シーマン

文戸玲

サヨナラ


拝啓 うんぬんかんぬん。

難しい話は抜きにしよう。

わしはシーマン。名前はまだない。いy,あるやないかーい。

わしは,困った若者を見つけては助けて回る,神様のような存在じゃ。ある日,スターバックスでおろおろして意中の女性を逃し,石を蹴り上げてはヤンキーに絡まれ,家に帰っては鼻血を出しながら「ピタゴラスイッチ!」と謎の呪文を口にする青年を見つけた。
こんなあほみたいな青年を救えるのはわししかおらん,そう思って,清介の家にやってきた。
初めて出会った日のことを覚えとるか? 変な宅配業者に絡まれて,こいつはどんな星の下に生まれてきたんじゃと心底心配になったもんよ。それがどうじゃ。わしの教えに忠実に従って生きていくことで,見違えるように成長しとるではないか!

大貴よ。お前もたいがいじゃったの。最初は,なんてユーモアのある神様気質なやつじゃと思ったわ。ところが一転,自分の責任は他人に押し付け,愛情あふれる親をないがしろにするガキをそのまま大きくしたような男じゃった。
どうなることかと思ったが,見事わしの親と引き合わせ大作戦により,和解をすることが出来たわけじゃ。

もうわしにやるkとはない。今日,お前さんたちがバー・スリラーで飲む姿を見て,そう確信した。

泣くな小僧ども。出会ったからには,必ず別れがある。それが人の運命じゃ。わしは魚じゃけどの。
永遠と思われた時間も,いつかは終わりがある。それが今じゃ。

わしは,お前たちと出会えたことに感謝しとる。お前らはどうかの。ひょっとしたら,不気味な生き物ともう会うことはないと思ってせいせいしとるかもしれん。まあ,ありえんけどの。

次に助けるべき青年を見つけた。わしはそっちに行く。
お前たちは,わしと過ごせないこれからの時間を,めいいっぱい楽しむんじゃ。大貴の親父さんじゃないが,人生を謳歌せい。それが,この世に生まれたものの権利じゃ。行く先々で,たまにはわしのことも思い出して酒の肴にでもしてくれたら,神様冥利に尽きるのう。酒の肴言うて,鯛の塩焼きなんかを食いながら話のつまみにされたらかなわんけどの。

男は去り際が肝心じゃ。長々と話をして間延びするのもカッコ悪いけん,行くわ! 
ほな,達者で!

敬具

「なんだったんだろうな,あいつ」
「分からへん。分からへんけど,今さらやけど夢のような出来事やな」
「熱くかかっていたけど,おれたちシーマンからたいして学んでないやん」


 飲み直そう,という大貴の提案を受け入れ,おれたちはコンビニに向かう準備をした。

「この手紙,どうする?」


 さっき読み終わった手紙を封筒に入れ大貴に手渡すと,いらへん,と手を振って突き返した。


「灰皿に入れて燃やしてくれ」


 大貴は瞳を濡らしながら言った。
 返事をすると,つられて声が震えそうになるのでおれは答えない。
 玄関を出て,なんとか赤マルをつかみ取る。
 煙草に火をつけ一息吐いた後に,宙にかざした手紙を封筒ごとライターで燃やした。
 肺が煙草の煙と一緒に,いつまでも高く天へと昇っていった。

 

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