モグラ男と、ひかり姫

坂崎文明

第4話 ヒミコ

「ひかり姫さま、少々、まずいことになりそうです。……はっきり、申し上げれば、最悪の成り行きです」

刃良と らは小舟をあやつりながら、海のかなたをみつめていた。

その名のとおり、とらのように白と黒の髪がまじった老人だったが、背筋せすじはすっとのびていて、がっしりとした体のもちぬしだった。

背中に半月刀はんげつとうをせおい、戦支度いくさじたくのくさびかたびらを身にまとっていた。

瀬戸内せとうちの島のあいまに、七隻ななせき軍船ぐんせんが近づいてくるのがみえた。

ひかり姫とモグラ男も、その姿を同じ青い左目にとらえていた。

舟で海にのがれ、追手の兵をかわした三人だったが、都の貴族きぞくの軍船にまちぶせされていた。



「だいじょうぶよ。ここは私にまかせて」

そういうと、ひかり姫は手でなにかのいんをむすんだ。

彼女の翠色みどりいろの右目があやしく輝いた。

すると、海の波のあいだから、水のりゅうがうまれでて、軍船におそいかかった。

「うわ! あれは、なに?」

モグラ男はおもわず叫んだ。

「あれはひかり姫さまの水龍すいりゅうです。姫さまの翠色みどりいろの右目は、五色の龍をうみます。日巫女ひみこ鬼道きどうの力です」

刃良と らは悲しげな顔をして、モグラ男に語った。

「この力を狙って、都の貴族はひかり姫さまをとらえようとしていました。この力があれば国がひとつ滅ぼすこともできます。手に入らなければ、殺してしまえということでしょう。だから、姫さまは……」

刃良と らはそのあとの言葉をつむぐことができなかった。

「いいのよ。刃良と ら、泣かないで」

ひかり姫は優しい言葉をかけた。刃良と らは両目から涙をながしながら、むせび泣いた。



ひかり姫の水龍すいりゅう二隻にせきの軍船を、あっというまにのみこんだ。

船はこっぱみじんになって、兵たちは海になげだされた。

となりの軍船が兵を助けるために近寄っていく。



その時、残りの四隻よんせきの軍船から、火矢ひやがはなたれた。

ひかり姫たちの小舟に、空から火の雨がふりそそぐ。

ひかり姫は、もう一度、手でいんをむすんだ。

ふたたび、彼女の翠色みどりいろの右目がきらめいた。

そうすると、今度は、空に火のりゅうがあらわれて、火矢をすべてやきつくした。



だが、すでに、軍船はまじかに迫っていて、先頭の船の大砲たいほうが小舟を狙っていた。

ひかり姫は、すばやく手でいんをむすぶ。

翠色みどりいろの右目から血が流れていた。苦痛のためか、少し細められたが、かまわず大きくみひらく。

今度は土のりゅうがあらわれて、小舟を守るように立ちはだかる。

次の瞬間しゅんかん、軍船から大砲がはなたれた。

すごい音が聞こえて、土龍どりゅうに大砲がつぎつぎとうちこまれる。

土龍どりゅうはしばらく耐えていたが、大砲の雨でしだいに体をけずられていく。



その時、二隻目の軍船がひかり姫たちのそばまで迫っていた。

「姫さま。私がいきます。ご武運ぶうんを!」

刃良と らはすれ違いざま、軍船にのりうつると、背中の半月刀はんげつとうをぬいて、切り込んでいった。


三隻目の軍船に、奇妙な黄色の法衣ほういをまとい、つえをもった男たちがみえた。

一斉に、いんをむすぶ。

「……うっ! 方術使ほうじゅつつかいね。身体が……」

ひかり姫の青い左目が相手の正体をみぬいたが、血が流れている翠色みどりいろのの右目をおさえて、彼女はひざをがっくりとついた。

「わたしの予知夢では、この次の攻撃がかわせないの。ごめんなさい。月読ツクヨミ

モグラ男はひかり姫を守るように、彼女のからだをだいた。

無数の火矢が軍船からはなたれる。

太陽が無数の火の矢の影で一瞬さえぎられて、真昼に夜の闇があらわれる。

ひかり姫を守りたいと、モグラ男は強く願った。

彼女の肩をぐっとにぎりしめる。

彼の青い左目が神秘的な光をやどす。



いつまでたっても、火矢はふたりに届かなかった。

モグラ男は、ふと見上げた。

火矢はあいかわらず、太陽をさえぎったまま、空中で止まったままだった。

まるで、日蝕にっしょくのようだった。

時が、止まっていた。



コメント

コメントを書く

「歴史」の人気作品

書籍化作品