。
おそらく、絶対的な強さを持つ正義の味方の不在が原因であろう。
かつては神沢勇の母親である、神沢恭子こと、旧姓森恭子がその位置にいて、”デビルクィーン”との名勝負を展開したのだ。
それも今では過去の話である。
柳沢楓は意外と冷静であった。
凶器の竹刀とチェーンを持ち込んだ、”デビルクィーン”の腹心である、”レッド”と”ブルー”に視線を注いでいる。
まるで左右を護る赤鬼と青鬼のようなふたりのレスラーは、その呼び名の通り、スプレーで青と赤に染めあげた髪を立てて、手には凶器をそれぞれ携えている。
三人は、漆黒のラバースーツのような水着と、黒のブーツ、マントをそれぞれ身につけていた。
”デビルクィーン”はやはり黒髪に、サングラスをかけていて、その表情はうかがい知れないが、それがかえってえも言われぬ威圧感を生み出していた。
楓は再び”二人”に視線を戻した。
ほっそりとした体格で俊敏な”ブルー”がチェーンで相手の自由を奪い、ガッチリとした体格のパワーの型の”レッド”が竹刀、あるいは一斗缶などでメッタ打ちにするという単純な攻撃パターンで襲ってくる。
分かっていても、熟練の反則技はかわせそうにない。
楓はただゆっくりと両足の”アンクルバンド”を外す。
戒めを解かれた楓の足は嘘のように軽い。
特注の特殊合金性のそれは、かさばらないが、片足20キロもの重さになる。
これを練習中のみならず、日常生活においても肌身離さず身につけている。それはちょうど小さな女性一人分の重さに匹敵するだろう。
それをほぼ2年もの間、続けたとしたら。
一体、どんな身体になるだろうか?
その結果は、神沢恭子でさえ予想だにしなかったものであった。
いや、正確にはある程度は予想されていた。
かつて神沢恭子自身がそれを使っていたからだ。
だが、その予想を上回る結果が楓と恭子とのスパーリングにおいて出ていた。
それに加え、首の骨を折ってしまった恭子も行った”ある特殊なトレーニング”の成果も同時に現れていた。
楓はさらに、両腕の”リストバンド”を外して、セコンドの恭子に手渡した。
その間も彼女の視線は”ふたり”の動きを牽制しつつ、油断なく相手の動きを見据えていた。
それとは対称的に”デビルクィーン”はそんなことには関心がないかのように無表情で、コーナーを背にしてくつろいでいた。
それは比喩でもなんでもなく、全身から無駄な力が抜けた理想的な自然体であった。
サングラスに隠れて、その瞳は見えはしないが、余裕の笑みが双瞳に浮かんでいるのは間違いなかった。
楓が一歩、踏み出した時。
チェーンがタイミング良く飛んできて、楓の左手に巻きついた。
”ブルー”は嬉しそうにチェーンを引き寄せる。
だが、楓の左手は下にだらりと垂らしたままなのに、びくともしなかった。力を入れているふうでもない。
楓の全身から力が立ち昇る。
未知の力が解放されつつあった。
「レッド! ブルー! やっておしまい!」
デビルクイーンが命令を下す。
レッドとブルーが楓に向かって突進してきた。
柳沢楓にその時、二度目の時間遅延が起こっていた。
時間遅延現象とは、脳の代謝速度の飛躍的な加速によりあたかも、周りの時間が減速したように感じられる現象である。
スポーツ選手などが、集中力を極限まで高めた時に希に報告されることがある。
ボールの縫い目が見えたとか、ボールが止まって見えたなどの事例がそれである。
交通事故などの際にも同様な事が報告されているが、危機に際して脳の潜在能力が引き出されるということかもしれない。
楓にとっては襲いかかってくる”レッド”と”ブルー”の姿はスローモーションにように見えていた。
もちろん、それに伴う、身体の反射速度の向上方法も楓はすっかりマスターしていた。
柔軟で強靭、スピードさえも兼ね備えた楓の身体が躍動した。
楓の左手に巻かれたチェーンをたぐり寄せようとした”ブルー”は、高速で動いた楓のスピードについていけなかった。
気づいた時には、訳もわからず、横から衝撃があり、場外にふっ飛ばされていた。
自分が何をされたのか、解っていなかった。
実はただ、楓の左足の蹴りで飛ばされただけなのだが、その威力と衝撃によって”ブルー”は以後、戦闘不能に陥る。
凄まじい衝撃とショックによって彼女は二度と立ち上がれなかったからだ。
凶器の竹刀を降り下ろそうとした”レッド”も今度は右足の蹴りで反対側の場外へと飛ばされていた。
やはり、自分に何が起こったのか、解らぬままに。
彼女は角度が悪かったのか、”手加減した”はずの蹴りで両足を砕かれ、もはや立つことができなかった。
ついに”デビル・クイーン”がその身体を楓に向けて、戦闘体勢に入った。
マットに嵐が巻き起ころうとしていた。
          
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