モグラ男と、ひかり姫

坂崎文明

第3話 トラ

月読ツクヨミ、私といっしょに逃げてくれないかしら?」

ひかり姫は意外なことを言った。

「……いいよ。あなたといっしょなら」

モグラ男は少しためらったけど、照れ笑いしながらうなずいた。

「山の向こうに、海があるでしょう。そちらの方に行ける方法はないかしら?そこで、私のお守り役の刃良と らが舟を用意して待ってくれているの」

ひかり姫は不思議な光を放つ青い左目と、翠色みどりいろの右目をモグラ男に向けながら事情を明かした。

「うん、この洞窟からトンネルがあるから、海にいけるよ」

モグラ男は誇らしげに胸を叩いた。
ひかり姫の役に立てることが少し嬉しかった。

「そうなの。よかったわ。では、夜になったらそちらに行きましょう。少し食べ物をもってきたから、いっしょに食べましょう」

ひかり姫はふところからつつみをだして、モグラ男に手渡した。
中には干しいもと果物、木の実、竹でできた水筒すいとうが入っていた。

粗末そまつなものだけど、遠慮えんりょなく、食べてね」

ひかり姫は洞窟の入口近くの岩にこしかけて、にっこりと笑いながら、モグラ男にすすめた。

「うん、イモは好きだし、木の実も、果物もおいしいね」

モグラ男は干しいもを口に入れながら、嬉しそうに言った。
彼にとってはいつも食べてる好物こうぶつばかりだし、ひかり姫にまた会えて、こうしていっしょにいれることが、何より楽しかった。

月読ツクヨミは、昼の世界を見てみたいと思う?」

ひかり姫は優しく言葉で聞いた。モグラ男の目の病を気遣っているようにみえた。

「うん、でも、まぶしすぎるので、昼は外に出れない」

モグラ男は残念そうにうなだれた。

月読ツクヨミ、ちょっと、目をつぶってくれないかしら?」

モグラ男は素直に目を閉じた。

ひかり姫はそっと、左の手のひらで彼のまぶたに触れた。
次の瞬間、ひかり姫の左目が強い青い光を放って輝きを増した。

その光は目を閉じている彼のひとみにも届いて、少し痛みを与えた。

ひかり姫はしばらくそうしていたが、やがて、左の手のひらをはなして、左目の青い光も淡い、いつものに戻っていった。

月読ツクヨミ、目をあけていいわよ。これで昼でも外に出れるわよ」

モグラ男は半信半疑はんしんはんぎでしたが、おそるおそる薄目をあけて、昼間の外の世界を見てみた。

「ああ! 見えるよ。まぶしくない。まぶしくない……」

モグラ男の黒色の目から知らぬうちに涙がこぼれた。

「よかったわね。……あらら、あなた、左目が青くなってしまってるわ!」

ひかり姫は少し驚きながら目を丸くした。

モグラ男は岩のくぼみにたまった水鏡みずかがみに自分の顔を映して、驚きの声をあげた。

「ほんとうだ! ひかり姫さまといっしょだ。うれしいな」

「そうね。ちょっと心配だけど、良かったわね」

ひかり姫は意味深いみしんなことを言ったが、モグラ男は気にしなかった。ひかり姫と同じ目をもてたことが単純に嬉しかった。

それから、ふたりはまた、たわいない話をして、夜の来るのを待った。



その日は満月の夜で、月明かりが足もとを照らして、とても美しい夜だった。

ひかり姫とモグラ男は洞窟どうくつのトンネルを抜けて、山を越えると浜辺に立っていた。

潮風がほほにあたって心地よく、モグラ男は息を胸いっぱいにすいこんだ。

「ほら、あそこに、刃良と らがいるわ。舟を用意してくれてるので、月読ツクヨミはここまででいいわよ。あなたに迷惑かけたくないの。ほんとに、ありがとう」

ひかり姫は少しさびしそうな表情でモグラ男を見た。

「いっしょに行ってはダメ?」

モグラ男はやはり寂しそうな顔でたずねた。

「……ダメじゃないけど、あなたの命もなくなってしまうかもしれないわ」

ひかり姫は、まゆをひそめた。

「それでもいいよ」

モグラ男は自分が放った強い言葉に驚きながら、ひかり姫を見返した。

「そう、それなら、いっしょに行きましょう」

ひかり姫はモグラ男に手を差しのべた。

モグラ男はその小さなはかげな手をしっかりと握り返した。

想えば、それがモグラ男の最初の「運命の選択うんめいのせんたく」だったのかもしれない。

それが果たして良かったのかどうかはわからないにしても、彼は地下の暗い穴蔵あなぐらの生活から一歩、踏みだして、彼自身の「運命の扉うんめいのとべら」を開けたのは確かだった。


「ひかり姫さま! 追手おってまいります! 早くこちらに!」

刃良と らが大きな声で叫んだ。

振り返ると、数十人のへい松林まつばやしの向こうから飛び出してくるところだった。

モグラ男はひかり姫の手をぐっと握りしめて、砂浜を刃良と らの待つ舟に向かって、駆け出していた。

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